潜入開始

「調子は、なかなか……悪くないな」


 吹雪はだいぶ収まっていた。降り積もった雪を踏みしめながら先を急ぐ。

 敵の始末を社長とハルカに任せた俺たちは、エレナから提供された座標を目指していた。ここまで道のりは順調そのもの。会敵することもなく、マキナが言うところの応急処置もうまく機能している。


『当然ですよ隊長殿! なにせ、このアタシが整備したわけですから!』


 大した自信だが、実際、それに見合うだけの出来栄えだった。

 今の“ミカゲ・改”はフレキシブルアームごとサブブースターを取り外し、装甲を換装して、重量バランスを整えた状態である。瞬間的な加速能力こそ落ちたものの、挙動はずいぶんと機敏になっていた。


『いやぁ、しかし実戦データから得られるものは多いですねぇ。まだまだ“ヰサセリヒコ”にも改良の余地がありそうです』

『マキナさん……今は目の前の作戦に集中しましょうよ』


 呆れたように、そしてどこか諦めたようにエレナは呟く。

 どうやらエレナとしては、俺だけを例の基地に向かわせたかったらしい。それでもこんな状況を受け入れているのは、彼女の中で、何か心境の変化があったからのようだった。


「ところでエレナ。この先の基地ってのはどんな場所なんだ?」

『軍港と研究所の複合施設です。常駐している戦力はそれほど多くありません』

「なるほどな」


 こんな状況じゃなきゃ仕掛けてるところなんだが。

 いくら普段の守りが手薄でも、近くで味方が攻撃を受けているのだ。無防備なままってわけにはいかないだろう。

 おまけにこちらの戦力はたったの三人。しかもエレナにとっては古巣への攻撃となる。戦力としてはあまり期待できまい。


『隊長、あの、私は……』

「分かってるよ。ミーナもいるわけだし、できるだけ穏当に済ませよう」

『そういうことでは……いえ』


 エレナは何か言いたそうにしながらも引き下がる。


『むふふ、隊長殿は甘いですなぁ』


 口を挟んできたのは俺の部下兼スポンサーだった。


「マキナ。お前、どこまであいつの事情を掴んでるんだ?」

『それほど多くはありませんよ? ただ、エレナ殿は重要な情報筋に繋がっているようなので』


 なんだよ、重要な情報筋って? 俺すら知らねぇ情報じゃねぇか!


『アタシが掴んでるのは情報だけですよ。きっと言葉にもならない本質はあなたにしか見抜けません』

「俺にそんなもん分かるわけねぇだろ」


 他人の、それも年若い女の内面なんて春先の空模様より予測できない。

 そのせいで、ハルカどころかミーナさえ何度も怒らせてきたわけで。


『でも隊長は、今だって私の一番言いづらかったことを……』

「何の話だか分かんねぇな」

『誤魔化しましたな隊長殿ぉ?』


 こいつ、完全にナメてやがる……!

 そりゃ、マキナは本来なら雲の上の存在。俺の部下に収まるはずのない少女なのだが。


「アホなこと抜かしてないで頭を働かせろ。話し合いで解決ってわけにはいかんだろ?」

『それなのですが、隊長。私に心当たりがあります』


 それから基地周辺の地形が送られてきた。その一部が赤く点滅している。


『あの基地には秘密の“裏口”があるんです』

「……信用していいのか、それ?」


 エレナを疑うわけじゃないが、そんな都合のいい抜け道がそうそうあるとは思えない。


『安全性は保証します。隊長に死なれては困るので』


 それが単なる思いやりから出たセリフでないことは承知している。そしてだからこそ、俺もこいつの言葉を信じられた。


「マキナはそれでいいか?」

『もちろん。アタシは隊長殿の決定に従うまでです』


 さも当然のように言う。信憑性はなんとも言えないところだが、信じるしかなかった。こいつの援助があったからこそ、俺は今も戦い続けられるのだ。 


「決まりだエレナ。案内してくれ」


 そして数時間後、俺たちは真夜中に真冬のオホーツク海に潜っていた。


「いや、なんでだよ?」

『秘密の“裏口”もとい搬入口は海から直接通じてるんです。何度も説明しましたよね?』


確かに何度も説明されたけどさ。それでも不安になるのだ。


「なぁマキナ。こんなところに浸かってて、本当に鎧は平気なのか?」

『チッチッチッ。アタシの発明を舐めてもらっちゃ困りますよ』


 まぁ、自慢したくなる気持ちは分かる。

 現在、俺たちの目の前には色のない世界が広がっていた。より正確には、全身のあらゆるセンサーから集めたデータが統合され、視覚的な映像へと再構成されているのだ。

 これが魔導鎧装には標準装備された暗視モードだっだ。


『魔導鎧装は万能の兵士です。霊脈炉が稼働中であれば、たとえ液体窒素の中、マグマの中、いかなる悪環境でも支障はきたしません』

「“戦車より硬い”って売り込みは伊達じゃないわけか」

『そのフレーズを考えたのはアタシじゃなく、マーケティング部なんですけれどね』


 台無しだった。現場の兵隊にとっては希望そのものとなったフレーズなのに。


『何話してるんですか、お二人とも。それよりも見えてきましたよ』


 そう言ってエレナが指差した果てには、黒い断崖がそびえ立っていた。揺れる波間に、目を凝らせば、中型船が入り込めそうなほどの洞穴が覗いている。


「あの洞窟の中が目的地なのか?」

『えぇ。念の為、潜航しましょう。さぁこちらへ』


 先をゆくエレナの“ヰサセリヒコ”が頭まで海に沈み込む。それを追って海中に潜り込むと、“ヰサセリヒコ”は四肢を動かすことなく水中を進んでいた。どうやら力場を操って巡航しているらしい。


