第20ミッション マカロン

 待ちわびた日曜日が来た。手土産のケーキを持って、里桜の住む部屋に到着する。築8年のアパートの一階。今時入り口がオートロックじゃないのが信じられないが、ペット可なアパートがここしかないのだろう。


「いらっしゃい、リチャード」


 ドアを開けて里桜が出迎えてくれた。桃色のパーカーに短パン、縞のニーソックス。普段は編み込んでいる髪もゆるく纏まっていて、とても可愛らしい。部屋着姿の彼女が見れて最高だ。玄関に入り靴を脱ぐと、もう一人の住人がやって来た。いや、もう一匹と言うべきだな。

 真っ白いチワワが里桜の足元にやって来て、彼女がその犬を抱える。


「この子はマカロン!私の家族なの」


「よろしく、マカロン」


 Kは小さい家族に触ろうとしたが、マカロンは思いっきりKの手を噛んだ。


「きゃあぁぁ!ごめんなさい。マカロン!なにやってるの!」


 里桜は急いでマカロンを引き離したが、マカロンはKに向かって威嚇し続けていた。犬に噛まれるくらいなんともないが、幸先は良くない。

 ブリーダーの知識も身に付けておこうかな。






 里桜の家に訪問した理由はドラマの鑑賞だった。彼女が勧めてきた恋愛ドラマだが、DVDも廃盤されていて、配信もされていないマイナーなドラマだったため視聴できなかった。

 ならば、自分が録ったDVDを一緒に見ようと誘われ、里桜の住んでいる部屋にきた。緊張する。ある国の官庁に潜入した時よりも緊張する。

 キッチンを通り、ドアを開けた先に1ルームの部屋が広がっている。部屋の様子はベッドにローテーブルに、テレビと収納棚。全体的にパルテルカラーのカーテンやベッドカバーで統一されていて、物は少なくシンプルな方だ。

 里桜はマカロンをケージに入れて、DVDの準備をする。Kは座椅子に座り映像が始まるのを待つ。


「そういえば、どんなあらすじのドラマなんだ?」


「えっとね、幼馴染みだった男女がいたんだけど、彼の方が事故で死んじゃったの。でも、実は生きてて、スパイとなった彼と再会するんだ」


「……スパイ……?」


「そう、事故で記憶をなくしちゃって、ある組織で訓練を受けたって設定でね。だんだんと記憶を取り戻していくんだけど、ラストは彼が死んじゃうから、あまり評価が良くないの」


「へぇ……」


 縁起でもないな。

 ドラマの内容としてはアクションは本格的だし、複雑な恋愛模様も面白いものだった。だが、スパイに対しての誇大演出がすごいな。超高層ビルの外から侵入とか、レーザーセンサーのセキュリティーとかは実際ないからな。

 主人公がヒロインの事を思い出して、ようやく気持ちを打ち明けた所で一旦視聴を止めた。里桜が入れてくれたコーヒーを飲みながら感想を述べる。


「里桜はどうしてこのドラマを勧めてくれたんだ」


「ん~、あまりベタベタな恋愛ものが好きじゃないのかな~。ドキドキするより、ハラハラする方が好きなのかも……」


「じゃあ、実際の恋愛もドキドキすることは好きじゃないか?」


「えっ!……あっ……いや」


 Kが体をぐっと近付けてきたから、里桜は固まってしまう。Kは俯いた里桜の顎に手を伸ばしたが、その瞬間マカロンが激しく吠えた。前肢でゲージを引っ掻き暴れている。


「こら!マカロン!そんなに吠えたら迷惑でしょう!」


 里桜がマカロンを宥めるためにゲージから出したが、マカロンは鳴き止まない。ずっとKに対して威嚇し続けている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る