第13話 新しい体

人間の形態に変身できる能力を得てから10日。これまで色々と試してみた。

元は猫なので当然何も服は着ていない。人間に変身してもそれは同じだ。人間にとって服は重要なもののようで、服を着ていない状態で他人の前に絶対に出てはいけないと強く念押しされた。人間に変身して下着をつけて服を着る。下着と服を重ねて着るのは面倒極まりないが、下着なしとか絶対ありえないとベルナがうるさいので、それに従うことにする。


うるさいといえば、他にも人間の姿ではあれこれしてはいけないことを教えられた。例えば、人間の姿でネズミ狩りをしないこと、仮に捕まえても素手では絶対に触るな、口でくわえるなんかはもってのほかだそうだ。病気になるからということだが、猫の時は何も問題ないのにな。あとは靴を履いたままでテーブルやベッドのシーツの上に立ってはいけないとか、一度履いた下着は洗濯しないといけないとか、何かと人間は面倒だ。人間はよくこんなことをやっていられるな。


さて、人間に変身したり人間から猫に戻る場所としてリスタとベルナに決められたのは、リスタが借りている服の修復作業場の棚の一角だ。元々人形が並べられていたところで、そこに私の服が置かれている。ここが私の変身場所だ。ここで猫から人間に変身して服を着て、元に戻る時もここにきて服を脱いで猫に戻る。


今ある服は元は人形用に作られたものだ。ちょっと短いといっていたので、今は修理されてたけが長くなっている。最初に着た時には膝のあたりまでだったが、今はかかとのあたりまでの長さになっている。

この元人形用の服なんだが、なんというか見た目が派手な感じで戦いとかの速い動きを想定したものではないようだ。リスタが剣士用の服を作ってくれているが、それができるまではこの服で我慢するしかない。私はもともと人間の女には好かれているが、この服を着ているとさらに評判がいい。


で、今は人間の形状での運動能力を試している。

まず、爪を伸ばせないので勝手が違う。足も靴とやらを履かされており、これも爪のような突起がない。例えば、タンスという服をしまう大きな箱があるが、床からこれによじ登る際、猫なら途中で爪を引っかけて上に上るわけだが、人間の形態だとそれができない。前足、おっと人間の場合は腕か、腕を上に伸ばして手でタンスの取っ手や上部を掴んで体を引き上げる、という動きになる。慣れ親しんだ体の形状が異なるというのは変な感じだ。


跳躍力は猫の時と変わらないようだ。これは人間の形状にしてはかなりのものらしい。人間は自分の体の高さまで飛び上がることはできないが、私は人間の形状でも、自分の身長の何倍もの高さまで飛び上がれる。

高いところから飛び降りる場合も問題ない。四本足で着地しようとしてしまうが、後ろ足が長いので勝手が違う。人間は着地する際に前足、つまり腕は使わないようなのでまねてみる。まあ何とかなりそうだ。


後は人間の形態での戦い方だ。爪を出せないので、剣を使うことになる。もちろんこれまでに使ったことはないし、まだ持ってもいない。鍛冶屋とやらに依頼して作ってもらうことになるようだが、今はリスタの定規とやらを使って練習している。練習といっても、やり方も知らないし相手もいないので振り回しているだけだが。


それから、人形用の服を着てリスタとベルナの買い物に付き合わされた。

人間の子供用の食器や人形用の鞄を買ってもらった。人形用の品物が売られているとは驚きだ。


私が人間の形態に変身できることは、ギースやメルノラがしゃべったようで翌日には白兎亭の住民には知られていた。

猫の形態で歩いているときに人間に変身してみろといわれる。ここでは変身できないと伝えるが、人間は猫の言葉が理解できないので、いつも逃げ回っている。

人間の形態で歩き回っているときも猫に変身してみろといわれる。ここではできないと人間の言葉で伝えるが、言葉は通じるはずなのになぜか理解されないのでやはり逃げ回っている。やれやれだ。リスタによれば、そのうちみんな慣れて何もいわなくなるだろうとのことだが。


