対峙

 結び合った刃から、彼女の覚悟が伝わってくる。どれだけ力を込めても、エレナの刃は押し負けない。


『あなたの強さは分かっているつもりです! それでも、ここを通すわけには行かないんです!』


 その叫びに応じて、エレナの鎧が各部から光素を散らせた。彼女の強い想いが“ヰサセリヒコ”の霊脈炉を触発させたのだ。

 溢れ出すほどの力が彼女の鎧を突き動かし、ぶつけあった刃はぐいぐいと押し込まれる。

 どうやら、悪ふざけや冗談の類ではないらしい。


「いきなりどうしたんだお前は!?」

『お人好しなんですね、隊長は。そんなの――決まってるじゃないですかッ!』


 裂帛と同時に踏み込み、エレナの刃は俺の懐に迫る。それをもう片方の大太刀で薙ぎ払った。

すかさず繰り出される追い打ちを受けとめ、エレナに迫る。


「お前はロシアのスパイだったってわけか!?」

『スパイって呼び方は、一周回って新鮮ですね』


 いつになく皮肉が冴え渡っていた。ひょっとすると、これがエレナの素の姿なのかもしれない。

そんな彼女に、こんなことを聞いても意味があるとは思えないが。


「何が目的なんだ?」

『それは……』


 鎧の向こうで、エレナが言葉を探しているのが透けて見える。意外にも話に付き合ってくれるらしい。


『あなたは、“タテヌイ”のことをご存知ですか?』

「デカい力場を展開するって装置のことか?」

『もう、そこまでご存知だったんですね。……いえ、そうか。マキナさんが入れ知恵をしたんですね?』


 事実そのものなので、俺は口をつぐむしかない。


『分かりやすすぎるんですよ、あなたは。どこまでのことを聞かされてるんですか?』

「どうだったかな」


 日本全土を覆う、力場の発生装置。核ミサイルさえ防ぎ切る絶対の盾。それが俺の知る“タテヌイ”だった。

改めて思い返しても、絵空事だとしか思えない。


『ロシアには、その完成を疎ましく思う人間が何人もいます』

「そりゃそうだろうな」


 核保有国にとって、核ミサイルを含む核兵器は最後の切り札である。大きなリスクを伴うとはいえ、その絶対的な威力が国家の安全を保証するのである。

それが通じなくなるとなれば、黙って見過ごせるわけがない。


「だからお前を送り込んだのか?」

『えぇ。その人たちは“タテヌイ”の弱点をつくことにしたんです』

「ほほう」


 にしてもずいぶんと口が軽いな。俺にこんな情報を明かすことが、連中のためになるとは思えない。

他に狙いがあるのは間違いなかった。けれど僅かでも気が逸れたら――


『――逃しません!!』


 必殺の刃が叩き込まれる。

 そいつをなんとか受けとめたものの、これでは逃げようにも逃げられない。


「……で? なんなんだ、その弱点ってのは?」

『はい。“タテヌイ”は最強の防衛兵器ですが、それは発動できた場合の話です。そのためには、いくつもの霊脈炉を組み合わせたコアユニットと、それを扱いきれるだけの適合者が必要になります』

「適合者ねぇ。そいつはもう見つかったのか?」

『あなたもご存知の人物ですよ。霊脈炉に対して、特異な適性を示す人物。あなた以上に高い感応率の持ち主です』


 それはヒントを与えるというよりも、もはやこちらを挑発してるのに等しかった。

 だって俺の知る限りで、俺よりも高い感応率を示す人物なんて一人しかいない。

 そしてあいつは、今も少し離れた場所に待機しているはずで――


「まさかミーナか……!?」


 まずい。完全に足止めを食らわされた。ここまでミーナと通信をかわせていない。


「おいミーナ! 答えろ! そっちは無事なのか!?」

『無駄ですよ。いま、この一帯はジャミングの影響下にあります。あなたがたの通信は届きません』


 エレナはぎちぎちと刃を押し込み、しつこく食らいついてくる。

 構ってる暇なんかねぇってのに!


