強襲
「なぁマキナ。本当にやるのか、これ」
『もちろんです! それができるように武装とブースターを追加したのですからな!』
高高度を飛行する輸送機の格納庫。その中に立ち上げられた専用の整備スペースで、通信機越しにマキナと言い合っていた。
「でも、ここから敵のど真ん中に突撃するわけだろ?」
いくら“ミカゲ”でも墜落死するんじゃなかろうか。
『ご安心ください! だって見てくださいよ、この全身の増加装甲! こういうときに備えて事前に開発してたんですからね!』
「俺からじゃ見えないんだよなぁ!?」
どうやら、いま俺が纏っている“ミカゲ・改”には特別のチューニングが施されているらしい。具体的には関節各部が補強されて気密性が上げられらた他、背部のフレキシブルアームが補強されてさらに大出力のブースターが取り付けられているらしい。
この念入りに過ぎる改造は、これから飛び込む任務を見越してのものだった。
『それでは作戦の確認を行いますね。隊長殿は、このまま輸送機でロシアの防空圏まで侵入、そこで降下して、単機でクナシリ島の防衛陣地および対空兵器群を破壊します』
「そこに味方を載せた輸送機が到着して、全機で基地を制圧するって手はずだよな」
『さすがは隊長殿! 戦いに関してだけは、本当によく頭が回りますね!』
「人のことバカにし過ぎだろ……」
とは言え、相手は盾速の重役。本来ならば雲の上の存在である。もしかしたら俺も、もっと礼儀正しく振る舞ううべきなのかもしれない。
『あ、言い忘れてましたけど、アタシたちの関係は今後もこの調子でお願いします』
「なんだと?」
こいつは人の気持ちが読めるんだろうか?
いや、それよりも。
「まさか、これからも俺のことを隊長って呼ぶ気か? 立場はお前のほうが、はるかに上のはずだろ」
『それでもアタシにとって、貴方は憧れの英雄なんです。これからもその戦いを見守りたい。じゃなきゃ、貴方の指揮下に入るような無茶はしてませんよ』
確かに、マキナは日本の防衛戦力の中核を担っている。こいつの身に何かがあればもう魔導鎧装の発展は望めない。
それは、将来的にロシアの霊脈炉搭載機への対抗手段がなくなることを意味していた。
マキナは本来、こんな戦場に立っていていい人間ではない。
『めちゃくちゃ反対されたんですよ。けれどそれを全部押し切って、ここに来たんです。ということで、今後もヨロシクお願いしますね隊長殿?』
「…………」
前々から薄々思っていたんだけどさ。俺、こいつ苦手だわ。
『さてさて! そうこう言っている間にも目的地が近づいて参りましたよ!』
「気持ちの整理をさせて欲しいんだが!?」
『そんなの、戦ってるうちにスッキリしてますよ! それより準備はいいですか?』
「さて、どうだかな」
もごもごと口を動かして、慣れないマスクの感触を確かめる。
すでにシステムは起動状態にある。各部の光素充填率、追加ブースターとの接続、いずれにも不備はない。
『問題なさそうですね。それでは、ハッチを開放いたします』
マキナが宣言した直後、格納庫の後部が大きく口を開けて、汚れなき夜空が覗く。
敵からの発見を遅らせるため、敢えて見通しのきかないこの時間帯を選んだわけである。
『あと十秒で降下地点に到着します。覚悟はいいですね?』
「緊張しすぎて心臓が痛い」
『生きてる証ですよ。さぁ降下まで残り5秒。5、4――』
こいつ、最初から話を聞くなんてないな!? というかカウントを始めるな!
まだ心の準備が……!!
『――3、2、1。降下!』
その指令に応じて、“ミカゲ・改”を保持していたカタパルトと勢いよく駆け出す。火花を散らしながら最高速に乗って、俺を夜空に放り出した。
「ぐぅおおおおおお……!?」
足元から踏めるものが失われ、ふらふらと宙を彷徨う。その間に背部のアームが展開して、“ミカゲ・改”は巡航形態に移行した。ブースターが小さな炎を吹き出し、それを激しく燃え上がらせて暴力的なまでの加速度が鎧を突き動かす。
俺を押しつぶすはずだった加速度は光素の力場に散らされ、およそ物理的な制約に縛られることなく“ミカゲ・改”は最高速に達した。
『隊長殿の離脱を確認。頼みましたよ!』
「待ってくれ、これ速すぎだろ!?」
『まだまだ序の口です! それより隊長殿、敵に感知されました! 予想より早い! 注意してください!』
しきりにアラートが鳴り響く。HUDが強化されたレーダーで複数のミサイルを感知し、その姿を夜空に浮かび上がらせた。
「いちいち騒ぐほどじゃねぇよ」
地上から打ち出された数十発もの対空ミサイル。いくら俺でも、あれを全部叩き切る技量はないけれど。
『どうされるつもりで?』
「決まってるだろ。振り切るだけだ」
もともと“ミカゲ・改”には高速時の姿勢制御を行うため、大量のスラスターが装甲内部に隠されている。そして、この高度ならば衝突するようなものはどこにもない。
「早速だが、マキナ。奥の手を出したい」
『承知しました。この場にはタマキ社長がいらっしゃらないので、アタシが代理で承認いたします。さぁ隊長殿の全力を見せて下さい』
「了解した!」
彼女からの許可を得ると同時に、音声入力のコンソールが立ち上がる。
俺はそこに力ある言葉を捧げた。
「上位権限を開放。ユーザーネーム、火神ソウハ。アクセスコード888WKR39MN」
ロックが解除され、この状態ではより詳細にステータスが把握できる。元来のスラスターはもちろん、増加されたブースターも全て制御下にある。
