反撃への取引

「アタシですか? アタシは霊脈炉関連技術の総責任者です♪」


 霊脈炉とは、未知なる無限の動力源。そこから生み出される力場はあらゆる通常兵器を無力化してしまう。

 今まで我が国はその力のおかげで不安定極まりない国際情勢を生き抜いてきたのだ。その最たるものが

魔導鎧装である。

 その総責任者となると――


「――嘘だろ? それじゃあ、お前は……」


 うまく言葉が出てこない。ともかく、こいつはこの国の未来を左右する立場にあるのだ。


「大げさですって。アタシは隊長殿の、しがないファンでしかないんですから。貴方がまだ“隊長”と呼ばれていた頃から」


 この場合の隊長とは、きっと“ミカゲ”分隊の隊長を意味しない。

 それよりもずっと以前、俺は魔導鎧装“ミカゲ”の実証試験を行う実験部隊の隊長を任されていた。俺と仲間たちは“ミカゲ”の制式採用を目指して、その運用と調整を行っていたのである。


「知ってるのか? いや、覚えてるのか? あいつらのことを」

「もちろんですよ。旧“ミカゲ”隊のことは本当に、残念でしたね」


 “ミカゲ”隊。

それがかつて俺の所属した、そして三年前の戦いで俺一人を残して全滅した部隊の通称だった。


「今まで騙してきたヤツがいうと、白々しく聞こえるな」

「そう言わないでくださいよ。アタシは純粋に期待していたんです。貴方たちが作り上げていく鎧の可能性に。そして、その剣の力に」

「……っ」


 胸の奥がつねられたように痛む。

 もう、この地上のどこにもあいつらはいない。だけど生きた証までなくなったわけじゃないんだ。その想いも、誇りも全て“ミカゲ”に刻み込まれている。

 その価値を証明するために、俺は今も戦場に踏みとどまっているのだから。


「随分と反対されたんですけどねぇ。それでも、貴方がたを信じたことは間違いじゃなかった。二度の決戦で“ミカゲ”は無二の戦果を上げてくれましたから」


 二度との決戦とは、三年前と一年半前に起きた旭川のパワースポットを巡る防衛戦である。いずれの戦役でも“ミカゲ”はロシアの決戦兵器を打ち破って、日本を勝利に導いた。

 というか、今の口ぶりだともしかして。


「もしかして、お前がこれまで援助してくれてたのか?」

「なんのことですか?」

「とぼけるな。“ミカゲ”は制式採用された鎧じゃない。それなのに補給物資や予備パーツが調達されてきた。その真相がお前なんだろう?」

「隊長殿って意外と勘が鋭いですよね」


 観念したようにマキナは肩をすくめる。


「おっしゃる通りですよ。この国にはいずれ“ミカゲ”が必要になる。きっとこれまで以上に、我が国の存亡を握る存在として」


 そう高らかに宣言した彼女の双眸は、どこか遠い未来を見つめているようだった。


「なんで、そこまで信じてくれるんだ?」

「口では何とでも言えますけどね。重要なのは成果ですよ。一年半前の戦い、あれは隊長殿がいなければ旭川のパワースポットを奪われていました。それどころか、北海道を放棄することにすらなっていたかもしれません。三年前の戦いだってそれは一緒です。“ミカゲ”だけが次代の脅威に立ち向かえる力を秘めている!」


 まるで好きな漫画を語る子供のように、マキナは瞳を輝かせる。


「今って俺の話をしてるんだよな?」

「えぇ! もちろん!」


即答されると、気恥ずかしさも相まって、それ以上何も言えなくなる。いや、だってこんなの、どうやって口を挟めって言うんだ?


「もともと“ミカゲ”の開発は“ニギハヤヒ”での失敗を受けて、高出力かつ高性能な鎧を目指すところから始まったのです。けれど、隊長殿の動きを見て、考えを改めました。これがあるべき魔導鎧装の姿なのだと」

「おーい、マキナ?」

「隊長殿の実戦データをフィードバックして、新たな部品を製造して……その果てにアタシは“ヰサセリヒコ”を開発したんです。直後、隊長殿が大きな戦果を上げてくれたおかげで、量産にまでこぎつけたんですよ!」


