第54話 誘拐犯?
昼の白兎亭の食堂。人であふれる時間を過ぎ、多少空席が目立つようになってきた。この時間帯に食堂を歩くと、私に食事を食べてもらいたがる人間の目に付きやすい。
「おい、あの猫じゃねえか?」
誰か私に気づいたようだ。立ち止まり声のした方を振り返る。
人間の男が二人テーブルについている。一人の男が私を指さし、もう一人が振り返り私の方を見ている。宿泊者ではないような気がする。大部屋の住民は多く入れ替わりも頻繁なので全員を覚えているわけではないが。
「見たところ、普通の猫だが」
振り返っていた男がいう。
「昨日の昼飯の時に見た猫と一緒だ。ここにいる猫は1匹だけだし、そいつに間違いねえ」
どうも私に食事を食べてもらいたがっているという感じではなさそうだ。別のテーブルの方に移動しよう。
「おい猫、人間に変身してみろ」
こんなところで変身するわけがないだろ。失礼な奴だ。振り返ることなく歩き続ける。
「おい猫、こっちに来い」
私が去っていくのを見て呼び戻そうとしているようだが、戻る理由もないので無視する。
「言葉通じてねえじゃねえか」
「おかしいな。この猫じゃねえのかな」
言葉が通じることと、いうことを聞くかどうかは別だということくらいわかりそうなものだが。
食堂を離れ洗濯物干し場に移動する。風に揺れる洗濯ものの陰で夕方まで寝そべるのだ。
ごろごろと有意義な時間を過ごしていると、洗濯ものを取り込むために人間がやってきた。まだ明るいが天気も良く洗濯ものもすぐに乾くようだ。そういえば、私の服もそろそろ洗濯しないとな。ベルナにうるさく言われる前にやっておこう。明日か明後日か。その翌日でも構わないか。
洗濯ものの影が無くなったので移動するか。
階段を下りていると、白兎亭の宿屋の受付に男が二人いる。アリナさんと話しているから新たな宿泊者のようだ。
どんな奴だろうと受付近くの窓際に登る。私に気づいたアリナさんがこっちを見ると、それにつられて男の一人が私の方を見る。この男は昼に食堂にいた男じゃないか。もう一人もそうだろう。
「人間に変身する猫がいるって聞きましたが、この猫がそうですか?」
男がアリナさんに質問する。
「そうですよ。ね、シイラちゃん」
「みゃあ」
その通りだ。と答えるが、この男らにはあまり良い印象がない。
「それでは、大部屋にご案内します」
アリナさんはそういうと階段に向かう。男らは私の方を振り返り奇妙な表情でしばらく私の方を見ながら歩き出す。
なんだあの表情は。笑っているような気がしなくもないが、楽しそうという感じでもないな。まあ、こいつらに関わることもないしどうでもいいが。
夕方、食堂を歩き回って私に食事を食べてもらいたがる人間の相手をした後、そろそろ自分の部屋に戻ろうとしたところであの男らがいることに気づいた。連中も私に気づいたようだが、まあそんなことはどうでもいい。部屋に戻ろう。
宿屋の受付のあるところに移動し、梁に跳び上がる。これくらいの高さなら柱に爪をかける必要もない。食堂の方を見るとさっきの男二人が私の方を見ている。ちょっと驚いているようだ。無理もない。その辺の猫にこのような跳躍力はないからな。
夜。日が暮れると白兎亭の食堂は酒場と呼ばれる場所になり騒がしくなる。
宿屋の受付と食堂は少し離れてはいるが、特に壁で遮られているということもないので部屋にいてもうるさい。まあ、夜の白兎亭はどこにいても騒がしいので、もうすっかり慣れてしまった。
夜も遅くなると静かになる。5日おきに夜明けまでうるさい日があるが、今日はその日ではない。
ベッドの上で寝ていると、何か音が聞こえる。ベッドから降りて窓から見下ろすが何も見えない、と思ったが目を上げると柱をよじ登ろうとしている男が目に入る。こいつは、二人組の一人じゃないか。登るのに苦労しているようだ。見ていると、もうひとりの男もいたようだ。柱で格闘している男の足を下から押し上げようしている。どうやら私の家に向かっているようだ。
家の中に入ってくることはできないとは思うがどうしたものか。事前に連絡もなく、夜中に勝手にやってくるというのは、よからぬ目的としか思えない。この家の出入り口は、扉が一つ、窓が三つ。どこからでも外に出ることはできるが、狭いところで待っているのは得策ではないだろう。
扉を開けて外に出る。
「おい、外に出てきたぞ」
柱を上っていた男が小さな声で下にいる男に向かっていう。
「くそ、気づかれたか」
こいつらに捕まるはずがないことを示しておくか。
隣の梁に飛び移る。
「あ!」
「このやろう」
男が柱から降りこっち側の柱に向かってきたので、再度別の梁に飛び移る。
「これは無理だよ」
「くそっ、やり方を変えるか」
男らが去っていく。男の一人が手に何か大きな布、いや、あれは袋か、を持っている。どうやら私を袋に入れてどこかに連れて行こうとしているようだ。となると、まずはその袋を何とかしよう。
梁から飛び降り、鋼鉄の爪で服を切り裂く。
「うわっ!」
「あ、袋を切り裂きやがった!」
「こいつ」
追いかけてくるので柱を蹴って梁に飛び上がる。
下を見ると男二人がこっちをにらんでいる。
