第9ミッション 平穏と悪事

 2回目のデートは品川の水族館に行った。今日の里桜の服装は白いワンピースに生なりのカーディガン。前回より気合いが入っていて、とてもかわいいな。

 今日は彼女の奢りというので、チケットを買った里桜と一緒に水族館へ入る。

 まず最初に映像と組み合わせた水槽が登場する。とても幻想的で里桜も少しはしゃいでいた。こんな表情もするのだな。かわいい。

 アクアジャングルやリトルパラダイスなどで、淡水魚や熱帯魚を楽しみ、トンネル状の水槽でマンタやエイが飛び交う様を眺めた。

 一階にあるカフェで飲み物を飲みながら談笑する。今日の里桜はよく笑ってくれる。本当にどこにでもいる只のカップルのようで、心弾む時間だった。



 イルカショーが始まる前に里桜がお手洗いに行った。待っている間、Kは周囲を見渡す。家族連れやカップル、老年の夫婦など、様々な人がいる。Kにはその光景が、額縁の中の風景のように見える時がある。


 みんな、平穏な世界にいる。


 この世界が平和で、紛争や犯罪などないように思える。だが、無差別な悪意というものはすぐ側にあるものだ。

 テロや薬物の取引、人身売買、臓器の闇市……。どんなに社会が発展しても、目を光らせていても、悪事はなくならない。

 Kはその場を離れてクラゲの鑑賞エリアに入る。イルカショーを見るためにみんな移動しているのか、誰もいなかった。

 ならば、最悪な事態を想定して、それを事前に排除すればいい。『諜報員おれたち』の仕事はそういうものだ。疑わなければ安全を確保できない。徒労で果てしない作業でも、『誰かが』やらなければならないんだ……。


「リチャード……」


 里桜の声にKは引き戻される。『今だけ』は自分も『平穏な風景』の中にいよう。


「ショーが始まる。行こうか……」


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