『隊長。ついて来れそうですか?』

「どうだろうな」


 試したことはないが、空を飛ぶのと似たようなもんだろうか。

 魔導鎧装の内部には血管のように細長い霊脈が張り巡らされている。そこを流れる光素を意識して、強く念じると、海流が周囲で渦巻いた。それを全身に纏わせて、背部から噴出させると鎧がゆっくり進み始める。


『さすがですね隊長』

「ま、これでもベテランのつもりだからな」


 まだ戦闘がこなせるほどではないが、ただの移動くらいなら不自由はしなさそうだった。けれど我らがスポンサーは違ったようだ。


『待って下さいよ! 置き去りはヒドイです隊長殿ぉ……!』


 振り返れば、マキナの“ヰサセリヒコ”が水流に揉まれてジタバタともがいていた。

こいつだって相当に器用な部類だし、放っておいても慣れるはずなのだが。


『勘弁して下さいよ! アタシの発明は無敵でも、アタシは無敵じゃないんですって!』

「……しょうがねぇな」


 今はともかく時間が惜しい。敵に見つかるリスクは冒せない。

 俺は再び力場を操って、波の力で体を押し出すとマキナの元まで向かった。彼女の頼りなく揺れる手を掴み、大きな孤を描いて旋回する。

 元の軌道に戻ると、エレナが俺たちを待ってくれていた。


『お二人とも、ここからは気を引き締めて下さいね?』

「言われてるぞマキナ」

『おやおや。“お二人”と呼ばれたのが、聞こえなかったのですか?』

『気を引き締めろって言いましたよね?』


 エレナの声がにわかに険を帯びてきたので口をつぐむ。

 俺たち二人を黙らせた彼女は、深い暗闇をかき分けて元の軌道に戻っていった。その動きに迷いはない。

きっと、ここに来るのも初めてではないのだろう。

彼女は断崖に取り付くと、その狭間へと消えていく。彼女の背を道しるべに、俺たちも洞穴の入り口へたどり着いた。

到着したそこは一見、天然の地形にしか見えなかったが。


「なるほど、ここが搬入口か」


 目の前に広がるのは、人工のものとしか思えない広大な空間だった。

 削り出された岩壁がドーム状の空間を形作っている。その縁に沿って舗装された岸壁が広がり、縄や得体の知れない木箱が置きっぱなしにされていた。

 さながら地中の港といったところか。


『妙ですね。普段はもう少し警備が厳しいのですが……』

「確かに、これじゃあ盗人も入り放題だろうが」

『するとアタシたちは盗人だったんですか!? アタシはてっきり、お姫さまを助けに来た騎士とか勇者だとばかり……』

「俺たちは戦争をやってるんだ。英雄はいてもヒーローはいない」


 下らない会話が続いたのもそこまでたった。俺たちはエレナの案内に従って、アスファルトで舗装された陸地へと這い上がる。

そして積み上げられたコンテナの陰に集まった。


「ここまでは順調だが……」

『危険なのはここからですよ』


 俺をいさめるように言うエレナ。悲しいことにその発言は何一つ間違っちゃいない。


『手はずを確認しましょう。私と隊長はここで魔導鎧装を脱ぎ、基地内部へ潜入。マキナさんには私たちの鎧の警備をお願いします。ミーナさんを確保し次第、脱出してタマキ社長らと合流です。間違いありませんね?』

「あぁ。入り口のパスコードはお前が知ってるって話だよな?」

『はい。そこはお任せ下さい。最大の問題はミーナさんの確保です。軟禁された場所にはいくつか候補があるのですが、いずれも警備が厳重な区画です』


 それこそ、今さら四の五の言ってはられないだろう。全部を覚悟した上でここまで入り込んだのだから。

言いよどんだ俺たちに、マキナがあっけらかんと口を差し挟む。


『ひとまず通信でも傍受して、隙をうかがっては?』

「できるのか、そんなこと?」

『そうですね……ん、まだ繋がる回線が見つかりました』


 できるらしい。つくづく有能な少女だった。こいつなら戦争が終わっても、いろいろな居場所が見つかるんだろうな。


『隊長たちのほうにも流しますね』

「あぁ、頼む」


 それから通信に、ノイズ混じりの音声が紛れ込んできた。聞こえるロシア語は、全て機械が翻訳してくれる。


『敵襲……いえ、友軍から攻撃を受けています!』

『友軍だと!?』

『はい。“ヴェルカン”と、それから我々のデータベースにもない車両が――』


 直後、音割れした爆発音とともに通信は打ち切られる。


『どうします隊長殿? 絶好の機会のようですよ?』

「そら、攻めるしかないだろ」


 敵の内情はさっぱりだが、相手の注意は襲撃者のほうに向いている。ミーナを確保するには、これ以上ないくらいの好機なんだ。


「行こう。あいつを取り戻して、みんなで帰るんだ」

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