あとは覚悟を決めるだけだ。
「
力ある宣言と共に、システムのステータスが塗り替えられた。
まとわり付く拘束をはねのけて、背部の動力源と意識が直結する。体を覆う鎧は肌となり、その内側に息づく霊脈が血肉に変わる。
体そのものとなった鎧で、俺は三基のブースターと全身のスラスターを点火、溢れ出す力を速度に変えて、地上に突貫した。
その急激過ぎる加速に追いつけず、ミサイルは目標を喪失する。続けざまに次弾が放たれるが、一つもこちらを捉えられない。
「よし! お前の言った通りだなマキナ! 誰も俺を捕まえられない!」
どんなSAMも、超音速で接近する、人間より一回り大きいだけの攻撃目標なんて想定していない。
たとえ、どれだけの数を並べても、敵の対空兵器はその本領を発揮できないのである。そして、その意表をつくことがこの作戦の要でもあった。
『ですが隊長殿! そのままでは地表に追突する恐れが……』
「……なんとかなるだろ」
ならないと困る。だって俺、勢いだけでここまで加速しちゃったし。
「ま、しくじったらそのときはそのときだ!」
それより今は、ただ目の前の敵に集中する。
今作戦における追加装備として、レーダーを始めとしたセンサー類も一新されている。より遠くの敵を、いち早く捕捉できるように。
その性能は確かで、見違えるように世界は広がっていた。近接戦を主体とした“ミカゲ”にはあり得なかった広範囲の敵をロックオンできる。
「見つけたぞ。敵の自走式対空砲だ。見渡す限りで、十台は展開している」
『油断しないでください! すぐに増援が出てくるはずです!』
「わかってるって!」
今回の任務は時間との勝負だ。敵が迎撃の体勢を整える前に、対空兵器を排除しなければならない。
「ここからはノンストップだ!」
軌道を調整、自走式対空砲の一つに狙いを定めると最高速で流れ落ちる。見る間に迫る地表。そのただ中にそびえる対空車両を睨みつけ、腰元の大太刀を握りしめる。
「まずはお前からだ――ッ!」
すでに刃にも鎧にも十分な力が巡っている。その猛りを吐き出すように腰をよじり、同じ側の足からスラスターを噴かせて、加速させた刃を抜き放った。
「――喰らえッ!!」
白刃は衝撃波とともに車両を押し潰し、その下の大地ごとえぐり取る。
そこに巻き上がった土煙の中へ飛び込んだ。墜落する寸前で光素を振りまき、力場を展開する。
この力場には物理的な現象に干渉する力がある。例えばこんな場面でも、慣性を捻じ曲げて“水平に落下する”だなんて芸当が可能なのだ。
その力を以て、俺は次の獲物へと飛びかかった。 ブースターを再点火、二振りの大太刀を携え、地を這うように飛び抜ける。
「次はお前だ!!」
すれ違いざまに一台を切り捨て、急旋回。再び加速をかけると、こちらへ砲塔を振り向けようとした車両を刃ですくい上げる。
足を止めることなく、次の目標へ。対空機銃が一斉にこちらを狙うが、その弾は届かない。
魔導鎧装は全身に光素の鎧をまとっている。その見えざる装甲を撃ち抜けるのは、霊脈炉を内蔵したミサイルや光素に包まれた砲弾のみ。どれだけ大口径でも、通常兵装などなんの障害にもなりはしない。
降り注ぐ弾雨を真正面から受けとめながら、続けざまに残りの七台を破壊した。
「よし! 対空兵器はやったぞ!」
『安心するには早いですよ! 防衛隊が出てきました!』
その通信が届くやいなや、森の中に隠れていた兵舎から続々と巨大な人型が姿を現す。 MBTに代わる、ロシアの主力兵器“ヴェルカン”である。
迎え撃とうとしたところで、アラームが鳴り響いた。見ればタイマーが【0
00】を告げ、安全装置の再設定を告げるシステムメッセージが流れる。
「まずいな、時間切れだ」
『作戦目標は達成しています! 早く撤退してください!』
「別に、そんな慌てるほどでもないが」
ただ、そうだな。通常の出力だと、それなりに時間はかかるかもしれない。
「味方の到着にはどれくらいかかる?」
せめてそこまでには露払いを終えたいもんだが。
『―脱明け三秒です!』
「は?」
なに言ってんだ、こいつ?
うろたえる俺の眼前で、レーダー表示が更新された。そこに浮かび上がったのは、いま現れたばかりの“ヴェルカン”たち。
そして――
『ソウハさん! 救援に参りました!!』
スラスターの噴射炎が夜空を焦がす。見上げれば、電子戦装備を満載した“キビツヒコ”が降下してくるところだった。誰が纏っているかは言うまでもない。
「ミーナ!? なんでもうここにいる!?」
『隊長殿、実は言いそびれていたのですが……』
『無事ですか隊長!?』
『可愛い社員を助けに来てやったで!』
『お前にこんなところで死なれたら困る』
ミーナの“キビツヒコ”に遅れて、二機の“ヰサセリヒコ”とチューニングされた“キビツヒコ”、そして重装備の“ニギハヤヒ”までもが降りてくる。
彼女たちは俺のそばに着地すると、それぞれの装備を構えて散開する。
『“ミカゲ”分隊は前で暴れてきィ! あたしらが援護したる! それでえぇなソウハ!?』
「……ったく、俺一人でも十分だってのに」
ちょっとは敵に情けをかけてやれよ!
『えぇ意気や! さぁ、パワーアップした百瀬の力を見せつけてやろうやないかい!!』
『はい!』『了解ですぞ!』『承知しました!』『分かった』「やってやるさ!」
社長の掛け声に応じて、俺たちは敵の群れに飛び込んでいった。
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