第17話 わけあり新人冒険者の慣れない仕事
「おい! 何やってんだよ」
カウエンが叫ぶ。見るとカイが炎の中に木を押し込んでいる。こんなに大きな火は見たことがないが、近づくのは危険だという気がして遠くから眺めることにする。ただ、今は火よりも煙の方がすごいが。
「何って、言われたように火に薪を追加しているのだ」
新入りが振り返る。名前はカイなんとかだったな。
「薪を押し込めばいいってもんじゃねえんだよ。お前、火を焚いたことがないのか?」
「焚火をしたことはあるが、こういったものは初めてだな」
「ったく、どこのお坊ちゃんだよ」
「私はカイ・メットブラム。ヴァンストレーム領、領主カリン・メットブラムの三男だ」
「そんなこたぁどうでもいい!」
そういうと、カウエンは木を何本も引き出す。木からは煙がものすごい勢いで出ているが、燃えてはいないようだ。その後、さらに燃えている木をあれこれ動かしている。火の勢いが上がってきた。
「こっちはいいからお前は薪を割ってろ」
どうやら、このカイとやらはいわれた仕事ができていないということらしいな。次に指示された薪割りはできるのだろうか。
「おい!」
カイの方を見たカウエンが呼びかける。
「ん? 今度はなんだ?」
「木を横に置いてどうすんだよ!」
「立てようとしたんだが倒れたのでな」
「だからってそのまま斧で割れるかよ。木を立てて斧で木の繊維に沿って割るんだよ!」
「そうなのか?」
「そうなんだよ! 薪割りやったことないのかよ」
「ああ、これが初めてだ」
首を横に何度か振るカウエン。あきれているような感じだな。
「これはちょっと向きを調節すれば簡単に立つんだよ」
そういうとカウエンが木を立てる。
「なるほど。器用だな君は」
この男、動じないな。
「わかったらこれを斧でたたき割れ!」
木の立て方のコツをつかんだようで順調に巻き割りをするカイ。
「お、意外とうめえじゃねえか」
「斧を使うのは初めてだが、これも一種の剣だからな。剣を使うのは得意だ」
剣が得意なのか。私も剣士であることがわかれば、実際は剣士を目指している段階だが、この男は私に剣を教えたいと思うのではないだろうか。ちょっと挨拶しておこう。
「みゃあ」
こんにちは、と挨拶する。猫の言葉は人間に通じないことは承知しているが、猫は人間に人気があるのでこれはこれで効果的なのだ。
「ん? この猫は受付のところにいたな。近づくと危ないから離れていなさい」
「みゃあ」
わかったよ、と返事をし若者の斜め後ろに移動する。
「はは、まるで言葉がわかるようだ」
私の反応を見て感心している。
「そいつは人間の言葉がわかるんだとよ。しかも言葉がわかるだけじゃねえって話だ」
カウエンが私の方をちらっとみていう。この男は体が大柄で、白兎亭では釜炊きや建物の修理をしている男だ。釜で沸かす湯は、風呂や洗濯、厨房で使われる。水は井戸と呼ばれる穴からくみ上げるものと、川から汲んできた水を使う。川から水を運ぶのを仕事にしている人間がいて、その人間の馬車から水の入った入れ物を一日に何回も運んでいる。
仕事が忙しいからか、この男は私にあまり関心を示さない。毎朝、狩ったネズミを持っていくと喜んでいると思っていたが、私の仕事っぷりに喜んでいるというのではなく、ネズミを捕ってきたこと自体を喜んでいるらしいということに最近気づいた。ネズミは、この中庭にやってくる大きな鳥に与えている。ここで飼われているというのではないが、毎朝中庭の木にとまっている。以前いたところでよく見かけた黒いやつよりも大きな鳥だ。
「ほう。人間の言葉がわかる猫とはすごいな。ほかに何ができるのかな?」
カイが私の方を見る。
「そいつは人間に化けるんだよ」
化ける? なんかいやな言い方だな。
「人間に?」
カイが改めて私を見つめる。
「ああ。猫と同じくらいの大きさの人間を見たが、人前では変身しないから俺は半信半疑だ」
なるほど。そういうことか。リスタとベルナから人前では決して人間に変身するなっていわれてるしな。逆に人間の形態から猫に戻る時も、体の形状が違うから服を全部脱いでから戻る必要があり、その場合も人前ではだめだといわれている。
まあ、別にカウエンに信じてもらう必要はないし、好きなように言わせておこう。
「それは興味深い。ぜひ一度人間の姿の猫に会ってみたいものだ」
感心を引いたようだ。
「猫のことなんか放っておいて薪を割れ。そこに屋根の高さまで積み上げるまでだ」
「そうだったな」
薪割りを再開するカイ。
さて、薪割りの様子を見ていても仕方ないので、ひと眠りするか。その薪を積み上げているところがいいだろう。
アリナの話だと、中庭で釜炊きや薪割りをした後は昼食の準備の仕事を手伝い、昼食と休憩の後、夕食の準備と後片付けをすることになっているとのことだ。この様子だと、食事の準備やら後片付けもこれまでにやったことがなくてうまくできなさそうだ。
いずれにしても、私に剣の使い方を教える気になるのは、仕事を覚えて生活が落ち着いてからだろう。それまで待ってやることにするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます