第38ミッション 抵抗

 竜童・ネイサン・ロドリゲス。彼は裏社会と繋がりがある。通販会社の社長というのは本当だし、会社自体も存在している。だが、大学生時代に渡ったアメリカでマフィアと繋がりができ、卒業後に起こした会社へ資金援助して貰う代わりに、売人として薬物の売買に手を染めていた。

 表向きはネット販売をしている会社はダークウェブを利用した闇ルートを作り出し、海外のダミー会社でマネーロンダリング【資金洗浄:違法な金銭を正当な収益として偽装すること】をしていた。その巧妙な手法故に日本の警察からもノーマークだったが、組織は日本への密輸入ルートを探っている内に彼に辿り着いていた。その情報はKにも下りていたため、彼を見たときは背筋が凍る思いがした。

 まさか購入したマンションの最上階に麻薬売買の元締めが住んでいるなんて、予測不可能だ。焦って購入したため、住人の身元までは調べなかった。一歩間違えれば里桜を巻き込む所だった。もっと先を読む力を研ぎ澄ましおこう。


 里桜と一緒にネイサンが逮捕されたというニュースを見ているK。マンションの下にも警察や報道陣が殺到しており、かなりの騒ぎになっている。


「なんか、大変な事になっているね」


「事態が治まるまでは玄関は使わない方がいいだろう。会社へは車で送るよ。マカロンの散歩も裏から出た方がいいな」


 里桜は取り繕った笑顔を見せるが、気持ちが落ち着かなかった。知り合いではないが、先週訪問した家の家主が逮捕されるなんて、通常なら起こらない事だ。里桜を元気付けようとした瞬間、インターフォンが鳴った。対応しようと玄関に向かう途中でドアを叩かれる。カメラを確認するまでもなく、相手が誰かが分かった。

 ドアの向こうには青ざめた顔をしている真凛がいた。顔色は血色を失い、目を見開いて汗を流していた。事情を聞かずとも彼女の心情は察することが出来た。一先ず玄関に彼女を上げる。


「どうしよう……、どうしたらいいの」


 大学の講義から戻ってきたら、すでに警察が家宅捜査している現場だった。慌てて引き返してここに駆け込んだらしい。Kはざっくりとした現状を話し、しばらくは自宅に帰るように説得した。


「ねぇ、しばらくここに置いてよ!お願い」


 里桜に懇願してくる真凛。本当なら助けてやりたいが、この家の持ち主は自分ではないので気が引けた。


「真凛ちゃんの実家はそんなに遠くないでしょ?家から大学に通った方がいいよ。おばさんも心配していると思うし」


 里桜は本気で真凛を心配したのだが、それが彼女の神経を逆撫でした。


「何よ、それ!私を見下してるのぉ!自分は彼氏とタワマンに住んで、私は追い出されているのが愉快で堪らないんでしょ!」


「違うよ、真凛ちゃん」


「黙っててよ!あんたが私より上なんて許せない!ねぇ!リチャード、ここに置いてよ!いいでしょ」


 今度はKにすり寄る真凛。Kは表情を変えることなく毅然と答える。


「悪いが、ここは『恋人』である里桜と住んでいるんだ。『他人』の君を住ませる事はできない」


 Kに一刀両断された真凛の顔は更に紅潮し、怒りをぶつける。


「里桜のどこがいいっていうのぉ!昔から鈍くさくて不運ばっかで、周りから嫌われていた女なのにぃ!私の方が美人でずっといい女よ!私と付き合ってよ!」


 みっともなく醜態を晒す彼女に煩わしさを感じ、追い出そうとした時、里桜の方が先に行動していた。


「やめてっ!」


 里桜は真凛をKから引き離す。伏せていた顔を上げて、真凛を強い眼差しを向ける。


「リ、リチャードは私の恋人だから……譲る気はないわ」


 里桜が振り絞るように出した言葉に一番驚いたのはKであった。彼女がはっきりとKを『恋人』だと言ったのが初めてだったからだ。逆上した真凛をKが間に入って止める。


「これ以上騒ぐなら警察を呼ぶぞ。まぁ、上の騒ぎでそれどころじゃないと思うが、あらぬ嫌疑をかけられたくなければ大人しく帰ってくれ」


 『警察』の言葉に慄然とし、肩を落として出ていった。少し冷たい対応だったが、犯罪者と縁が切れて真っ当に生きて欲しいものだ。


「良かったのか。『親友』だったのだろう?」


 リビングへ戻りソファに腰掛ける二人。悄然としている里桜を気遣う。


「唯一の友達だったのは本当。でもそれは彼女にしがみついていただけ。利用されていると分かってても、一人が恐かったから……」


「君は一人じゃない。俺が一緒にいるよ……」


 里桜は微笑んでKの肩に頭を乗せる。これはいい雰囲気だ。このまま勢いでいけるか。

 プロポーズっっ!!!!

 実はもう指輪は用意しているんだ。いつでも渡せるようにな。出会ってまだ10ヶ月だが、婚約関係に移行してもいいかもしれない。Kは胸元を触ってプロポーズしようとしたが、里桜の言葉に遮られる。


「リチャード、これからも『恋人』としてよろしくね」


「あっ、ああ……よろしく頼む」


 タイミングを逃したK。時期尚早だったと気持ちを抑えて、里桜の肩に手を回した。



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