エージェントと幼馴染み

第35ミッション 親友

 日課である犬の散歩を終えてマンションへ戻ってきた里桜。玄関へ向かう階段を上がる直前で声を掛けられた。甲高い声で親しみというよりは、訝しむように尋ねられた。


「里桜……よねぇ?やっぱりそうだ!」


 振り向いた先にいたのは茶髪ロングの女性。バッチリ決めたメイクに露出の多い服を着ていた。


「真凛ちゃん?」


「やだ~、何してるの!こんな所で!」


 旧友との再会に驚き唖然とする里桜。彼女の名前は有月真凛ありづきまりん。小・中・高と同じ学校の所謂幼馴染みだ。里桜にとっては唯一の『友達』といってもいい。


「あら、この犬まだ飼っていたんだ。とっくに手離したと思ってた」


 一通りの挨拶をすると真凛は足元にいたマカロンに視線を移す。マカロンも黒い目玉を真凛に向ける。


「真凛ちゃんが押し付けたんじゃない……」


「だって~!吠えるし、臭いし、思ってたよりも可愛くなかったんだもん」


 真凛の態度に里桜は2年前の事を思い出す。高校卒業して就職も決まった頃に、いきなり子犬を押し付けられたのだ。

 真凛は、大学は推薦で決まっていて、一足早く一人暮らしをしていたのだが、ペットショップで買ったチワワの世話が面倒になったらしい。一人で生きていくのもやっとな里桜にとっては、ペットなど飼う余裕はなかったが、保健所に渡すことも出来ずに飼うことになった。


「貧乏だからすぐに保健所に出したと思ってた。ふーん、でも賢い犬に育ったんだ。今ならかわいいかも!」


 真凛がマカロンを撫でようとしたら、マカロンはそっぽを向いて里桜の足元へ行き、真凛に背中を向ける。その場に座って耳裏を掻いていた。


「何よ!躾のなっていない犬ね!」


 マカロンは真凛を危険視してはいないが、構うに値しないと位置付けている。マカロンから外れた注目は必然的に里桜の方へ向いた。


「ここで何してるの?今、このマンションへ入ろうとしてたわよね」


「……うん。ここに住んでるから……」


「はぁ!ここ高級タワマンよ!あんたが買えるわけないじゃない!」


「わっ、私が買ったんじゃないよ……。恋人と一緒に住んでるの」


「はぁっ?恋人?ふーん、そんなのいるんだ~、里桜のくせに」


 真凛の棘のある言い方に里桜は俯き目を伏せてしまう。マカロンは里桜を見上げて様子を窺う。


「運がなくて鈍くさいけど、男にはモテるもんねぇ。その胸で釣ってるの?」


 里桜の胸元を妬ましく見下ろす真凛。昏い顔の里桜を見かねてマカロンがリードを引っ張った。


『おい!もう行こうぜ!ご主人!こんなのと話さなくていい!』


 マカロンに引っ張られた里桜だったが、その場を動こうとしなかった。そのまま真凛の自慢話に付き合う。


「私もここに住んでいるのよ!しかも最上階!いいでしょぉ!」


「へぇ、すごいね。一人で住んでるの?」


「私も彼氏と同棲してるのよ!彼ね、アメリカ人とのハーフで社長をしているのよ!なんでも買ってくれるし、ハンサムだし、背も高くて、ちょ~イケてるの!あんたの彼はどんな人ぉ?」


「……普通の人だよ」


 里桜は恋人の自慢をする事はしなかった。真凛は優劣をはっきり付けたい性格をしているため、必ず自分の方を下にしないといけない。


「なにそれ、とんでもなくブサイク?それとも金持ちだけど独り身のジジイ?介護要員で住み込んでるのぉ?」


 なにも言い返さずに俯いていると、マカロンが急に吠え始め走り出した。突然リードが引っ張られたので、里桜は手を離してしまう。マカロンが向かった先にはスーツケースを転がす男性がいた。彼の足下へ駆け寄ったマカロンはリードを拾い上げた男性と共に戻ってくる。


「ただいま、里桜。こんな所で何をしているんだ?」


 爽やかな笑顔を里桜に向ける男性は、整った顔立ちに特徴的な容姿。高く綺麗な背格好に、シンプルながらもセンスのいい服。イケメン外国人の登場に真凛は口を開けて、彼に釘付けになってしまう。イケメンは里桜と話をした後、真凛の方に目を向けた。


「知り合いかな?」


「えっ……ええ、えっと……」


「初めまして!私は里桜の幼馴染みで大親友の有月真凛といいます~」


 里桜が紹介する前に真凛が自分を売り込んでいく。先程までの低い声は消え去り、甲高くすり寄るような声色だ。


「そうか、里桜の友達か。俺は彼女の恋人でリチャード・ムーアという。よろしく」


 Kは礼儀的な笑顔を向けて握手を求める事もしなかった。二人の会話を聞いていた訳ではないが、里桜の表情が優れない事をすぐに察した。早めに会話を切り上げたかったが、真凛の毒牙がそれを許さない。


「ええ!里桜の彼氏!やだ、里桜ったら恋人が出来たなら私に言ってよ!連れないな~、大親友なのに!」


「……里桜とは、仲がいいのかな?」


「そうですよ~!小学校からの友達で~、とっても仲良しなんです!里桜って昔から危なっかしいから、私がいっつも助けてあげたんですよ~」


 里桜が黙っているのを良いことに真凛は「大親友」で「良き幼馴染み」を押してきた。さらには、Kの国籍や仕事の事を根掘り葉掘り聞いてきて、しばらく立ち話をしていると、一台の高級車が横に停まった。


「マリンー、お待たせ~」


 赤のポルシェ918スパイダー。流線型のスポーツカーで2億はする車だ。ドアウインドウを開けて手を振る男は、アッシュブロンドの髪に彫りの深い眉間と真っ直ぐ通った鼻筋。整えられた顎髭を触りにやけた顔をする。


「ネイト~!も~遅いわよ!愛しのダーリン!」


 真凛は彼に駆け寄り車に乗り込んでキスをしていた。こちらに軽く挨拶をして700馬力の車で駆け抜けていった。Kは『ネイト』と呼ばれていた男を終始睨んでいた。マカロンもずっと唸っており、撫でて気を落ち着かせる。

 マカロン、やはり君は優秀だな。あの男に『危険』を察知しているんだろう。その通りだ。


 奴は危険だ。早めに排除しておかなくては……。


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