アリナもうわさを聞き付けたようで、人間の体で部屋を借りるなら、体は小さいから大部屋の一角に専用のベッドを用意すれば1日1シルバでいいとのことだ。人間の場合、大部屋のベッドは1日4シルバなので、その四分の一というのは意外に良心的だが、お金を定期的に稼ぐあてがない以上は基本は猫の体でいたほうがよさそうだ。


そんな感じで日々人間としての運動能力の確認と、ベルナからの人間としての振る舞いや習慣についての授業を受けつつ、合間には本を読んでいる。人間の文字は猫の体でも読むことはできるが、本のページをめくるには人間の手でないと難しいのだ。


で、リスタが5層から帰ってきてから10日、私の剣士用の服が出来上がった。


人形用の服は上半身と下半身の部分が一体で、スカートの部分からかぶれば着終わるが、剣士向けの服装は上半身と下半身部で別れている。下着も上半身、下半身に分かれているが、この剣士の服を着る場合も下着は履かないといけないそうだ。色は全体的には黒っぽい。


早速着てみる。いつものように下着をつけ、まず上半身用の服を着る。体の形状に合わせた形で、両腕を通した後に体の前でボタンというものを留める。上半身は、さらにもう一枚服を重ねて着る。腕の部分がなく胴体だけを覆う服だ。下半身の服も、両足の形に合った形状なのでで、両足を通して着る。そして、さらに腰のあたりに分厚い布のようなものを巻き付けられる。スカートのような感じだが、前の部分は開いているので動きやすい。側面から背面を守るものだろう。

そして足には長い靴、ブーツというそうだが、を履かされる。膝の上までの長さがあるが、膝より上にくるのは前だけなので膝を曲げる際の邪魔にはならない。


「この部分は革製なんだけど、上から金属の防具を取り付けられるんだ」

そういうと、リスタは肩、肘、胸に防具を付けてくれる。


「手袋は、指がちっちゃいから作るのが難しいというのもあるんだけど、動かしやすくするのはこっちがいいかなと思って、指は親指だけが別になってる」

手袋というのは手に付ける靴下のような感じだな。肘の手前までの長さがある。指入れるところは親指だけで、他の4本の指は一つの袋のような感じになっている。

「その方がかわいいです」

この反応はベルナ。剣士の服装ができたと聞いて、彼女もリスタの作業場に来ている。

もう一つの防具、手の甲から肘にかけての腕を守るものを取り付けてくれる。


次にリスタが鞄から防具と剣、兜、盾を取り出す。

「あ、もうできたんですね」


この前の買い物の際、鍛冶屋に立ち寄ったのだ。防具の部分や私のサイズを測り、剣の製作を依頼したのだ。剣は、短剣を元に作る予定だったが、鍛冶屋によるとそれよりは一から作った方が早いということで、新たに作ってもらったのだ。自分のものなので金は出すと主張したのだが、リスタとベルナが人間になった記念のプレゼントだということでお金を出してくれた。それと、鍛冶屋の親方とやらが見習いとやらに作らせたので、安く済んだのだそうだ。


