第45ミッション 新たなミッションへ

 目を覚ますとクリーム色の天井が見える。港区にある自分の部屋で起床した。一月の療養を経て、昨夜自宅へ戻って来たK。怪我は完治していないが、さっさと里桜の元へ帰りたくて、ごねて退院を早めた。微睡みの中で隣から吐息が聞こえ、視線をそちらに移す。寝息を立てている里桜を見て微笑ましくなり、しばらく寝顔を堪能してから体をベッドから起こした。

 マカロンに挨拶をして、餌を用意し、朝食の準備をする。オムレツと牛のしぐれ煮、昨日仕込んでおいたパン生地をオーブンで焼いて、ヨーグルトがあったから蜂蜜とフルーツと合わせて……。料理に凝り始めたところで里桜がリビングにやってきた。『おはよう』をいいダイニングで朝食を並べる。


「すごい!レストランみたい」


「食後の紅茶も用意してあるぞ」


「ふふ、本当にシェフのようね」


 焼きたてのパンやふわふわのオムレツにご満悦の里桜を見て、Kも微笑ましくなる。だが、その口角はだんだんと歪んでいく。

 いかん!昨日の事を思い出して、顔がにやけてしまう~。昨晩の情事が蘇り顔が緩むK。ずっと避けていたエロ事を成した後でまだ夢心地だった。

 Kが今まで里桜と一線を越えなかった理由は、自分の体を見せたくなかったからだ。海に行ったときに皮膚移植を考えていたが、よく考えると自分の体にある傷は胸の銃創だけではなかった。肩や腕、背中にも深い切り傷や縫合の痕が残っていた。それをすべて治療するとなると、それなりの時間がかかり通院しないといけないため、適した病院を探している最中だった。

 けれど、自分の正体がバレて里桜に腹の傷を心配された時、Kは素直に傷痕を見せた。気味悪がられるのを覚悟していたが、里桜は『痛そうだ』といい傷を撫でていた。その流れでベッドに押し倒して事に至る。

 いや、可愛かった。恥じらう姿も小さく鳴く声も、柔らかくて綺麗な身体も……、おっと!これ以上は明かせない。極秘事項トップシークレットだ。


「なーに?その顔」


 里桜の声に現実へ戻されるK。顔をしかめた里桜へ視線を向ける。


「顔?俺はどんな顔をしていたんだ?」


「なんか、くしゃみを我慢しているみたいな顔……」


 顔の綻びを抑えようとして変顔をしていたらしい。けれど、しばらくは思い出してにやつきが止まらないだろうな。それから1週間は穏やかに過ごした。里桜が仕事へ行っている間にKは療養とリハビリをして、夜は夕食を食べて、映画を見て、もちろん何度もセックスした。こんな日々が、これからずっと続けばいいと思っていたが、そうはいかない。Kはまだ『エージェント』だからだ。


 パスポートと衣類をキャリーケースに詰め込み、準備を終える。今度はシンガポールの方で潜入調査を開始する。人使いが荒い組織だが、これも『仕事』だ。玄関で里桜はKを見送る。


「行ってらっしゃい。気を付けて……、本当に気を付けて……」


「長くて一月は戻って来られないかもしれないが、早く終わらせてくるよ」


 笑顔で見送りたいが、里桜の表情は曇っていた。今回は危険な任務でないと説明したが、死にかけている所を見てしまったので、不安は消えない。


「また、危ない目に遭うの?」


「そうだな。危険な事もあるし、違法な事もやるしかない。だが、人々の平穏な生活を守るためには、誰かがやらなければならないことだ」


 いずれはKもエージェントを辞める時が来る。いつまでも現場では働けない。だが、最悪な事態にならないためにも『諜報活動』は必要な事だ。そのための能力が自分にあるのなら、続けたかった。


「そう……、でも、やっぱり怖いわ。リチャードが、帰ってこなかったらって……」


 里桜は両親を失っている。大切な人と死別する苦しみを知っているからこそ、恐怖が込み上げた。Kは里桜の顎に手をやり、彼女の視線を上げる。


「大丈夫。俺は『先読みのK』だ。二手三手先を読んで、必ず『さいあく』を回避するから……」


 噛み締めるように笑む里桜にKは口付けをする。そのまま舌を這わせて彼女を抱き寄せた。ああ、このままベッドに押し倒してエッチな事をしたいな。フライトの時間をずらせばいけるか?


〈おい!彼氏!もう時間じゃないのか?〉


 マカロンの鳴き声にKと里桜は唇を離す。賢い番犬のおかげで定刻通りに空港へ向かえそうだ。


「マカロン、リチャードに行ってらっしゃいして」


「ではな、マカロン。俺がいない間、里桜を頼んだぞ」


〈任せとけ!〉


「行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 里桜に送り出され、Kは新たな任務ミッションへと向かった。

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