第49ミッション 辞めろ
生死の境を彷徨うこと7日。意識を取り戻したKはしばらく安静を言い渡された。心臓に杭が刺さったように痛く、身体が自分のものじゃないみたいに重かった。3週間経って、ようやく上体を起こして体を動かせるようになった。リハビリを始められる段階まで回復した頃に、Jが訪ねてきた。
「だいぶ回復したな。生還おめでとう……」
病室に入ってきたJはベッドに腰かけてKを見下ろす。いつもの切れのある嫌味がなく、
「ありがとう、J。負傷した俺をヘリまで運んでくれたんだってな。命の恩人だよ」
「ああ、そりゃ、どうも」
やはり、いつもの彼らしくない。称賛されれば有頂天になり、鼻高々に己の能力を自慢する彼が、Kの感謝をスルーした。
「お前、俺に何て言ったか覚えているか?」
「何の話だ?」
「お前が撃たれて、俺が担いで離脱していた時だ。俺に言った言葉を忘れたのか!」
言葉尻に怒気がこもる。Jの真剣な様子にKも記憶を辿ったが、思い出せない。
「お前はな。俺に『置いていけ』と言った!さらに『自分を殺して情報を守れ』と言ったんだぞ!」
Jの言葉にKは朧気に当時の記憶が蘇った。敵地のど真ん中で、救援のヘリが来るポイントまでは遠く、負傷者を抱えては無事に戻れない。共倒れになるくらいなら、Jだけでも生かしたいと考えた。その場合、自分達の正体が暴かれないように証拠は全て隠蔽する。Kの命を含めて……。
「お前は!なんでそうなんだ!『死にたくない』とは言えないのか!」
怒りを露にするJ。ずっと一緒にいたが、彼のこんな表情を初めて見た。
「K、お前、エージェントを辞めろ!」
喉元に剣先を突き付けているようなJの気迫。Kは呑まれて反論も出来なかった。
「お前はな、透明な水が入った瓶みてーなもんだ。己の色を知らない、形を知らない、欲を知らない……そういう人間だ」
先程までの怒りはなく、人を諭すような口調と眼差しになる。
「お前は優秀だよ。凄腕のエージェントだ。けどな、今のままじゃ『見えなく』なっちまうぞ。こんな身も心も擦りきれる仕事をしていくにはな、『欲』が必要なんだ。
欲望は己を形作るものだ。それが金でも愛でも趣味でも信仰でも、何でもいいんだ。己を満たしてくれるなら、なんだっていいんだよ!それがお前にはない。自分という形を作る材料を持っていない……」
Jの持論は的確に『K』という人間を現している。K自身も知らない、いや、持とうとしなかった『
「それがお前にとっての致命傷だ。今回みたいな瀬戸際でお前は自分の『命』をあっさり切り捨てるだろう。『生きたい』という『欲』すらないからだ。
過ぎた『欲』は身を滅ぼすが、なさ過ぎてもダメなんだよ。お前は優秀だけど、エージェントには向いていないと思うぜ……」
腰を上げて静かに去っていくJ。Kの答えも意見も聞かなかった。Kの性格上、言われた事を真剣に考えると分かっていたから、時間を与えてくれたのだ。
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