第29ミッション 元カレ

 メインダイニングへ来たK達はスタッフに案内されて、窓際の席に座る。和牛や海鮮を使ったフレンチを食べていると、一人の男が声を掛けてきた。


「なぁ、リオンだよな」


 その声に二人とも席に近づいてきた男性を見る。茶髪に遊ばせた毛先。日本人男性にしては眉と鼻筋がしっかりしており、背の高さもあって人目を惹く容姿をしている。


「あっ、えっと……」

「俺の事忘れたのかよ。冷てーな」


 里桜はばつが悪そうに目を反らす。相手の事が思い出せなくて苦悶しているのとは違うようだ。Kが男の事を尋ねると吃りながら里桜が答えた。


「えっと、高校の時の先輩で……」

「元カレですよ~」


 里桜の顔が青ざめる。まるで浮気がバレた既婚者のように絶望した表情だ。まぁ、里桜が悪いことをしたわけではないのだが、気まずいのは確かだ。


「ちょっと、先輩!そんな事わざわざ言わなくても……!」


「事実だろ?お前から告ってきたし……」


「そうですけど、2ヶ月しか付き合ってないでしょう!それに先輩から振ったんじゃないですか!」


「あ~、そうだっけ?お前かわいいし、従順そうだからOKしたけど~。意外とガード堅いし、それに貧乏は無理だわ……」


 わざわざそんな事を言う必要はないだろう。食事の雰囲気はもう台無しだったし、周りの客も好奇の目を向けてきた。


「てか、何でこんな豪華船に乗ってんの~?」


「俺がパートナーとして招待したんだ。仕事で忙しくて構えなかったから、彼女と素敵な時間を過ごしたくてな……」


 男は眉をひそめて、明らかに不快感を示した。男としての格を見せつけてやったら、相手は足を引っ張ろうと余計な事を言ってくる。


「へ~、金持ちの男掴まえたじゃん。良かったな、貧乏母子家庭脱出だな。でも、大丈夫~?こいつと一緒になったら母娘共々集られますよ~」


 どうやらこの男は里桜の母が亡くなっている事を知らないらしい。最悪な空気をさらに掻き乱すように下卑た女の声が飛んできた。


「あっくぅ~ん、いたいた~!」


 男の腕に抱きついて来たのは派手なピンク色のミニスカワンピを着た女性だ。黒髪ボブカットに全身ブランド物で包んでいるが、正直品性はないし顔立ちも麗しいとは言いにくい。


「も~!先に行かないでよ~!おこだぞ~!」


「悪い、悪い……お前準備が遅ぇ~んだもんな」


「ひっどぉ~い!あっくんに喜んでほしくて気合い入れたのにぃ~!どぉ!かわいい~?」


「あー、そだな。かわいい、かわいい……」


 何だその心の籠ってない演技は。三流役者でももっとマシな愛の囁きが出来るぞ。相手をおだてるなら真剣にやれ。女性は嘘に敏感なのだから。まぁ、相手も脳内お花畑だから、気にしていないみたいだな。

 おっと、男のクソな行動を嫌悪するよりも、駄目出しをしてしまったな。これも職業病なのかな。

 お騒がせ男は彼女と一緒に席に着いた。クソ男のせいでこっちの夕食は胸くそ悪い雰囲気になった。本当に最悪だ。


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