第36ミッション 不釣り合い
『り~お~ん、私の分の宿題やっておいて!』
『ごめんね~、掃除当番代わって!』
『後でちゃんと返すから!ここは払っといて~』
『なんか~、男に付きまとわれて困ってるの!怖いからもう止めてって言ってきて~』
面倒ごとは全部私に押し付けてきた。返すと言っていた金品は一度も返してもらえた事はない。代わりに別れ話をした男の子とは、ちゃんと付き合っていたのに彼女がひどい振り方をしたらしい。無関係な怒りをぶつけられて里桜はただただ謝るしかなかった。
どうして自分を便利な道具として扱う彼女と『友達』でい続けたのか。それは、真凛以外に側にいてくれる人がいなかったからだ。『不幸体質』のせいで周りに人がいなかった里桜にとって、真凛だけが離れていかなかった人だからだ。パシりでも便利屋でも一人よりはマシだと思っていた。真凛といると『不幸』が加速されていると感じていても、気にしないようにしていた。
「つまらなかったかな?」
Kの一言に里桜は意識を彼に向ける。リビングで映画を観ている最中だった。
「ううん、そんな事ないよ」
「前に観た映画と同じ監督の作品なんだが、他のを見ようか」
Kはリモコンを取り映画の視聴を止めて、別の作品を選んでいた。折角ならと里桜がDVDを持ってくる。
「職場の先輩に貸してもらったの。この俳優さんが好きなんだって。えーとっ、ジョニー・ロジャースかな?」
「ああ、彼な。人気のハリウッド俳優だな」
パッケージに映る金髪の男性を見て、Kは少し眉間に皺を寄せた。
「知ってるの?」
「まぁ、彼が主演の映画をいくつか観たな。正統派な主人公よりは二面性のある悪役や振り切った狂人の方が、生き生きとした演技をしていたな」
やけに詳(つまび)らかに語るのでファンなのか訊ねると、Kは更に苦い顔をした。深くは訊かずに映画を鑑賞する。冴えない青年が憧れの女性を射止めるために奮闘する映画だった。自分と彼女とでは釣り合わないと苦悩しつつも、見合う自分になりたいと努力する彼の姿を見て、里桜は自分と重ねてしまう。
隣に座るリチャードと自分は釣り合っているのだろうか?もっと美人で明るい女性の方がいいのではないか?自分に降りかかる不運が彼をも不幸にしてしまうのではないか?
『俺と一緒じゃ、彼女に悪いよ……』
スクリーンの中で野暮ったい眼鏡をかけた青年が言う。里桜はその言葉に引っ張られ、後の内容は頭に入ってこなかった。
久しぶりに真凛からメッセージが来たのはそれから二日後だった。真凛が住んでいる部屋に招待されたが、正直マウント目的なのが分かっていたので答えを渋っていた。だが、知らぬ間に真凛はKにもモーションをかけていたらしく、二人で招待された。タワマンの40階に上がりインターフォンを鳴らす。
「いらっしゃ~い!我が家へようこそ~」
この前会った時よりかはナチュラルなメイクをしているが、胸元が大きく開いた服に短いスカートを履いていた。Kが手土産のケーキを渡すとリビングへ案内する。ガラス張りによる圧倒的な景観にモダンで統一性のある家具一式。吹き抜けになっている二階には螺旋状の階段が続く。一番驚いたのは外にプールがあったことだ。アクアマリンに輝く水面にリクライニングチェア。まるで海外映画の富豪の家みたいだった。
Kは飾ってある絵画や家具を誉めていた。それを自分の家じゃないのに自慢気に紹介する真凛。二人の楽しそうな会話が耳障りで仕方ない。
「里桜、お茶の準備手伝って~」
「俺も手伝おうか?」
「いいの!いいの!お客様は座ってて!」
真凛はKをソファに座らせて、里桜に視線で指示を出す。里桜も客人なのだが、真凛にとってはもてなす相手ではないらしい。対面型システムキッキンに行き、ティーポットとカップを用意して、ケトルに水を入れてダージリンを用意する。真凛はほぼ何もせずに里桜が全て準備していた。お湯が沸く間キッキンを見回す。ワインセラーや高そうなお酒はあるが、包丁やフライパンなどの調理器具はなく、冷蔵庫にも食材はなかった。ゴミ箱を見る限りデリバリーで済ませて料理はしていないのだろう。
「彼とのってどんな感じ?」
いきなりの質問に意図が分からず、聞き返すのも遅れた。里桜が困惑していると真凛は下品な問いかけをしてくる。
「だから、リチャードとのセックスってどんな感じ?」
里桜の顔は羞恥に歪む。いくら同性とはいえ、性的な話を躊躇いもなく聞いてくる神経が分からない。
「あの体いいわよね~。引き締まってて筋肉質で!黒い肌も情熱的!やっぱり激しいのぉ?あそこも大きいのかしら~」
聞くに耐えない妄想に里桜は居たたまれなくなる。
「ちょっと、答えなさいよ!」
「いっ、言えないよ。そんな事……」
返答に詰まりお湯をティーポットに入れて、茶葉を蒸らすがまだ時間がかかる。
「……もしかして、エッチしてないの?」
里桜は目を伏せて黙ってしまう。リチャードと暮らし始めて5ヶ月経つが、彼と肉体的な関係には至っていない。リチャードはほとんど家にいないから仕方ない事だが、彼の裸体を見たこともない。あそこが大きいかどうかも知らない。
「何それ!あんた女として見られてないじゃん!ウケる!胸の脂肪もただのお飾りね~」
里桜は何も言い返さない。彼女も自信がなくなってきたからだ。キスやハグはしてくれるのに、それ以上の事をしないのは、自分に何か落ち度があるのかと不安になる。
「ならさ~、リチャード貸してくれない?」
また、真凛の言葉の意味が分からず反応が遅れる。
「彼とさせてよ!ネイトもかっこいいし、太ってはないんだけど~、やっぱりおっさんなのよね~。皺とか毛深いのがちょっと嫌なのよ。その点リチャードは完璧だわ!あの逞しい身体にむちゃくちゃにされた~い」
有りもしない妄想に浸る真凛に里桜は嫌悪の気持ちを抱く。馬鹿らしい妄言は無視してお茶の準備を終わらせて、里桜はリビングへ戻っていった。
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