異心
ひしめき合う木々の隙間に、大粒の雪が吹き乱れる。
空気が湿っていた。辺りが急速に冷え込んでいる。
まずいな、こいつは急がないと――
『ソウハさん! 天候が悪化しています。このままじゃ、吹雪の中に置き去りになりますよ!』
「分かってるっての!」
こういう天候の地には何度か派遣されたことがある。魔導鎧装を纏う前、俺がただの歩兵だった頃の話だ。
あの頃から、悪天候については運に任せるしかなかった。
「天気のことはいい! それよりもミーナ、エレナのほうはどうなってる!?」
『どうやら、一足先に開けた地形へ出たようです。そこで……言い辛いのですが、“ヴェルカン”に包囲されています』
「あのバカが!」
なんで今日に限って、飛び出しやがった!?
ともかく、こうなれば少しでも早く合流するしかない。
「ミーナ、パックアップは任せた。敵は俺が引きつけるから、その間にエレナを引きずり戻せ!」
『了解しました!』
幸いにも、この一帯はもうじき味方に制圧される。その勢力圏まで退けばいいだけだ。
そうだ、勝つ必要なんてない。俺の願いは、今も昔もただ一つだけ。
「全員で帰るぞ。絶対にやらせるか!!」
踏み込んだ、その足が雪に沈み込む。まとわり付く雪の重みを振り切って、前へ。少しでも前へ。
想いに応えた霊脈炉がいっそうの光素を吐き出して、力強く鋼鉄の鎧を駆動させる。
木々が次々に流れ去り、林の切れ間が見えてきた。その先に開けた雪原へと、ブースターを点火して一気に飛び出す。
『隊長!?』
そう叫んで、近代化された鎧武者のような魔導鎧装が振り返る。エレナの“ヰサセリヒコ”だった。その周囲を、見渡す限りでも十機以上の“ヴェルカン”が囲んでいた。
予想よりも数が多い。
「なるほどな。この数に追い詰められてたっわけか」
『すみません。緊急性が高そうだったので、急いだのですが……』
緊急性が高い、ねぇ。全く、どういう情報筋から流れ込んできた情報なんだか。けれど事情がどうであれ、こいつも俺の仲間には違いない。
「俺のほうで敵を揺さぶってみる。お前はその隙にミーナと離脱しろ」
『ミーナさんはどちらに?』
「俺が抜けてきた林の中に潜んでる。お前のレーダーにもすぐに表示されるはずだ」
『なるほど。確認いたしました』
“ヰサセリヒコ”はミーナがいる方角を一瞥すると俺に向き直る。
『隊長。あなたはこの部隊……いえ、この国にいなくてはならない方です。ここは私が囮に――』
「バカなこと抜かすなッ!!」
怒りが出力を引き上げ、全力でブースターを噴出した俺は、“ヴェルカン”の懐に飛び込んだ。その胴体を薙ぎ払い、次なる目標へ。
『ですが隊長! この数を相手にするのは自殺行為ですよ!』
そんなエレナの静止を振り切るように、さらなる測度て“ヴェルカン”に迫り、すれ違いざまに切り捨てていく。
『だから、やめてください! ここで死ぬつもりなんですか!?』
「そんなわけねぇだろ!!」
味方との死別は悲しく重苦しい。何年経っても忘れられない。
けれど、それはきっと、俺が死んだときも同じことなのだ。
「お前は知らないだろうけどな! 俺の目的は味方と生きて帰ることだ! 誰も、それこそ俺自身だって死なせるつもりはねぇんだよ!!」
出どころのわからない砲弾が次々と襲いかかってくる。その全てを振り切り、かいくぐって何度も大太刀を振るった。
どれだけ愚直でも、この先にしか勝利はない。
「俺の仲間をやらせるかァああああああああ!!」
その叫びに応じて、溢れ出した光が刃から噴き出す。そいつを振り回し、目につく敵に片っ端から叩きつけた。
一機、二機、三機――それでもまだ足りない。近づいた敵を一つ残らず薙ぎ払っていく。
『隊長。あなたは……』
「どうだ……これで少しは減ったか!?」
レーダーが探知できる限り、敵対する敵勢力はどこにもいなくなっていた。それでも、こんなのはほんの時間稼ぎでしかない。そう分かっていたつもりだが。
「まだ出てくるのか……」
こうして手を止めている間にも、レーダー上では次々と新たな反応が増えていく。俺一人が生き延びるだけならともかく、味方二人を生還させるのは簡単な状況ではない。
「エレナ、頼む! 早くミーナを連れて逃げろ!!」
『さすがの隊長でも、この数は厳しいのですか?』
「情けない話だけどな」
それでも、こいつらが逃げおおせるまでは俺が持ちこたえるしかない。
気合を入れ直した俺のもとに、エレナの声が届いた。
『……それでも、これ以上、やらせるわけにはいきませんね』
そのセリフと同時に、“ヰサセリヒコ”が接近してくる。注意を引きつけるため、わざっと突出していた俺のもとへと。
「おいバカ、何やってる!?」
『目的を果たしに来たんですよ』
「目的だと!?」
ここから離脱すること以外、いったいどんな目的があるっていうんだ?
状況を飲み込めずにいる俺のすぐそばで立て続けに砲弾が爆ぜた。まだ敵の攻撃は止んでなどいないのだ。
「エレナ! 最悪、お前だけでも逃げ延びろ! このままじゃ、お前まで……!」
『その必要はありません』
「なんだと!?」
問い返そうとした途端、強い殺気を感じた。半ば直感で背後へ刃を振り抜くと、硬質な感触同士がぶつかりあって澄んだ音を響かせる。
そのまま“彼女”は自らの刃を押し込んで、鍔迫り合いへと持ち込んできた。
身を翻し、片足を一歩引くと、その一撃を受け止める。そこに込められた思いを表すかのように、痛烈な衝撃が腕を伝わり、体の芯を震わせた。
『――ッ、やっぱり、これじゃ仕留められないんですね』
そう呟きながら、目の前に立つのは“ミカゲ・改”と同型の装甲を纏った魔導鎧装。俺の部下として、隣に立っていたはずの少女で。
「おい! いったい、どういうつもりだよエレナ……!?」
『少し、大人しくしてもらいますよ。……隊長』
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