第50ミッション 自問

 リハビリは順調だった。体を動かすのは問題なく出来るが、鈍った感覚を取り戻すのには時間がかかる。リハビリとトレーニングを重ねながら、しばらく余暇を謳歌する。暇な時間は勉学に勤しんでしまうKだったが、今回だけは将来を考える時間に割いた。街をぶらつきながらJの言葉を思い出す。

 自分を形作る『欲』とはなんだろう?物欲、性欲、承認欲?何かあるだろうか?


「ママ、これ買って~」

「じゃあ、サンタさんにお願いしましょうか。きっとプレゼントしてくれるわよ」

「本当?やったぁ!」


 子供が物をおねだりしている。施設にいた時もクリスマスにプレゼントを貰っていた。俺は何を欲したか?


『K、もうすぐクリスマスだな!欲しいもの書けたか?』

『……』

『何も書いてないのかよ……』


 ぱっと思い付かずに『本』と書いた。知識を得られる物なら無駄にはならないと考えたのだ。


「なぁ、ジェニファーを食事に誘えたんだって!やるなぁ!」

「俺もびっくりだよ!どうしよう!今からプランを考えないと!」


 学生が意中の女性の話をしている。年頃になれば異性を意識するものだ。俺はどうだっただろう?


『K、メイと付き合ってんだって?年上が好みなのか?』

『いや、女性の扱い方も覚えておいた方がいいらしいから、試しに付き合っている』

『ふーん……』


 Kにも付き合った女性は何人かいた。だがそれも、女性経験を積んでおくためのもので、好きになった相手ではない。Jのように何股できるか挑戦するような恥知らずでないが(彼は最高8股してバレなかった)、不純な動機なのは否定できない。


「なんであいつの方が出世するんだよ。成績は俺の方がいいのに……」

「まあ、取り入るのが上手いからな、あいつは。お前の頑張りはいずれ認められるさ」


 ビジネスマンが昇級の事を話している。他者に評価されたいというのは大きい欲望だ。俺にはあるか?


『また、俺に勝てなかったな。K』

『ああ、君の成績は素晴らしいな。指標にさせてもらうよ』

『嫌味で言ってんのか?それ』


 学校でも施設でも成績トップのJにジェラシーを感じた事は一度もない。元々他者と争う事に情熱を傾けない性格だし、称賛される事に優越感もない。

 おまけに生存欲もないらしい。Jが怒るのも納得いく。ここまで無欲な自分が怖くなった。

 Kは港を歩いた。潮風が肌を撫でて、閉塞した気分を少し和らげた。ベンチに腰掛けコバルトブルーの海を見ていると、一人の老爺が近付いてきた。


「いいかな?」


「どうぞ……」


 老爺は静かにKの隣に腰掛け、黙って海を眺めていた。

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