宵空からの救出
『全く。横暴ですね、隊長殿は』
ぼやき声が通信から漏れ出る。いったい、どこに隠れていたのやら。
「悪かったな。埋め合わせなら後でするよ。それよりマキナ、お前に頼みたいことあるんだが」
『言っておきますが、アタシは反対ですよ』
もう一人の部下たる少女は気だるそうに答える。願わくば快く応じてもらいたかったが、贅沢は言ってられない。
いまこの場に、彼女以上の技術と知識を宿した人間はいないのである。
「これが終わったら、俺の戦闘記録を全部くれてやる。それじゃダメか?」
『それは例えば……公にできない実戦データでも?』
表に出せない実戦データ、ねぇ。
数えるほどしか心当たりがないけれど交渉材料には違いなかった。
「そいつはお前の返答次第だ!」
『いいですねぇ、そのお返事! 何をすればいいんですか隊長殿!?』
本当にこいつを仲間にしておいていいんだろうか? 少し不安になる。
けれど、こういうヤツだから俺についてきてくれるのだ。
「正攻法じゃどうにもならん。お前の知恵を貸してほしい」
『なるほど。それではアタシの指示に従ってもらえますか?』
「なんなりと」
『はい! では隊長殿は巡航形態に移行して下さい。以前にお話したアレです』
「了解した」
この“ミカゲ・改”には従来のブースターを挟み込むように二基のジェット・ブースターが追加されていた。そいつは両腰から伸びたフレキシブルアームで保持されており、それを翼のように左右へ展開することで巡航形態となる。
計三基のブースターを最大出力で発揮することにより、“ミカゲ・改”は瞬間的な飛行すら可能となる。
そうは言っても航空機に追いつくのは無謀に過ぎたが。
『それからエレナ殿、あなたは隊長殿と手をつないで下さい』
『は?』
『ですから隊長殿と手を握り合うのです。手のひらを合わせて、ぎゅっとしっかり』
思わず俺まで自分の手を見下ろしてしまう。
『見えていますか? “ミカゲ・改”と“ヰサセリヒコ”の手には、光素を出力するためのコネクタが設計されています』
マキナの言う通り、この鎧の手には霊脈と直結した接続口が設けられている。ここから大太刀へと人工光素を流し込むことで規格外の切断力が得られるのだ。
『お二方のコネクタを接続することで、エレナ殿から隊長殿へとエネルギーを受け渡すのです。さすれば、あるいは空にも手が届くやも』
「なんだか曖昧な言い方だな」
『こんな使い方は想定してませんからな。けれど、二度の戦乱を退けたかの英雄になら、無茶も実現できましょう?』
「無茶とか言うなよ。これからやるんだぞ」
俺は全身の感覚を確かめるように鎧の状態を確かめる。動力、可動部、いずれにも問題はない。
あとは相方の助力を待つだけだ。
「頼めるかエレナ?」
『当たり前です! さぁ手をこちらへ!』
その声に導かれて、背後へ差し出した手が掴み取られる。
『隊長! 受け取って下さい!』
ぎゅっと握り合わせた手のひらから、熱いものが流れ込んでくる。
新式の鎧はすぐさま異常を察知して、繋いだ手から全身へと赤い警告灯を点滅させた。体中を温かい力が駆け巡り、それがブースターへと集結していく。
これなら行ける。
根拠のない自信を、仲間の力が後押しする。
「ありがとな。エレナ、マキナ」
『隊長、お礼を言うにはまだ早いです』
『それよりデータの件、頼みましたぞ?』
「分かってるっての!」
両足を地べたに突き立て、極限まで力を高める。
そいつが臨界に達すると、エレナの手を放した。
「あとは俺の仕事だ。行ってくる!」
みなぎる力を惜しみなくブースターから放出する。一瞬で足は地を離れ、殺人的な加速度が俺を押し潰しにかかる。
けれど全身を巡る光素が物理法則を書き換え、空気の壁を突き破って夜空へと翔び立った。
幾億もの星が光の筋を描き、後方へ流れすぎていく。そこに混じって黒塗りの全翼機が飛び去ろうとしていた。
その下部から伸びた二本の足は鋭い鉤爪で“キビツヒコ”を捉えている。レーダードームを搭載したそいつは、ミーナの“キビツヒコ”に間違いない。
『見つけたぞ。てめぇ、絶対に……逃すかァああああああああッ!!』
気迫は力となって溢れ出す。限界を超えて火を噴いたブースターが常識外れの加速を生み出した。一瞬で距離が詰まり、目前に漆黒の翼が迫る。
考える暇はない、ただこれまでの勘を信じるだけ。
一振りの大太刀を頭上に振りかぶり、彼我の間合いを計る。踏み込む代わりに加速をかけて、諸手で大太刀を叩きつけた。
刃は確かな手応えを捉えて、火花を散らしながら片翼をねじ切る。その脇を飛び抜け、背後に向けて旋回をかけた。
バランスを失った怪鳥は錐揉み回転をしながら地べたに流れ落ちていく。その土手っ腹へと肩から全体重を叩きつけ、相手を空に浮かす。
そこへ大太刀を振るい、巨鳥の両足を叩き切った。
鉤爪から解き放たれて、ミーナの“キビツヒコ”を空に放り出される。そいつを両手で抱きとめた。
「おいミーナ! 生きてるか!?」
『ぐ、ぅう……? あ、あれっ、わたしはさっき捕まって……!?』
「いま助けたんだよ! 早く戻るぞ! 急ぐけど舌噛むなよ?」
『はっ、はい!』
ブースターを再点火してその場を離脱する。墜落する巨鳥をしり目に、ハルカの射程圏まで逃げ込んだ。
あいつの目が届く範囲なら、大抵の攻撃は撃ち落としてくれる。
社長たちの姿を見つけると、力場を操って制動をかけ、慎重に地上へ舞い降りた。
『お二人ともご無事ですか?』
『隊長殿。例の件、忘れてませんよね?』
エレナとマキナが揃って俺を出迎えてくれる。いや、約一名は報酬を要求しにきただけだが。
「俺は何ともないぞ。ミーナ、お前はどうだ?」
『えぇっと、特に異常はありません……?』
「不安の残る言い方だな……あとで検査くらいは受けろよ」
あとになって突然倒れられたら適わない。せっかく、救い出せた。こうして、守りたいものを守り抜けたのだから。
だから、そのあとの責任は全て俺が引き継ごう。
『ソウハ……分かってるかと思うが……』
社長ことタマキが、わざわざ他のヤツに聞こえないように通信を寄越してくる。
「覚悟の上だ。ただ、今回の件は俺の独断だから、他のヤツらは巻き込まないでやってほしい」
『それ、あんたの仲間らが聞いたらブチ切れるで』
「もしかして、あんたもか?」
『そんなわけあるかいな。せいぜい、盾速のお偉いさんに告げ口しただけや』
「俺のキャリア、終わったじゃねぇかよ」
この百瀬民間軍事会社は盾速の子会社であり、というか厄介者の掃き溜めである。実質的に、社内での俺たちの行く末は盾速の上層部に握られているわけである。
『ま、そこまで深刻に構えることもないけどな。覚悟しときぃ、あの人は曲者やでぇ』
「誰に漏らしたんだよ!? まさか、あんた以上の厄介者じゃないよな!?」
『それは会ってみてからのお楽しみや』
何とも不穏極まりない、タマキの台詞。その意味を俺が思い知るのは、盾速国際警備の本社に呼び出された日のことだった。
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