エージェントと欲

第48ミッション 理由

「取り合えず乾杯しようぜ!豪勢じゃない料理にメンバーは二人だけのパーティーだけどな!」


 Jは缶を掲げてKに祝杯を促す。KはJに被せられた陽気な帽子を整えて、缶を差し出す。


「お互いきつくてヤバイ職業に就いちまった事に!乾杯!」


 Jの音頭に合わせてKもコーラの缶を軽く合わせる。今日はJとKの採用試験があり、二人とも見事通過し、晴れてエージェントとなった日だった。


 コードネーム『K』には、最初から名がない。赤子の頃に捨てられ教会を通じて、今の組織で育てられ、スパイとなるべく訓練してきた。

 幼い頃から訓練をしてきたと言ったが、何も非人道的な扱いをされたり、過酷な指導をされた訳じゃない。彼らも学校に通っていたし、友達もいた。施設での生活も他の孤児院と変わらなかった。

 ただ、他の子供達より課せられるカリキュラムが多いのだ。言語は2か国以上修得し、格闘技を教わったり、国の情勢を学んだりする。その子供に向いている課題を与えて知育向上に努めていた。

 要は施設にいる子供は高い英才教育を受けているのだ。スパイにとって必要になるであろう能力の下地を作る教育を積んできた。

 それ故、スパルタ教育に付いていけずに脱落したり、本人の意志で辞める者も出てくる。そういう子供達は仮に与えられていた戸籍で別の施設へ移り、平穏な人生に戻っていく。

 そうして、残った子供達は18歳になったら、エージェントとして正式採用するかどうかの最終試験を受ける。その試験を終えてエージェントになったKとJ。明日から新たな訓練をしながらスパイとして活動していく。


「Jはどうしてエージェントになったんだ?」


 ささやかなお祝いをしていたKとJ。料理を食べ尽くして、KがJに問い掛ける。お互いエージェントとなるために切磋琢磨してきたが、改めて諜報員になる理由を訊ねる。


「楽しいからさ……」


「楽しい?」


「ああ、諜報員という職業が面白くて仕方ない。こんなにスリルがあってわくわくする仕事が他にあるか?大金をちらつかせて交渉する瞬間や素性を偽って相手を騙す瞬間が楽しくてしょうがないっ!こんな感覚を味わったらスーツを着て会社へ出勤するなんて、やっていられなくなるっ!」


 酒は飲んでいないのに酔ったように語るJ。彼は諜報員じゃなければ一流の詐欺師か女ったらしになっていたと教官の『Z』が評価していた。


「特にっ!拷問される訓練が一番興奮したっ!自白材を打たれて吹っ飛んだ思考の中で、偽の情報を流してやったんだ。あの時、俺はハリウッド俳優も顔負けの演技をしてやったと思ったよ!あの興奮のまま死んでやっても良かったねっ!」


「死ぬのは良くない。君ほどの優秀な人材を失うのは惜しいだろう」


 悦に入っていたJのテンションはKの真面目な返しにより、一気にただ下がる。コーラの缶を手に取り、飲みながら今度はJが問うた。


「Kはどうしてだ?」


「諜報員という仕事は意義のあるものだ。より高度に複雑になっている犯罪やテロから、人々の平穏な生活を守るためには必要な事だ」


「素晴らしい理由だな。まるで教官に教わった理屈そのままで涙が出てくるよ」


 Jの皮肉にKは反論できない。遠回しに借り物の理由だと言いたいのだ。けれど、それがKにとっての諜報員になる理由であり、そのためにこれまで努力してきたのだ。

 人々の生活を、平穏を守りたい。その意思は変わらないし、己を支える屋台骨だと思っていた。赴いた現場で被弾して、死にかけるまでは……。

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