「そこをどけぇぇッ!!」


 焦りと怒りが莫大な力を引き出し、全身に行き渡らせた。それを叩きつけるように踏み込んで、刃を振り回すとエレナを突き飛ばす。

体勢を崩した彼女は数歩飛び退いた。


「言え! ミーナをどうするつもりだ!?」

『知りたければ、ご自分で確かめにいけばいいでしょう? 私を倒して!』

「お前に用はない!」

『甘いですね! 今だって、その気になれば私を倒せたでしょう――!?』


 叫ぶと同時に“ヰサセリヒコ”の姿がかき消えた。――と思ったら、大太刀を構えて俺の目の前に現れる。

 その切っ先は俺の腹を貫こうとしていた。けれどそいつが届く寸前に、柄頭を刃に打ち付ける。

 力任せに攻撃を逸らすと、エレナはそのまま俺の脇をすり抜けてこちらから離れていった。それから十分に距離を取ったところで、再び俺に向き直る。


『油断しすぎですよ。そんなに私を斬りたくないんですか?』

「かもな」


 自嘲しながら振り返ると、脇腹が鈍い痛みを訴える。直撃は免れた。それでも威力までは殺せなかったらしい。


『隊長……いえ、火神ソウハ。あなたのこともよく調べてきました。“ティラン”を二度も葬った異分子。私たちの天敵です』

「お前が熱烈なファンなのは、なんとなく感じてたよ」

『そんな軽口、もう二度と叩けなくしてあげます! どんな兵器でも倒せなかったあなたにも弱点はある!』


 勢いを増す吹雪の向こうで、“ヰサセリヒコ”の背部ブースターが展開された。その両足が積もった雪を掻きむしって突撃の体勢をとる。


『あなたの弱点……それは――仲間私たちです!!』


 “ヰサセリヒコ”の背後に青白い炎が噴き出して、その巨体が音よりも速く飛び込んできた。その脇に構えた大太刀は、やはり俺の腹を狙っている。

――いい加減に覚悟を決めないとな。

 右足を半歩下げると、エレナの“ヰサセリヒコ”を睨みつける。

仲間が俺の弱点だと?


「――その通りだよ!!」


 大太刀を投げ捨てて、左右の拳を握りしめる。


『ッ!? バカにしないで下さい!!』


 息を呑んたエレナが、怒声とともに加速した。その腰元から、両手で構えた大太刀を付き込まれる。


『これで黙れぇぇぇッ!!』


 エレナからは聞いたことのない、血を吐くような雄叫びだった。

 光をまとった刃が俺の胸元へ飛び込んでくる。

 逃げ切れない。エレナはここで俺を仕留めるつもりでいる

 だからって死んでやるわけにはいかないのだ。


『もう誰も喪わない……!!』


 覚悟と共に、刃の眼前へ踏み込んだ。地べたを踏みにじり、腰から上を振り回して、左の拳を刃の腹に叩きつける。そいつを巻き取るように引き寄せて――


「へし折れろぉぉぉぉぉぉッ!!」


 ――右足を踏みしめ、膝に力を込めて、右の拳を打ち出した。。エレナの大太刀を迎え撃って、その根本を貫く。

 拳が硬い手応えを打ち砕いた。

 ひび割れは広がって、砕け散った刃の先端だけが吹き飛んでいく。

 そいつは俺の追加ブースターを切り裂いて、背後の地表に突き立てられた。

 それを追うようにエレナの“ヰサセリヒコ”はバランスを崩して、降り積もった雪の中へと突っ込む。雪を巻き上げながら、何度も地べたを転がって、最後は雪の中に沈み込んだ。


「悪い、やりすぎた。えっと……生きてるよな?」


 思っていたより派手に吹き飛んでしまった。エレナがいつになく鬼気迫っていたものだから、手加減できなかったのだ。

 何にせよ、彼女を救出するしかない。

 駆け寄ってみると、“ヰサセリヒコ”は雪の山に埋もれていた。


「エレナ、生きてるか? 動けるようなら、何か反応してもらいたいんだが」

『なんで……』

「うん?」

『なんで、殺さないんですか……?』


 泣きそうなのに恨めしげな声。


「自分で言ってただろ? 俺の弱点はお前らなんだ。殺せるわけがねぇ」


 こう言うしかなかった。だってこれが俺の本心だから。

 けれどエレナのプライドをひどく傷つけることもわかっていた。


『なんでですか……これじゃあ私、本当に惨めじゃないですか……』

「悪いな。俺の身勝手に付き合わせちまって」


 それでも、俺は怖いんだ。また部下を失うのが。前の“ミカゲ”隊のことだってミーナたちの力を借りて、ようやく乗り越えたばかりだっていうのに。

 同じことにまた耐えられる自信はなかった。


「さて、ミーナを探しに行くぞ。ノーとは言わせない」


 彼女を雪の中から掘り起こす。エレナはされるがままにじっとしていた。


『ミーナさんが殺されたとは思わないんですか?』

「関係ない。俺がやることは変わらない」


 仲間たちを全員連れて帰る。そのためだけに俺は命を張ってるんだ。

 僅かでも可能性があるなら、俺はそいつに賭けるしかない。


「だからほら、お前も一緒に行くぞ」


 俺が手を差し伸べると、エレナは乾ききった笑い声を漏らした。


『……こんなにバカな人だとは思いませんでした』

「良かったじゃないか。また俺の調査が進んで」

『ハルカさんの気持ちが、少しわかったような気がします……!』


 エレナが苛立たしげに呟いた直後、周囲にいくつもの火柱が巻き起こった。立て続けに砲声が鳴り響いて、雪が舞い上がる。

 こいつが何かしたわけじゃない。遠距離からロシア軍

に砲撃を加えられているのだ。


「おい攻撃されてるぞ! お前の仲間じゃないのか!?」

『ロシア軍の間でも、私の存在は知れ渡っていないんですよ! あるいは、今の隊長とのやり取りで寝返ったと思われたのか……』

「どっちにしろダメじゃねぇか!」


 言い合っている間にも、次々と砲弾が着弾する。それが一発たりとも直撃しないのは、世界が雪に塗りつぶされつつあるからだった。


「吹雪もひどくなってるし……いや、今回ばかりは好都合か」

『なんで、そんなに余裕そうなんですか!?』

「焦ったって仕方がないだろ。それよりもう時間ない。さぁ急ぐぞ!」


 いつまでも寝転がってるエレナの腕を掴んで、引き起こす。そのまま力づくで引きずっても、彼女は振りほどこうとはしなかった。

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