第23話 新人冒険者の悩み

カイがここ白兎亭で働き始めて15日。

ここで薪割り、釜焚き、昼食、夕食の準備や片付けの仕事をやって得られるお金は16シルバ。

大部屋の宿泊代は1日4シルバ、朝食は宿泊代に含まれるが、昼食と夕食代に6シルバかかるとして1日に合計10シルバを使う。つまり、1日働くと6シルバ貯まるということになる。これを15日続けて90シルバ。この90シルバの内40シルバを10日分の宿泊代として払い、この10日間、ギルド本部の仕事を引き受けるそうだ。


彼の計画では、10日間で得た報酬で普通の宿に引っ越すらしい。普通の宿というのがどういうものかは知らない。予定通りにうまくいけばいいのだが。ちょっと気になるので初日はギルド本部についていってやろうと思っていたのだが、私を風呂に入れたいベルナに追いかけまわされたせいでついていけなかった。10日くらい前に人間の形態の時に風呂に入れられただろ。まったく。


その日の夕方、いつものように白兎亭の宿屋受付近くの窓辺に座っていると、カイが帰って来るのが見えた。仕事は見つけただろうか。夕方だから一仕事終えていても不思議ではないな。彼は剣士だし腕もよいようだから、何かの討伐とか警護関連なら得意そうだ。


「みゃあ」

初日はどうだった? と聞いてみる。もちろん、彼が猫の言葉を解さないことは承知している。

ん? 気づかずに二階に上がっていく。なんか考え込んでいる感じだな。ついて行ってみようかと思い階段に向かったところ、ベルナが下りてきた。これは逃げるしかない。彼女は決して悪気があって私を風呂に入れようとしているのでないことは理解しているが、できるものなら避けたいのだ。


結局、日が沈み暗くなるまでカイを見かけることはなかった。夜になり食堂が酒場に変わりつつある時間帯にカイが夕食をとりに食堂にやってきたので、近くに行ってみることにした。猫のままでは話しかけられないので人間に変身するかと思っていたところにギースがやってきた。


