彼女の正体

 どういった理屈なんだか、企業ってのは大きくなると東京にビルを建てなきゃいけないらしい。それも周りに見劣りしないくらい、とびきりど派手なヤツを。

うちの親会社も例に漏れず、少なくとも見かけ上は全面ガラス張りのお上品な本社ビルをこさえていた。そのむやみに大きな自動ドアをくぐった先で、程よく空調の効いた味気ない空気に包まれる。

石造りを模した床の上にはソファやテーブルといった応接セットがいくつも並んでいた。何席かにはスーツを纏った男女が腰掛け、小難しそうな会話を交わしている。

やっぱり俺は場違いなんだろうな。

久々にスーツを新調しものの、まるで肌に合わない。動きにくくて仕方がなかった。

 昔はもう少し上等な要職も勤めていたが、そのときだって俺は実働部隊だった。お偉いさんとの付き合いなんて社長みたいな狸じゃなきゃ務まらない。


「なんてぼやいてたって始まらないよな」


 いい加減に覚悟を決めて、進むしかなさそうだった。

 血なまぐさい戦場とはかけ離れたエントランスを抜けて、社員証を提示する。その先のエレベータの乗り込み、上階を目指した。

 このビルは、一台のエレベータだけじゃ最上階までたどり着けない。何かが、或いは誰かが攻め込んでくるのを警戒しているのだった。

 何台ものエレベータを乗り継いで新しいフロアに到達するたび、上品だった内装は剥き出しの防音材とコンクリに置き換えられる。そのそこかしこに隠しカメラや得体の知れないセンサーが潜んでいた。

ここは世界に幅をきかせるPMCの本社なのだ。その本質は、どこまで言っても血と鉄の臭いから逃れられない。

 それは例えば、俺の案内人なんかからも見てとれる。


「どうしたんやソウハ。落ち着きないで?」

「この状況で落ち着いてるほうがおかしいだろう」


 あの一件のあと、俺は数日の謹慎を命じられた。どんな処分が言い渡されるのやら、自宅でどぎまぎしていたら、ここに呼び出されたわけである。

そして数日ぶりの連絡を受け、呼び出された先でこいつが待ち構えていたのだ。


「社長。あんたはどういう立場なんだ?」


 レディース・スーツを着こなした姿は女社長の名に恥じない。トレードマークの伊達メガネを外して、栗色の長髪をアップにまとめた我らが社長、タマキである。


「お偉いさんに頼まれてな。あんたを迎えるようにって」

「お偉いさん?」

「あたしらのスポンサーや。あの人のおかげで、あたしらにまで装備が回ってきとる」

「なるほど。ちょっと話が見えてきたぞ」


百瀬民間軍事会社が運用する魔導鎧装。あれは闇市場にさえ出回らない。盾速国際が独自に生産し、運用する兵器なのである。

そいつがどういったわけか、子会社とはいえ百瀬のような零細企業に配備されている。“ミカゲ”に至っては、盾速でさえ制式採用されていないのにパーツが補給されるのである。

おかしな話だとは思ってはいたが、後ろ盾がいたらしい。


「あんたはその人のお気に入りでな。あたしらのためにも、うまく切り抜けてや」

「相変わらず勝手なことばかり抜かすな、あんたは」


 いつものことではあるけど。

 愚痴る俺をしり目に、タマキは俺を最上階まで案内する。そのホールで最後の認証をくぐり抜けると、彼女は唐突に足を止めた。


「来ないのか、あんたは?」


 正直に言って、タマキ抜きで重役と対面するのなんてまっぴら御免なんだが。


「あの人はあんたと話したがってるねん。一対一でな。それとも一人じゃ不安か?」

「そんなわけあるか! だいたい、この間の事務処理がまだ終わってないだろ!」


 この状況で、不安だからついてきて欲しいなんて言えるわけがなる。

 さっさと仕事に戻れ!

そう伝える代わりに目で出口を示すと、タマキは呆れたように肩をすくめた。


「それでことあんたや。ちょっと安心したわ。さ、行ってきぃ」

「あぁ。終わったら連絡を入れるよ」


 行くしかない。というか、俺の失態がそもそもの原因なのだから社長を巻き込むわけにはいかなかった。

 落ち着け、相手は俺を歓迎してるんだ。怖がる理由なんて何一つない。

 胸に手を当て、息を一つこぼすと短い廊下に踏み出した。

 その果てに待ち構えていた両開きの扉を叩く。


「失礼します。お呼び立てされた火神走破です」

「待ってましたよ! どうぞ、入ってきてください」


 あれ? この声、こころなしか聞き覚えがあるような……いや、そんなはずはない。

 自問を打ち切って、導かれたように扉を押し開ける。

そこで俺を待ち受けていたのは、壁を覆い尽くさんばかりのディスプレイ。そして、その中心に場違いなほど高級なデスクを構えた少女の姿。


「やっぱり……てか、なんでお前がここにいる!?」


 そいつは、つい先日まで、俺の指揮下にいたはずの顔で。


「お待ちしてましたよ。アタシたちの英雄……いえ、隊長殿」


 銀縁眼鏡を押し上げて、少女は立ち上がる。よれよれの白衣を纏った彼女こそが“ミカゲ”分隊の頭脳であり、技術担当でもあった。


「お前、本当はどういう立場なんだ――マキナ?」


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