第37ミッション 行かないで

 真凛が紅茶と手土産のケーキを運んできて、リビングで頂く。真凛はKにあからさまなアタックをし始めた。真隣に座り足を組んで、上目使いまでしている。


「すごぉい!色んな国に行っているんですね!」


「ええ、仕事柄海外を転々としています」


「カッコいいわ~!パリには行ったことあります?私本場のルイヴィトンに行ってみたいんです~」


 Kの腕や足に触り顔を近付けてくる。真凛の行動を今すぐ諌めたいが、強く言い出せない。悶々とした怒りを押し殺していると、だんだんとその感情は意識と共に遠退いていった。


「里桜、どうしたんだ?」


 里桜の瞼が下がってきたのを見て、Kが心配して訊ねる。


「どうしたの?里桜眠くなっちゃった~?」


 里桜は返事も出来ずに眠ってしまう。真凛が客室に運ぶように提案したので、里桜を抱えて部屋まで運ぶ。彼女をベッドに運んだ後に、Kにも眠気が襲ってきた。


「大丈夫?リチャードも眠くなっちゃった?なら、『私の』寝室で寝てちょうだい!」


 真凛に誘われて彼女が使っている部屋に入る。ベッドに腰掛けて目を擦っていると、真凛が胸をKの腕に押し当ててきた。


「ねぇ、休む前に私と良いことしない……って、あれ?」


 Kを見上げる視界が歪んでくる。Kは真凛をベッドへ横たわらせて、睡魔を促す。


「君も眠いようだな。ゆっくり休むといい」


 真凛は静かに寝息を立て始めた。やはり、あの紅茶には睡眠薬が入っていたか。分かっていたが、敢えて見逃した。俺に『あの程度』の薬は効かないからな。俺が混入した睡眠薬で彼女も寝かせた。これで誰にも邪魔されずに部屋を物色できる。

 Kはゴム手袋を付けて真凛の部屋を出て、家主の書斎に入る。本棚と机とデスクトップパソコンが置かれ、真っ先にパソコンを起動する。パスワードがかけてあるが指紋認証じゃないから、ハッキングで5桁の番号を解読。中にあるデータを片っ端からチェックしていった。こちらはプライベート用のデバイスだが、クラウドで仕事用のデバイスとも連動していた。会社の運営や財務情報を確認できたが、欲しい情報は得られなかった。

 Kは本棚を端から端まで細かくチェックしていった。すると、隠し金庫が見つかった。番号式のロックだが、まさかのパソコンと同じ番号だった。暗証番号の数字を統一する人は多いからな。中にあったのは薬物の売買履歴とマネロン用の帳簿だ。Kはそのデータを全てコピーし、部屋の状態を元通りにして、里桜を連れて家を出た。



 ベッドに下ろされている感触で里桜は意識を取り戻す。ぼやけた視界でKを見つめた。彼がカーディガンを脱がしているので、もしやと思った。スカートのジッパーも下ろして脱がされる。Kがその気になってくれたのは嬉しいが、眠くて何もできなかった。だが、里桜の期待は外れて、Kは彼女に布団を掛けて去っていこうとする。里桜は眠い頭でKに手を伸ばした。


「リチャード……、いかないで……まりんの所に……」


 Kは驚いて里桜を振り返る。そして、目に涙を溜めながら懇願してくる里桜の額にキスをした。


「大丈夫だよ。俺は君以外の所に行ったりしない……」


 頬を撫でて目尻の水滴を拭う。里桜は安心した顔をしてゆっくり目を閉じた。今回の件で里桜に不快な思いをさせてしまった。だが、迅速に片を付けるには、真凛の邪心を利用した方が手っ取り早かったのだ。里桜を守るためにぐっと堪えていたが、不安にさせてしまった事に罪悪感が重くのし掛かる。

 それを払うためにも早めに決着をつけてやる。


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