第42ミッション 死にたくない

 血を流し痛みに支配されている頭で考えるK。目の前にいる恋人・里桜をどうするかと思考を巡らす。


「やっぱり、リチャードだった。何度か呼び掛けたんだけど、走っていっちゃったから」


 かなり動揺してしまったが何て事はない。ポーカーフェイスを保ったまま少し会話をして、仕事を理由に立ち去ればいい。幸い、着ている服の色から血は目立たない。


「すまない。気が付かなかった。里桜は観光のとちゅ……」


 台詞の途中でKは里桜に近付き、身を屈めさせる。さっきの連中の一人が追いつき、銃をこちらに向けてきたからだ。銃声が鳴り、頭上を弾が通り過ぎる。生け垣に身を潜めて様子を窺うと、相手はこちらに走ってきていた。Kは里桜の手を引いて、体勢を低くしたまま移動し始める。

 何をやっているんだ!俺は!どうして里桜を連れてきた!置いて俺だけ逃げれば、無関係な一般人だったのに!

 Kは己の判断ミスを悔やむ。里桜を伴うほどに事態は『最悪』の方向に進んでいく。さらに里桜の『不運』の力も重なる。公園を抜けた先で別の追っ手と鉢合わせしてしまった。角を曲がった瞬間出会し、瞬発的な速さで銃を押さえて奪い取る。腹と顎に打撃を加えてのしたが、追ってきた奴が弾丸を飛ばす。ふざけるな!里桜に当たったらどうしてくれる!

 奪い取った銃を手に手近な倉庫に逃げ込むK。電子ロックの鍵を銃で壊して中に入る。これ以上里桜を連れて走るのは危険だった。どうにかして巻くか、里桜だけでも逃がさないと……。


「ねぇ、リチャード。何がどうなっているの?」


 今まで黙っていた里桜がようやく疑問を吐き出す。Kの状態や今の状況、そして右手に握られている銃。全てに対して不安と不信を抱えている。


「すまない、里桜。すべて説明している時間がないんだ!今は俺の言う通りにしてくれ」


 里桜の顔はますます不安に歪む。もう、誤魔化しなんて効かない所まで来てしまった。今のKを見たら、里桜との信頼は崩れてしまうだろう。でも、今は里桜の安全が優先される。外から聞こえた足音にKは決意を固める。


「里桜、俺が様子を見てくるから君はここで隠れて……」


 言っている側から里桜の後ろにあった箱が荷崩れして床に落ちる。『不運』がどこまでも足を引っ張ってくる。即座に居場所がバレて銃口を向けられた。発砲する前に肩を撃ち抜いたが、Kの肩にも弾が当たり皮下を抉る。


「伏せてろ!」


 里桜をその場に座らせて迎え撃ちに行くK。肩を抱えた男に駆け寄り、顔面を蹴る。続いて来た男を回転蹴りでノックダウン。目に入る対象を速攻で倒していくK。痛みは忘却の彼方へ過ぎ去った。里桜の安全が確保されるまでKは戦うマシーンになっている。5人倒して周囲を見渡す。追ってきた『全員』を制圧したと思った矢先……、


「止まれぇ!」


 その怒号の方を振り返ると6人目が銃口を里桜に突き付けた男がいた。『最悪』だ。最も避けたかった事態になってしまった。


「銃を棄てて、両手を頭の後ろで組め!」


 Kは言われた通り銃を棄てて手を頭の後ろで組んだ。人質を取られ丸腰になったKに成す術はない。いや、まだ勝機はある。相手が銃口をこちらに向けた瞬間に飛び出す。弾丸は体に当たるが致命傷じゃなければいい。銃身を掴んで相手を無力化する。できるはずだ。

 だが、里桜の『不運』がどう作用するか分からない。早業で銃身を掴んだとして、揉み合って弾が里桜に当たったら…?己の能力なら信じられるが、予測不可能な力は『回避』できない。もしも、『里桜さいあく』な事になったら……。

 迷う心が隙を生んだ。相手が銃口を向けて引き金の指が動き始めても、Kは動けなかった。だが、雷管プライマーが火を拭く前に、男の頭上にたらいが落ちてきた。綺麗に脳天に直撃したらしくそのまま伸びてしまった。

 なんて事だ。今回ばかりは『不運』に救われた。コメディ映画も爆笑するほどのオチだったが、Kは安堵して膝をついてしまう。里桜は怯えなから男から離れてKの元に駆け寄る。


「リチャード!リチャード!」


「ケガは、ないか?」


「怪我をしているのはあなたでしょう!すぐに救急車を呼ぶから!」


 里桜はスマホを取り出して119に掛けていたが、Kの意識は朦朧としきて横に倒れてしまう。心配する里桜が話しかけても、反応できなかった。

 血を流し過ぎた。痛みがない。感覚がなくなってきている。まずいな。このまま、死ぬのか?

 いやだ!いやだ!いやだぁ!死にたくない!君としたいことがたくさんあるし、プロポーズもしていない!

 Kは里桜に手を伸ばす。頬に手を当てたかったが届かず、里桜がKの手をとる。

 それに、君とまだ……エッチしていない……。ははっ、前から思っていたが、俺は案外スケベなんだな。

 Kの瞼はゆっくりと落ち意識は途切れた。里桜はどうしていいか分からず、Kの手を握り呼び掛けていた。



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