「お、カイだっけ? 今日は薪割りとかしてなかったな」

ギースはカイと同じテーブルに着く。皿と酒の入った大きなコップを持ってきたようだ。このコップはビアマグとかいうのだったか。

「ああ。ようやく10日分の宿泊代を稼いだのでな」

返事するがなんか元気がない。

「てことは、今日からギルドの仕事か。どうだった?」

酒を一口飲むギース。


「この街のギルド登録者は見る目のない、失礼な奴らばかりだ」

顔を上げることなく不満そうな口調でいうカイ。

「ん? ちょっと待ってろ」

そういうとギースはテーブルを離れ、食堂のカウンターと呼ばれるところに向かう。しばらくするとビアマグを持ってくる。

「俺のおごりだ」

カイの前に酒の入った大きなコップを置く。

「すまんな」

そういうと勢いよく酒を一口飲むカイ。

「何があったんだ?」

ギースが改めて質問する。


「私は剣士で、子供のころから基礎を学んでいるから腕はいい。その辺のやつらには負けない自信がある」

カイが話し始める。

「そんな感じだな」

ギースも同意する。朝食の後、中庭で練習しているのを見たのだろう。


「剣士に向いた仕事で一人でできるものがなかったから、剣士を募集しているパーティに参加してやろうとしたんだ」

テーブルの方を見つめたまま話すカイ。


「参加してやろう、か。で?」

ギースが続きを促す。


「最初に声をかけたのは、一角狼討伐のための剣士を募集していたパーティーだ」

「悪くねえ。近隣の村で家畜やら人を襲ってるってやつだな」

ギースが酒を一口飲む。

「ああ。だが、そのパーティーを仕切っている男が、私の口の利き方が気にくわないとか、剣の腕とはまったく関係のないことで私を批判し始めたのだ」

「なるほど。まあ、そういう奴もいるな」

「それで、そんな不条理で無礼なことをいう男が仕切るパーティーなど参加できるはずものなく、他をあたったんだ」

そういうとカイは小さな肉の塊をフォークで刺し、口に運ぶ。


「次はダンジョンの森で夜にしか咲かない花を採取するために集まった学者集団の護衛で、同じく剣士を募集していた」

相変わらずテーブルを見つめたままだ。

「こちらは参加することが決まり、出発する前に顔合わせと打ち合わせを行ったんだ。規模も大きかったし初顔合わせの者も多かったのだ」

カイはビアマグを手に取る。

「見るからに初心者や貧相な姿の剣士もいたから剣士の心構えを説いたのだが、なぜか反発されたのだ」

ビアマグを持ち一口飲むカイ。

「なぜか、ね」

カイの方を見るギース。何かいいたげだな。

「それで、これも私には向いていないと思い辞退したのだ。それで次に..」


「だいたいのところは分かった。次もその次のも似たようなものだったんだろ?」

話を続けようとしたところでギースが遮る。

「ああ。その通りだ」

顔を上げギースの方をみるカイ。


「そうだな、お前はここに来るまで自分の屋敷以外で暮らしたことないだろ?」

ギースが質問する。

「ああ。それで一人で旅に出ることにしたのだ」

ビアマグに口を付けるカイ。

「まあ、それはいい心がけなんだが、その屋敷には使用人が何人もいただろ?」

使用人という言葉は聞いたことはあるが何なのかはよく知らない。

「私が住んでいた屋敷には15人だったかな。少ないほうだ」


「お前の話し方は、主人が使用人に話すような感じなんだよ」

カイの話し方は独特だとは思っていた。ただ、この主人というのも何なのかはよくわからない。

「それで?」

「お前の使用人でもなんでもない者にとっちゃあ、それは不愉快なんだよ」

なんと。カイのしゃべり方は不愉快なものだったのか。

「そうなのか? ここに15日程滞在して働いているが、誰もそんな不快に思っているようには見えなかったが」

確かに、中庭でカウエンがカイに怒鳴ったりしていたが、あれはしゃべり方についてのものではなかった。


「ここにいるやつの大半は、基本貧乏人で下っ端のような奴らなんだよ」

確かに金のないやつが多いとは聞いている。

「で、そんな奴らは、お前のようなものいいをされることに慣れてるってことだ」

なるほど。金をたくさん持ってる人間と持っていない人間の間には力関係のようなものがあるのか。

「ほう」

カイが感心しているようだ。

「で、お前が無礼な奴とかいうやつらは、使用人でもないのに使用人かのように話しかけてくるお前にむかついたってわけだ」

「なんと」

「それくらい気づけよってとこなんだが、使用人じゃないやつ、例えば他の剣士とかには普通に話すだろ、それと同じように話せばいいんだ」

相手によって話し方を変えないといけないのか。私はそんなことを気にしたことがないが。


「ふつうか。屋敷にいたころに尋ねてきた剣士とは何人も話したが、みな父上の部下ということもあり、父上と同じような感じで接していたな」

「なんだよそりゃ。まったく、無礼な奴だな」

ギースがあきれているようだ。つまり、カイは相手が持っている金の量に関係なく、金を持っていないやつのように接しているということで、それは問題というわけか。


「そうなのか?」

カイはそれが問題なことに気づいていないようだ。

「お前、ちったあ世間の厳しさを体験してこいとかいわれて旅に出されたんじゃねえのか?」


カイがビアマグを持ち上げる。大きく傾けているところを見ると、中身がほとんどないようだ。

「そうだな。父上を訪ねてきていた剣士がそのようなことをいって、父上も同意したのだ」


「なるほどな。その剣士は正しかったようだ」

ギースのビアマグも空のようだ。

「よし、明日もギルド本部に行くんだろ? 俺が一緒に行ってお前に合った仕事を探してやる」


「そうだな。よろしく頼む」

思ったようにいかずカイもこたえているのだろう。ギースの提案に同意した。


カイは私に剣術を教えてくれた人間でもあるし、ギルド本部に行くということなので付き合ってやろう。

「みゃあ」

私も付き合ってやる、と伝える。

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