どこから突っ込めばいいのか不明だが、懸けてる想いは本物らしい。ちょっと熱くて重苦しいくらいに伝わってくる。

そしてそれも“ミカゲ”の可能性を信じてくれていたからで。


「お前、変わり者だとは思っていたけど……想像以上だな」

「“ミカゲ”の刃は戦場の絶望を切り開きます。そして我々を勝利に導く剣だと確信しているのです」


 なんとも芝居じみた台詞だ。それなのに俺は、胸の奥が熱くなった。かつての仲間たちと築き上げたものは無駄じゃなかったんだ。そう思わせてくれたから。


「人をおだてるのがうまいヤツだな。いいさ、知ってることなら何でも話してやる」

「良かった。それならぜひとも聞かせてもらいたいんです」


 まるで子供のようにランランと目を煌めかせて、マキナはにじり寄ってくる。


「貴方は今の戦況をどう思いますか? この出来損ないの平和はいつまで続くと思います?」

「出来損ないの平和?」


 現在、日本とロシアは大きな衝突を経て膠着状態にある。両軍が争った北海道の空には、今でも時折硝煙と血の臭いが混ざり込む。


「平和っていうには不穏すぎやしないか」

「いいえ、隊長殿ならば分かるはずです。確かに北海道の地では今も戦闘が続き、住居を追われた人々は数え切れません」

「だったら、どうして?」

「それでもここ二年ほど、民間人の犠牲者は一人も出していないんです。それがどれほど希少で、尊い奇跡なのか」

「それは……」


 否定したい。だって俺の仲間だって何人も死んでるんだ。それでもこいつの言ってることは否定はしきれなかった。

だって戦う力のない人間ほどあっけなく命を刈り取られる。守ってくれる神様も、正義の味方も現実にはいない。

どこにでもいる人間が命を張るしかないんだ。

それが間に合わずに、踏みにじられた成れの果てを昔の職場でいくつも見てきた。


「そうですよね、隊長殿はよく知ってるはずです。ここに入社したての頃から、いくつもの紛争地帯を渡り歩いたでしょうから」

「随分と人の経歴に詳しいじゃねぇか」


 確かに俺はかつて、この会社に属していた。それでもこんなお偉いさんに目をつけられるほど目立っていたわけじゃない。


「ずっと注目していましたから。それよりも大事なのは、今のこの状況です。日本はこれでも最低限の秩序を保っています。そしてそれは確約されたものじゃありません」

「お前は、今の状況が崩れるとでも思ってるのか?」

「その通りです。いま平和が保たれているのは、技術的にアタシたちが敵国を上回っているだけ。そして、この状況もそれほど長くは続かないでしょう。隊長殿だって感じてますよね?」


 何をだ?

そう返したいところだが、俺にも思うところはあった。

以前、“ヴェルカン”が装備していた力場の発生装置。霊脈炉を利用した化け物ステルス輸送機。いずれもここ一年ほどで新たに確認された敵戦力である。

きっとまだまだ新たな兵器が投入されるのだろう。

 そして、その全てに対応できると楽観できるほどこちらの戦力は充実していない。


「そうです。あるいはロシアだけならば、いつかは息切れするかもしれませんがね。我が国のパワースポットを狙う勢力など無数に存在します。彼らが絡んできたら、この先の戦いは泥沼になるでしょう」

「だろうな」


 言いたいことは分かる。この戦いは今に始まったわけじゃないが、それでも現状を維持するだけで精一杯なのだ。

俺たちは地雷の隙間を縫うように危うい平和を歩んでいる。


「けれどそれなら、なんで反撃に出てこなかったんだ?」

「反撃が怖いからですよ。イスカンダルにプレヴェニスク、ロシアにはいくつも弾道ミサイルや巡航ミサイルが配備されています。そして、そこに搭載可能な核兵器も。我々には手が出せません」

「それもそうか」

 

 太平洋戦争以来、核兵器が実戦投入されたことはない。もし仮に核攻撃が行われれば、もう一方か、その同盟国がすぐさま反撃に転じるからだ。そうなったら最後、お互いの国土を焼き尽くすまで攻撃は止まらなくなる。

そして、その愚を犯した国は、今のところ地球上には存在しないわけである。

けれど米軍から支援も途絶えた今、日本は核兵器に対して丸裸の状態となっていた。ロシアがその気になれば、日本は一方的に破壊し尽くされることになる。


「ロシアがなりふりかまわずに攻撃してきたら、アタシたちには抗う術がありません。だから今までは降りかかる火の粉を払うことしかできませんでした」

「でも、とうとう状況が変わったってわけだな?」


 先んじてそう尋ねると、マキナは意外そうに眉をひそめた。


「まだ何も言ってませんが」

「用があるから俺を呼び出したんだろう?」


 どうせ俺にできるの戦争だけだ。呼ばれたなら、新たな戦場が用意されてるに違いない。


「ふ……ははっ。なるほど、英雄と戦場は呼び合うわけですね。確かに隊長殿の言う通り、状況は一変しました。日本全土を覆う防衛装置が完成したんです」

「なんだそりゃ? 日本全土を覆うだと?」


 単に、日本全体をカバーする迎撃ミサイルってわけでもないのだろう。それじゃいくら優秀でも手数が足りない。これほど自信満々にはなれないはずだ。


「“タテヌイ”と言いましてな。人工光素の力場の発生装置なんです。そこに住まう人々を媒介にして、日本全体に力場を展開することができます。その内側には核兵器と言えども干渉できないのです」

「ごめん、何言ってるか全然分かんねぇ」

「魔導鎧装と一緒ですよ。隊長殿の鎧も、光素の力場に守られてるでしょう? 同じ力で、日本全体を覆うんです」


魔導鎧装と一緒か。

光素が作り出す力場は、その外側からの干渉を拒絶する。おかげで魔導鎧装は戦車砲すら受け付けず、最強の陸上戦力として君臨している。

確かにそんなものが展開できたらミサイルの雨だって怖くはないだろうが。


「本当にできるのか、それ?」

「もちろん。できたから今回の判断に踏み切ったんですよ。やられっぱなしはここまでです。さぁ隊長殿、貴方には成してもらわねばならない仕事があります」

「急に話が変わるな。ま、いいだろう。お前には借りがある。せいぜい良いように使ってくれ」


 お前が期待してくれた“ミカゲ”の力を存分に見せてやる。


「ふふっ。やる気は十分ですな。ではもう少しだけ、付き合っていただきましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る