「紐の結び方は分かる?」

「大丈夫です。私が教えました」

私より先にベルナがこたえる。

「やってみる」

かがんで紐を引っ張る。ブーツが足を締め付ける。教えてもらった方法で紐を結び終えると立ち上がる。

「よくできました」

ベルナが嬉しそうだ。


「防具は手伝うね」

そういうとリスタが金属性の防具を取り付けてくれる。それからベルトと剣を腰につける。ベルトには小さな鞄のような小物入れがついている。

「盾は利き腕とは違う方につけるんだけど、剣はどっちの手で持つ方が使いやすいかな」

リスタがいう。

「ちょっと剣を抜いてみてください」

これはベルナ。剣を抜く。定規よりもはるかに重いな。だが、振り回せなくはない。

「きゃー、かわいいです!」

この反応が誰か当ててみよう。ベルナだな。

剣を左右それぞれの腕でもって振ってみる。

「右腕の方が使いやすいな」

「右利きね」

そういうとリスタは左腕に盾を取り付けてくれる。


「やっぱりかわいいです」

「そうね。似合ってる。かっこいいね」

「この兜は頭にかぶるんだよ」

リスタがそういうと兜とやらを手に持つ。このあたりで頭にかぶっている奴は見たことがない。この前行ったダンジョン3層では、手に持っている奴は見かけたが。


リスタが兜をかぶせてくれる。顎のところにくる紐のようなもので固定するようだ。

「で、これを顔の前に下すと準備完了」

両目の前に細長い穴があって前が見えるようになっているが、視界が狭い。


「こっちもかわいいですけど、顔を出してた方がずっとかわいいです」

誰の発言かはいうまでもない。


「これで戦うには訓練が必要よね」

私の姿を眺めながらリスタがいう

「私もそれを気にしている。私のような小さなものに教えてくれる人間はいるだろうか」

最近思っていることを伝える。

「そうよね。シイラちゃんは猫の運動能力のある人間だから、多分戦い方も違うと思うのよね」

リスタの意見はもっともだ。

「シイラちゃんはかわいいから戦わなくてもいいと思います」

どういう理屈だよ。


「この服装は動きやすいが、着たり脱いだりするのが大変だな」

率直な感想をいってみる。

「まあ、この服は人間でもそうだから」

これはリスタ。そうなのか? 人間も面倒なことをするものだ。それに服は時々洗濯とやらをしないといけないのだ。

「そうです。ダンジョンに出掛ける時とか、何かと戦う時にしか着ないんです」

ベルナが説明する。ベルナはいつも同じ格好だな。この前ダンジョンに行ったときと同じだ。


「ふだんは、防具を付けずに、このマントを着ければそのまま外出できるよ」

リスタが防具をつつきながらいう。

「マントは外出の時だけで、家の中に入ったら取るんですよ」

これはベルナ。これも人間の数ある決まりの一つか。


「これはこれですばらしいのだが、ふだんここで出歩くときに着れる動きやすい服も欲しいのだ」

この服は体につけるものが多すぎる。

「えー、この人形の服があるじゃないですかー」

ベルナの基準はかわいいかどうかだからな。

「人形のは着るのは簡単だが、スカートというのだったか、あれが広がりすぎていて邪魔なのだ」

「それがかわいいのに」

ベルナは不満そうだ。

「なるほどね。まあ、活動的な女の子用の服とかがいいかもね」

リスタがいう。街で時々見かける人間の子供も、女の子供はスカートをはいているやつは多いが、男の子供のような服装のやつもいる。あんな感じだろうか。

「それがよさそうだ。あと、今度はお金を払う」

人間は人に何か頼むときにはお金を支払うのだったな。


「え? いいよ別に。余った布で作るんだし」

リスタが即答する。

「いや。いつまでも無料というわけにはいかない」

考え込むリスタ。

「そう? それじゃあ、そうね。4シルバいただこうかしら」

「そんなものなのか?」

4シルバといえば、ここ白兎亭の大部屋のベッド1日分の料金と同じだ。

「お友達割引」

リスタがいう。服を作るリスタがそれでいいのなら問題ないだろう。

「ではお願いする。私のお金はギルド本部の口座にあるのだが」


「今度私が何かシイラちゃんにお願いする時に4シルバで引き受けてくれればいいよ」

リスタがいう。それはつまりこういうことか。

「それだとお金を払わないのではないのか」

「そういうやり方もあるの。ふつうは金額をいったりしないんだけど、友達とかの親しい間では、何かしてもらったら、いつか何かしてあげるっていう感じで」

「なるほど」

「そうです。何かを頼まれた時に、これは貸しな、とかいうんですよ」

ベルナが説明する。


なるほど。つまり私はリスタやベルナに借りがあるということだな。そのうち何かお返ししないとな。ネズミだと何匹くらいがいいのだろうか。

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