次の日、ベルナらと朝食を食べていると、離れたところで朝食を食べている二人の男が見える。こっちの方を時々見ながら何か話している。
朝食の後、中庭で剣術の練習をしている際もこっちを見ていたし、まだあきらめてはいないようだ。
その後、食堂の窓辺で寝そべっているときも洗濯物干場で寝転んでいるときも遠くからこっちを見ていた。特に何かしようという感じはなかったが、どうも私の行動を見ているようだ。手に干し肉をもって呼びかけてくることもあったが、さすがにこいつらに自分から近づく気にはならない。最初の夜以外は特に奴らの動きはないが、なにか企んでいるに違いない。
結局、その日も何事もなく過ぎ、翌朝を迎えた。
狩ったネズミを中庭のカウエンのところに運び、食堂に行こうと建物に入ったところで、後ろから突然箱のようなものをかぶせられた。
普通の猫なら捕まってしまうところだが、私には鋼鉄の爪がある。縦横に切り裂き隙間を作り外に飛び出す。飛び出した正面にいた男が私にとびかかってくるが、素早く足の間をすり抜ける。
「はあ?」
「木の箱だぞ!」
「そっち行った!」
食堂の方に駆け込む。朝食の時間には早いので人はいない。
二人の男は二手に分かれ、近づいてくる。挟み撃ちにしようとしているようだが、食堂は広くテーブルも多数並んでいるので逃げ道には不自由しない。男らは食堂から私を追い出そうとしているようだが、無駄なことだ。手に袋を持っているが、無駄だということは分かっているだろうに。
とはいえ、逃げているだけでは
かといって、人間を魔物のように倒すわけにもいかない。となると、食堂に人が来るまで逃げ回って、こいつらが私を捕まえようとしているところを他の住民に見せつけるしかないか。そうなれば人間同士で何とかしてくれるかもしれない。
宿屋の受付の方に向かう。
「よし、行き止まりだ」
この時間、通りから出入りするための扉は閉まっていて袋小路のように見えるが、それは人間の視点だ。
突き当りの扉を駆けのぼり壁を蹴ると男らを飛び越え着地。再度食堂に駆け込む。
「このやろう!」
男の手に短剣が見える。
「おい、生け捕りだぞ!」
「くそっ! そうだったな」
男は短剣を鞘に納める。
「そうだ、これはどうだ?」
男が鞘に巻いてある紐をほどいて手に持つ。
「猫はこういうの好きだろ」
紐をぶら下げて揺らしている。
「おい猫、こっちだ」
確かにあのように揺れている紐は好きだが、さっきまで私を捕まえようとしていて、さらに短剣まで持ち出した男に近づくとでも思っているのか。無視しようと思うが、ちょっと気になる。まあ、確かに近寄りたくなる魅力があの紐にあることは確かだ。
「こっち見てるぞ」
「よ、よし、いい感じだ、おれは後ろ側にまわる」
言葉が通じるということを忘れているようだ。
が、私もあの紐が気になってしょうがない。どうしたものか。
「近づいてきたぞ」
もう一人の男が私の後ろに来る。
あの紐を何とかしなくては。
「あっ!」
素早く紐を持つ男の方に跳躍し鋼鉄の爪を横に振る。紐は三つに分断される。
「このくそ猫っ!」
男が短剣を引き抜く。
振り返ると、後ろにいた男が飛びかかってくる。テーブルの下に逃げ込む。飛び込んできた男がテーブルにぶつかる。
短剣を持つ男が私がいたテーブルを掴んでひっくり返す。隣のテーブルの下に移動するが、大騒ぎになってきた。
「お前らなにやってんだ!」
騒ぎに気づいた厨房にいた男が食堂に来たようだ。
「テーブルがひっくり返っているじゃないですか」
これはベルナの声だ。今日は朝から食堂で働いているのか。
「あ、シイラちゃん!」
テーブルの上に飛び乗った私に気づいたようだ。
「そいつ、短剣持ってるぞ!」
厨房から出てきた男が叫ぶ。
男らはベルナらが見ていることに気づいていないのか、私を捕まえようとするのをやめようとしない。
「このやろう!」
短剣を持った男がテーブルに突進してくる。もう一人の男も反対側から両腕を広げて近づいてくる。
「シイラちゃん、逃げて!」
ベルナを見ると杖をこっちに向けている。ここで火炎魔法をだすのか? これはまずい。
上に跳躍し梁に爪を引っかけよじ登る。男らはテーブルにぶつかると立ち止まり上を見ている。
ベルナの杖から炎が出るか、と思ったら、炎と呼ぶには薄い色の赤い塊が見え、二人の男の方に突き進む。
塊がぶつかった男二人はテーブルごと吹っ飛んで行く。
これは熱波というやつだな。エドガルが使っているのを見たことがあるが、ベルナも習得したのか。
その後、人間に変身し状況を説明。住民に取り押さえられた二人の男は憲兵に連れられて行った。
壊れたテーブルはカウエンが修理したようだ。アリナさんはテーブルが傷んだことをぶつぶついっていたが、男らが残した荷物をもって憲兵本部に行くといっていた。荷物から修理代に当てるためのお金とかをもらっていいか確認するのだそうだ。
結果的にベルナに助けてもらったかたちになり、周りの人間もベルナのことを褒めていた。
だが、元はといえば、私が食堂に人が来るまで逃げ回って、騒ぎに気づいた人間が何とかするだろうと考えた私の作戦がうまくいったということだ。
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