第41話 見習い魔法使いの悩み その1

「あ、シイラちゃん!」

朝食後の白兎亭内の巡回を終え、食堂の窓辺で寝そべろうと階段に向かっているところでベルナに声をかけられる。また風呂に入れというのだろうか。


「ひどいじゃないですか!」

は? 口調からするとかなり不満な様子だ。

「みゃあ」

何の話だ。

「これ!」

ベルナが指さす先を見ると、服が汚れている。食べ物をぶちまけたようだ。黒っぽい服なので目立たないが。

その汚れと私が何か関係していると思っているということか。今日ベルナに会ったのはこれが初めてなのだが。


「みゃあ」

洗濯したほうがいいんじゃないか、と伝え階段に向かう。

「あ、逃げるんですか!」

逃げるとはなんだ。失礼な。

「みゃあ」

なぜ私が逃げる必要があるのだ、と立ち止まり伝える。

「私が何をしたっていうんですか!」

はあ? それは私がいいたいことだ。ベルナが指さしているところを見ると服が破れている。これも私のせいにされているのか。

「みゃあ」

何のことかわからないが。


「ちょっと、話したいんで人間に変身してきてください!」

これから日の当たる場所で寝そべるという大事な用事があるというのに。

無視してもいいが、どうしたものか。なんかベルナはにらんでいるな。しかも涙が浮かんでいる。なんなのだ。まあ、仕方がない。誤解は解いておいた方がよさそうだ。


「みゃあ」

ちょっと待ってろ、と伝えリスタの部屋に行って人間に変身、下着を履いてその上から服を切る。毎度だが服を二重に着るのは面倒だ。人間はほんとにみんな服を二重に着ているのだろうか。今度、誰かのスカートを下から覗いてみるか。


食堂に戻ると、ベルナは食堂の窓際のテーブルのところにいる。向かい合った席の背もたれに飛び乗る。

ベルナが腕を組んでにらんでいる。


「さて、シイラちゃん」

身を乗り出すベルナ。

「さっきからいったい何なのだ」

「さっきの...」

ベルナがしゃべり始めたところ食堂の一角で食事をしている集団の声が聞こえてくる。


「あれ? シイラちゃん、じゃないよね」

「うん、違うね」

「あ!」

「きゃあ」

何か食器がテーブルから落ちて割れる音がする。

見ると猫がテーブルを飛び降りて走っていくのが見える。見たことのない猫だ。


「あの猫を私と間違えた可能性は?」

驚いたような表情で猫がいたあたりを見ているベルナにたずねる。

「え? っと、あれ? そ、そんな、いえ、ま、まさか...」

私と猫が走っていった方向を交互に見るベルナ。

猫が別のテーブルに飛び上がり食事を終えた皿の方に顔を近づける。いうまでもないが私はあのようなことはしない。

「可能性は?」

再度質問する。

「えっと。そ、その可能性は、た、確かにありますね...」

ベルナの顔が赤くなっている。

「可能性?」

「い、いえ、見間違えたことは、ど、どうやら間違いないようです...」

下を向くベルナ。


「見た目はかなり違うようだが」

全体的に灰色という点はほぼ同じだが、頭の部分の模様はかなり違うし顔つきも違う。それに、他の白兎亭の住民は私ではないことにすぐに気づいている。

「ご、ごめんなさい!」

ベルナが頭を下げる。

「ほ、ほんとにごめんなさいっ!」

何度も謝るようなことではないと思うが。まあ、わかってもらえばそれでいい。


「別に構わない。縄張りに入ってきた猫を追い出さないといけないので、猫に戻る」

そう伝えると、いそいでリスタの部屋に移動し服を脱いで猫に戻る。


さっき食堂で見た感じからすると、中庭の方に向かっていたような気がするのでそちらに向かう。案の定中庭を歩いていたので、近くに駆け寄る。私に気づいたようなので、背中の毛を逆立て威嚇する。さて、どう出るかと思う間もなく、背中を低くして逃げ出してしまう。拍子抜けだな。

まあいい。食堂の窓際で寝そべることにしよう。そこは昼まで日があたるのだ。

食堂に戻るとベルナがさっきのテーブルにまだ座っている。なんか下を向いているな。まだ私を別の猫と間違えたことを気にしているのだろうか。


窓辺に飛び乗り寝そべる。

「シイラちゃん、さっきはごめんなさい」

まだ謝っている。

「みゃあ」

別に気にしていない。

「シイラちゃんと間違えるなんて、みんな一目で違う猫だって気づいているのに」

小さな声でつぶやくベルナ。

「シイラちゃんとは一緒にダンジョンに行ったり泥棒を捕まえたり、それに贈り物をもらったりしてよく知ってるはずなのに。ぜんぜんダメですよね。魔法も上達しないし空間魔法もシイラちゃん、猫ちゃんでも使えるのにまだできないし」

