おかしくなんてありませんよ

『基地周辺の“ヴェルカン”を排除!』

『よし! 野郎どもいいな! 俺たちが決着をつけるぞ!!』

『『『『うおおおおおお!!』』』』


 威勢のいい掛け声とともに、防護服を纏った歩兵たちが突撃する。何人か抵抗する敵兵もいたが、もはや生身の兵隊には止められない。

 細かな銃声が敵兵を薙ぎ払い、彼らはすぐさま基地舎の壁に取り付いた。


『“鍵”を出せ!』

『設置完了しました!』

『お前ら、耳をふさげよ!』


 そして全員が息を呑んだ直後、爆発音が扉を引き裂く。遅れて無数の靴音が打ち鳴らされ、僅かな銃声が鳴り響き、沈黙した。


『司令部を制圧! 繰り返す! 司令部を制圧した!!』


 どうやら作戦は成功しつつあるらしい。

 遅れて追いついた俺たちは、その様を遠巻きに眺めていた。


『良かった……今度も、みんな生きて帰れそうですね』

「お前は相変わらずそこにしか興味がないんだな」


 隣に立つ“キビツヒコ”、その纏い手たる少女ミーナ。彼女は本来、こんな戦場に立つような性分ではない。それでもこうして死線をくぐり抜けてきたのは、きっとミーナの生い立ちが関係していた。


「なぁミーナ。お前はいつまで戦い続けるつもりなんだ?」

『この戦争が……いえ、霊脈炉を巡る戦いが終わるまでです』

「やっぱりそうなるよな」


 ミーナの父親は霊脈炉の開発者だった。

とは言え、かつては救世主とさえ呼ばれていたのだ。その力を以て、当時最大級の脅威であった人民解放軍を退けたのだから。

けれど同時に、彼は最低最悪の裏切りものでもある。


「たぶん、お前が戦いをやめても結果は変わらないぞ」

『それでも、です。お父様が霊脈炉を広めたせいなんですから。この戦争が始まったのは』


ミーナの父親はロシアへの亡命を果たしたのだ。霊脈炉の関連技術と共に。

その所業のせいで、いま俺たちはこんな戦乱に巻き込まれているのだ。


『終わらせましょう。今度の作戦が成功すれば、きっと戦争終結に一歩近づけるはずです』


 そうして一人で意気込むミーナ。

 親の罪をこいつが背負う必要はない。こいつが何かをしたわけではないのだから。

 そんなようなことを、もう何度も言ってきた。いい加減にこいつだって聞き飽きているはずだ。

それでもやめられない、理屈通りに動けないのが人間ってヤツなんだろう。


「ところで、お前は基地の攻撃に加わらなくてもいいのか?」

『はい。くれぐれも近づかないようタマキさんたちに言い渡されていますし。それに今は……』


 もの言いたげな視線が注がれる。鎧越しでも確かに感じ取れた。


『放っておくとソウハさん、あそこに飛び込んじゃうじゃないですか』

「それが仕事だからな」


 いつ飛び出してやろうか、機を見計らっていたのだが、どうやらお見通しだっだらしい。


『せめて補給が済むまでは我慢して下さい』


 ミーナが言いたいのはつまり、こういうことだった。

現在、“ミカゲ・改”には高出力のブースターと高高度にも対応できるオプションが装備されている。そこに満載されていた燃料はすでに使い果たし、増加装甲はただのデッドウェイトと化していた。

今の俺は、全身に重りを背負ったような状態なのである。


『全く、どうしてそんな状態で戦いに出ようとするんですか……エレナさんも、何か言ってあげてください!』


 そこで初めて、ずっと黙していたエレナの“ヰサセリヒコ”がこちらを振り向いた。


『私だって無茶はして欲しくありませんよ。けれど隊長が戦うというなら、私もお供いたします』

『あ、あれ? エレナさんは味方だと思っていたのですが……』

「心配し過ぎだって。味方が危機に陥らないうちは、俺もなるべく引っ込んでるから」

『嘘つかないでください! どうせ、ちょっとでも味方が攻撃されたら飛び出すに決まってるのに!』

「信用ねぇなぁ」

 

 そりゃ、味方が攻撃されたら俺は出るけどさ。


「俺じゃなくたって、仲間が攻撃されてたら助けにいくだろ?」

『『当たり前じゃないですよ、それは』』


 ミーナと、それからエレナの声が重なった。一字一句、違うことなく。


「 あ、あれ? 俺ってそんなにおかしなことを言ったか?」


 我ながら、今回ばかりは至極真っ当な台詞を吐いたつもりだったんだが。

 反駁しようとする俺をいさめるように、エレナが口を開く。


『隊長、確かに仲間が傷つくのは悲しいことですよ。それでも自分が傷つくのは同じくらい、あるいはそれ以上に恐ろしいことなんです』

「いや、そうだけどさ。でも自分だけが安全圏にいるなんて……!」

『強い、強い隊長だから、そんなことが言えるんですよ。普通は命の危険が迫ったら怯えてることしかできません』

「うぅん……そうなのか?」


 自分が死ぬのは確かに恐ろしい。けれど仲間を亡くすのはそれ以上に怖かった。本当に辛いんだ。

 以前、俺が率いていた“ミカゲ”隊は俺一人を残して全滅した。

 明日も同じように笑い合うはずだと思っていた。傍にいるのが当たり前だった。そんな相手が突然目の前から消えたんだ。

失くしてしまうそのときまで、俺は本当に大切なものの価値には気づけなかった。

それを怖がるのは、そんなにおかしなことだろうか?


『おかしくなんてありませんよ、ソウハさん』

「ミーナ?」

『けれど忘れないでください。あなたが仲間を想うのと同じくらい、あなたを大切に想う人もいる。少なくとも私はあなたに、ずっと傍に欲しいんです』


 こういう、ストレートな好意はどう受け止めればいいんだろうか? ミーナの言葉はいつも体当たり気味で、俺みたいなひねくれ者には手に負えない。


『隊長。私だって、許されるなら隊長の傍にいたいですよ』


 珍しく声が震えていた。あの強気なエレナにも、こんな態度を見せることがあるんだな。


「お前の好きにすればいい思うよ」

『ありがとうございます。けれど私は……』


 まだエレナは言葉を続けようとする。なんだか聞いてられなくて、口を挟もうとしたところで――


『――待って下さい。指令が届きました』


 エレナが呟く。

 指令だと? 今さら俺たちに何をしろってんだ?


『基地から逃亡した敵部隊がいたそうです。その追撃をしろって』


 言うやいなや、“ヰサセリヒコ”はブースターを噴かせて駆け出してしまう。

 何だってんだ?


「ミーナ! その敵部隊ってのは感知できるか?」

『はい! エレナさんの進行方向で、確かに“ヴェルカン”が集結しています。早く追いかけましょう!』

「……そうだな」


 妙な話ではある。俺のもとにはまるで情報が回って来ない。

よほど通信が錯綜しているのか、それとも状況が切羽詰まっているのか。

何にせよ、エレナを一人で行かせるわけにはいかない。


「俺が先導する。ミーナは周囲を警戒してくれ!」

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