第30ミッション ターゲット

 部屋に戻っても里桜の顔は暗いままだ。シャワー浴びたKがリビングルームに入ると沈んだ顔の里桜がソファーに座っていた。

 稲瀬敦彦いなせあつひこ。あの男の名前だ。一年上の先輩で同じ水泳部だったらしい。大会で優勝をするほどの実力もあって、顔も良ければ憧れるのも仕方のない事だろうが、Kとしても『元カレ』の存在は腹立たしいものがある。

 せっかくの旅行なのに気分は台無しだ。これも不幸を呼んでしまう彼女の力なのか。


「ごめんね、リチャード。嫌な思いさせて……」


「謝らないでくれ。あんなの不慮の事故のようなものさ……」


 Kが慰めても里桜の表情は晴れなかった。別の話題に切り換えても良かったが、確認したい事が一つあった。


「君から告白したというのは本当なのか?」


「ああ、うん。そうだね。同じ部活動してて、華やかでカッコいいから、憧れてはいたんだ。私も子供だったなって思う」


 『カッコいい』だと。『カッコいい』だとぉ!あんな男が『カッコいい』と言われて、俺は言われた事がないのだが!


「俺の事はカッコいいと思うか?」


「へっ?急にどうしたの?」


「あの男はカッコいいと言われて俺が言われてない事に少し嫉妬した」


「ええっ?そりゃあ、リチャードの方が顔は整っているし、すごくカッコいいよ」


「それだけか?」


「えっと、優しいし、気配りできるし、何でもできるし、背が高いし、声もカッコいいし……後は~その~」


 一生懸命Kの良いところを述べていく里桜。その姿が可愛くてKは頬にキスをした。


「ありがとう……そう言ってくれて嬉しいよ」


 耳まで真っ赤になる里桜。このまま押し倒したい。だが、照れた里桜が急いでバスルームへ行ったため、いちゃいちゃタイムが途切れた。さらに現実に引き戻されるようにJから電話がかかってくる。


『ターゲットは確認したか?』


「ああ、明日から『交渉』に入る。結果は後程連絡する」


『そうか、


「?……ああ」


 Jの含みのある言い方が気になったが、問い質さずに通話を終了する。レストランの斜め向かいにいた家族が今回のターゲットだ。ある国の重要人物。その引き込みだ。里桜との楽しい旅行の妄想は頭の片隅に追いやり、任務ために気持ちを切り替える。




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