なんかぶつぶついってるな。

「ごめんなさい、シイラちゃん」

いつまで謝るんだ。


「お、猫に謝ってる変な女がいるぞ」

見るとギースが食事のトレイを持っている。

「ギースさん」

ベルナが目のところを布で押さえる。涙が出ていたのか。


「こいつを踏んづけでもしたのか?」

私の隣の席に着くギース。

「いえ。別の猫をシイラちゃんと間違えてしまって」

「別の猫? なんだそんなことか」

「その猫に服を汚されて破かれたんですけど、それをシイラちゃんのせいにして怒ってしまったんです」

「はは、よっぽど似てたんだな」

「いいえ。全然似てないんです。他の人は一目で違う猫ってわかってるのに」

「まあ、気にすんな。こいつも気にしてねえだろ。なあ?」

ギースが私の方を見る。

「みゃあ」

その通りだ、と返事する。

「ほら、こいつも気にしてないってよ」

ギースは私の言葉がわかるのか。

「はい...」

また、下を向いている。


「なんだよ、朝から暗えな」

朝といっても他のほとんどの住民はすでに朝食を終えているけどな。

「他にもいろいろとあって」

「いろいろってなんだよ」

遅い朝食をうまそうに食べるギース。

「仕事がうまくいってねえのか? そういえば、魔法はどうなんだ? 多少は使えるようになったか?」


相変わらず下を向いているベルナ。

「全然だめなんです。今も一度に一つの魔法しか使えなくてダンジョンの仕事はどれも受けられてなくて、他のお仕事も魔法の話をしたらパーティーに入れてもらえなくて、一人で参加した一角狼の討伐では危うく山火事を起こしそうになってすごく叱られて、そ、それと...」

早口でまくし立てるベルナ。


「わかったわかった」

食事の手を止めてベルナの方を見るギース。

「魔法力ってのは魔物倒して経験値を積めば上がるんだろ?」

スプーンを魔法の杖のような感じで動かすギース。

「はい。でも、以前一緒に行って以来一度もダンジョンに行けてないんです」

ベルナは一瞬ギースの方を見るが、すぐに下を向く。


「なんだそりゃ。何してんだよ、って、そうかパーティーに参加させてもらえないんだったな」

ギースはスプーンを皿に置く。

「はい。森に行けばポライムがいるんですけど、木の多いところで不用意に火炎魔法は使えないので...」

「火力を制御できないんだったな」

腕を組むギース。

「で、魔法の腕を上げるにはどうするんだ? 魔法使いに教えてもらうのか?」

「はい」

「誰かに教えてもらってるのか?」

「い、いいえ」

ため息をつくギース。

「そんなんじゃあ上達するはずもないな」

ベルナの方を見るギース。


「奨学金だっけ、とかもらってるんだろ? 奨学金ってのは優秀な奴とか見込みのあるやつがもらうんじゃないのか?」

奨学金か。そういえばそんな話を聞いたことがあるな。

「いえ。その、まずは基礎となる魔法力をつけてこいってことで...」

「つまり、塾で教えるにしても魔法力が低すぎるってことか」

「はい。奨学金といってますけど、実態は塾に払った授業料に補助がついて払われているようなものなんです」

ベルナは下を向いたままつぶやく。つまりは追い出されたということなのか。塾というのは、魔法力が少なくて使える魔法も少ない人間が学ぶところだと思っていたのだが。


「なるほど。魔法使いも大変だな」

食器を手に取って口に運び、残った食べ物を流し込むギース。

「じゃあ、誰か誘ってダンジョンの仕事やるか。俺も一緒にいってるやるわ。こいつも来るだろう」

私の方を見るギース。ダンジョンはしばらく行ってないし付き合ってやるか。

「みゃあ」

いっしょに行ってやる。

「あ、ありがとうございます」

ベルナの表情が明るくなる。

「それに、ハルトも誘ってさ」

「えっと、ハルトくんは...」

また下を向くベルナ。

「なんだよ、喧嘩でもしてるのか? あ、それも落ち込んでる理由か?」

そういえば最近二人が食堂で一緒に食べているのを見かけないな。


「ハルトくんと一緒に参加できるパーティーを探してたんですけど...」

下を向いたままのベルナ。

「なるほど。つまり、おまえの魔法力が低くて断られて、最初はハルトもまあいいよとかいってたけど、それが続いたんでハルトが不機嫌になったとか、やつが一人で参加するようになったとかだろ」

しゃべる前から内容がわかるのか。

「は、はい、そんな感じなんです...」

しかもその通りだったとは、ギースは大したものだな。


「はぁ。ハルトもまだ若いな」

ギースがため息をつく。確かにハルトはギースよりもずっと若いが、それとハルトの行動の間に関係があるということなのだろうか。


「よし。じゃあ、こうするのはどうだ。俺、猫、ハルトと、もう一人魔法使いを誘ってパーティーを組んでダンジョンでの仕事を引き受ける。魔法使いはそうだな、エドガルの都合が合えばエドガルがいいんだが」

エドガルか。彼とはこれまで二度一緒に仕事をしたが、魔法力に問題はないしいいやつだ。

「はい」

ベルナもちょっとうれしそうだ。


「で、報酬だが、ベルナの報酬はもう一人の魔法使いにやる。つまり授業料だ。お前は経験値を積むことが目的なんだから報酬はなし。同じ属性の魔法使いと一緒に行動すれば学ぶこともあるだろうし、それに一応奨学金があるんだから報酬がなくても生活は問題ないんだろ?」

「はい、大丈夫です」

ベルナがこたえる。


「これを何度か繰り返して最低限必要な魔法力をつける。何回やるかは獲得する魔法力次第だな。俺は最初は参加してやるが、後は同じやり方で自分でパーティーを組んでやるんだ。ハルトなら協力してくれるだろ」

「そ、そうですね」

表情が明るくなるベルナ。


「で、ある程度の魔法力が付いたら、魔法学校、いやこの街にはなかったか、塾とか家庭教師みたいなのがあるだろ。そういったところで魔法の技術を学ぶんだ」

「え? でも、授業料払うだけのお仕事はすぐにはできないと思うんですけど」

「働けばいいだろ。ここで」

両腕を大きく左右に動かし食堂を示すギース。

「給料は安いが、奨学金もあるんだし塾とか家庭教師とかならなんとかなるんじゃないか?」

普段の生活は奨学金で足りているわけだから、ここで働いた分を学校とかに使えばいいということか。

ベルナにとってもよさそうに思えるな。

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