エージェントと真実
第39ミッション 顔
よくアメコミで描かれるヒーローは二つの顔があるという。正義の味方としての『顔』と日常生活を送るための『顔』だ。その狭間で悩まされ、苦悶し、何かを諦めなければならなくなる。だが、人はヒーローでなくともいくつもの『顔』を持っている。仕事をしている時、家族といる時、趣味に没頭している時、別々の自分であり、全て一人の自分だ。人格分裂など起こらなくとも、人はいくつもの『顔』を使い分けられる。
我々『諜報員』はその『顔』をもっと造形深く作りあげる事ができる。産まれながらの貴族、食うに困るホームレス、研究一筋の学者、裏社会の幹部、神を盲信する神父、指名手配されているテロリスト……。本職を欺く程の演技力を磨き上げ、潜入捜査で役立ててきた。俺は何者にも成れて、いくつもの『顔』を持つことができる。
それはきっと、『俺』という『顔』がないからだ。
昔Jに言われた。俺は『欲』がないらしい。透明な水が入った瓶のようだと……。己の色を知らない、形を知らない、欲を知らない……。俺という人間は、一体どのような『顔』をしているのだろう?
里桜と一緒にテレビを見ていた。野生の熊退治をしている番組でハンターが猟銃で痕跡を辿っていた。Kは自分も昔熊に遭遇した時の事を話した。
「夜営をしている時、森の奥に気配を感じた。数メートル先の暗闇中から熊がこちらを見ていたんだ。俺は猟銃もナイフも持っていなかった。襲ってきた熊の後ろへ回り込み、スープレックスをかけてやったんだ」
「……それって本当の話?」
真剣に話を聞いていた里桜が眉を顰(ひそ)めた。Kは口角をくいっと上げて意地の悪い顔を見せる。
「……嘘なんだ」
「ごめん。君は信じやすいから、どこまでホラが吹けるか試していた。でも、熊に遭遇したのは本当だ。すぐに逃げてしまったがな……」
里桜は「もう…」と怒りながら頬を膨らませる。謝りながらも愛らしい彼女の行動ににやけてしまった。
里桜といる時は俺はどんな『顔』をしているのだ?彼女と会えると嬉しくて、会えない時もメッセージが来ると微笑ましくなってしまう。一緒に映画を見たり、料理をしたり、ちょっとした事で笑ったりする。今までは気にも止めていなかった事で心配になって、改善したいと思ってしまう。
そうか、これが俺の『顔』なのか。
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