第25ミッション 引越し

「どうしよう……」


 里桜が渋い顔をしながら書面と睨めっこしていた。Kはマカロンの爪を切り終えて尋ねる。


「何かあったのか?」


「退去勧告がきてたの。なんか、犬の声が騒音だって……。来月中に出ていかないとならなくて……」


「そうか。それは困ったな」


 白々しい返事であった。その退去勧告を作製し、ポストに入れたのはKである。里桜を強制的に引っ越しさせるための工作であったが、そのためにマカロンに謂れのない罪を被せてしまったのが心苦しい。

 Kは膝の上で眠るマカロンを撫で、里桜に話を持ちかける。


「里桜、良ければ一つ提案があるんだが……」





 次の日にKは里桜を連れて港区へ来た。二日前に契約したタワマンへ到着し、30階の部屋のキーを開ける。新築ではないがデザイナーズマンションなので、間取りや内観も程よい感じの部屋であった。セキュリティーもしっかりしているし、コンシェルジュも付いている。そしてペット可だ。抜かりはない。

 まっさらな状態のリビングへ行き、窓から見える高層階の景色に感嘆の息を漏らす里桜。事前に説明を受けていたとはいえ、想像以上の高級タワマンに怖じ気づく。


「ほ、本当にいいの?こんなにすごい部屋に住んで……」


「ああ、もちろん。いずれは日本に定住するつもりなんだが、まだ仕事で海外を渡り歩かなくてはならなくてね。だから、部屋の維持も兼ねて住んでくれるとありがたい」


 爽やかな笑顔のKに里桜は引きつった笑顔を返す。知り合って5ヶ月しか経たない男に住まいを提供されれば、裏があると疑うのは当然だ。過剰な施しは不信を招いてしまうとわかっていたが、今回は押しきるしかない。


「里桜、心配な気持ちはわかる。君は人より苦労が多いと思う。行動するにも慎重を伴い、綱渡りな日常のせいで、『進展』することを諦めていないかい?」


 Kは里桜に近付いて、目線を自分に向けさせる。


「現状を保つことも大事だ。でも俺は君と新たな一歩を踏み出したいんだ。ここで一緒に暮らしてくれるだろうか?」


 Kは里桜の頬を指で撫でる。そのまま見つめ合っていると、里桜の強張った表情はだんだんと朗らかになった。


「うん……」


 Kの言葉をまっすぐ受け止める里桜。時には計算ではなく素直な気持ちを伝えた方が、相手を動かす事もある。



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