終わらない戦いの狭間で④

 この世界を変えたのは一人の天才だったという。

 二十年前、米国の研究所が爆発して東海岸が吹き飛んだ。

 なんでも、その研究所では人造の素粒子が生成されていたらしい。そいつは世界中にばら撒かれ、やがて各地のパワースポットへ――我が国の場合はこの北の地に、集結した。

 のちに人工光素と呼ばれたその粒子は、出所の分からない莫大なエネルギーを帯びていた。それを取り出し、無限のエネルギー源へと転じたのが五百蔵開明という男だった。光素の集合体を閉じ込めて霊脈炉という形で実用化したのだ。

 開明はその発明をもって戦場の常識を塗り替え、第二次日中戦争においては我が国を勝利に導いた。

 けれど今やその名は、裏切り者の代名詞へと落ちぶれている。関連技術をロシアに漏らして、今にまで至る戦乱を引き起こしたせいだ。

 ついでにミーナの収集癖にまで火をつけたのだから、俺としても怒りを禁じえない。


「……で、なにか言い訳はあるか?」


 意図的に照明を絞った、ひそやかな店内。客足はまばらだが、掃除は行き届いている。

 そこは、少々苦みの強いコーヒーと豊富な酒が売りのカフェ・バーだった。この辺りにしては落ち着ける店で、暇なときにはよく立ち寄る。

 社長たちに宴会料さえ巻き上げられていなければ、好きに酒を頼めたんだがな。

 今は懐が寂しい。俺は安物のウィスキーをダブルで、ミーナにはミルクティーを頼んだ。

 けれど注文の品が到着しても、彼女は自らのカップに手もつけず、居たたまれなさそうに俯いている。


「うぅ……あの、申し訳ありません」

「謝るくらいなら、なんであんなことを」

「あんなふうになりたかったわけじゃなくて」

「そりゃ、なりたくてあんなふうになってたら病気だよ」


 自分の見た目を考えろってんだ。

 染めただけでは真似できないブロンドヘアー、何もかもを見透かすような灰色の瞳。

 どちらも日本人離れしていて、町中を歩くだけで人目を引く

 ましてや、この戦争の最前線でこんな時間帯に出歩けば、誰に目をつけられてもおかしくない。


「別に怒ってるわけじゃないよ。自分の身は自分で守れって話だ」

「はい……だけどわたしって、なんでこんなに弱いんでしょう」


 落ち込んだミーナを見ていると、なんて声をかければいいか分からなくなる。

 こいつは、変わり者部隊の一員だとは思えないくらい殊勝なヤツなのだ。付き合っていると俺まで調子が狂ってしまう。

 本当なら、俺なんかとは住む世界が違う人間なのかもな。


「どうやったら、ソウハさんみたいに強くなれるんでしょうか?」

「そんなもん知るか。俺だって好きでこんなふうになったわけじゃない」


 気がついたら、なっていたんだ。こんなどうしようもない有様に。

 大切だったものを何一つ守れず。


「俺が強いわけあるかよ」

「そんなことないです! だってソウハさんは最後までやられなかったじゃないですか! あんなに強かったら模擬戦にだって……」

「それは俺が場慣れしてるってだけの話だ」


 この傭兵部隊に所属するより以前から、俺は魔導鎧装を身に纏って実戦を生き抜いてきた。その経験値だけが、俺に強さと価値を与えている。


「というか、今あの模擬戦の話は関係ないだろ?」

「……え? だって今は模擬戦の反省会をしてるんですよね?」

「いや、そんな話は……」


 ――ううん?

 ここに来て、俺はようやく深刻な話のズレを認識するに至った。


「よし、話を少し整理するとしよう。俺が怒ってたのは、お前がひょっこり出かけて物騒な界隈を練り歩いていたからで……」

「では、自分を知れというのは……?」

「自分の外見を考えろって話だ」

「つまり模擬戦のこととは何も関係ないんですね」


 当たり前だった。

 あの件はそもそもこいつだけの責任じゃないし……というか、それも伝えてやらなきゃいけないのか。

 何とも気の滅入る話だ。


「あの、私、ちっとも役に立てなかったから、それで怒られてるんだって」

「勝手に話を進めるな。あれは、お前とうまく連携を取れなかった俺の責任だ」

「だけど私だって仲間で、ただ守られるだけなんて……っ」


 全く、真面目なヤツってのはどうしてこう面倒くさいんだろう?

 他人のせいにしたってバチが当たるわけでもないだろうに。

 何か慰めの言葉をかけてやるべきなんだろうが……、素面じゃとても言えやしなかった。

 グラスの中身を流し込むとミーナに向き直る。


「お前、自分のセリフをもう一回言ってみろ」

「はい? えっと、わたしは、わたしだって仲間で、ただ守られるだけじゃ――」


 そこで俺はミーナのセリフを遮った。


「そうだ、そこだよ」


 首を傾げるミーナに、俺はどこから切り出そうかと頭を悩ませる。

 なにせ、こんなふうに誰かを励ますのは俺のガラじゃない。それでもやると決めたんだ。

 俺は覚悟を決めると、真正面から灰色の双眸を見つめる。


「いいかミーナ? 俺たちは仲間だ。一つのチームなんだ。同じものを背負って別々の役割をこなしている」


 ミーナはその高い感応率を買われて隊長に引き込まれた。俺のように戦場を渡り歩いてきた人間と違って、戦闘が得意なわけではない。

 だから彼女の役割は敵機の撃破ではなく、その探知である。

 霊脈炉にはほぼ排熱がなく、通常のレーダーではその接近を感知できない。代わりに光素を放ち続けるため、彼女は自身の鎧を通して敵機の存在を感じ取れるのだった。

 それはミーナだからこそなし得る、彼女だけの役割だ。


「あのとき、俺はお前の護衛を優先すべきだったんだ。お前がいなけりゃうちの戦力は半減するからな」


 ミーナの索敵能力は唯一無二といってもいい。

 その能力は間違いなく部隊の命運を左右する。

 それなのに、彼女を狙わせてしまった俺の責任は大きい――というより。


「謝らなきゃいけないのは俺のほうだ」

「はい?」


 ミーナは大きな灰色の双眸をばちくりとさせて首を傾げる。


「模擬戦だからって気を抜き過ぎてた。お前だけは狙わせちゃいけなかったんだ」


 戦闘能力の低い彼女が標的にされれば生き延びられる見込みは薄い。

 勝ち負けなんかどうだっていい。俺自身が生き延びられるかどうにだって興味はない。

 でも一つだけ、仲間がやられるのだけは、防がなくちゃならなかったのだ。

 たとえ、他のどんなものを犠牲にしてでも。


「いいかミーナ、お前は絶対に生き延びろ。何が何でも、俺を見殺しにしてでも死んだりなんてするな」

「ひどいことをおっしゃるんですね」


 その自覚はあった。けれど自分が死ぬだけなら、大して怖くなんかないから。

 ミーナは曖昧に苦笑しながらもそれ以上突っ込んでこようはしない。

 だから俺も話題を切り替える。


「で、お前の例の趣味のことだが……」


 そうだ。問題は彼女の収集癖のほうなのだ。


「どうにかならんのか?」

「ごめんなさい」


 即座に“いいえ”の代わりの“ごめんなさい”が返ってくる。

 そんな彼女の隣の座席には不格好な円盤のような金属塊が据え置かれていた。

 分厚く膨らんだ中心部分から無数の接続端子が伸びている。旧式だが劣化はしていない。

 あれが俺たちが乗る魔導鎧装の心臓部、霊脈炉であった。


「そんなもんを集めてどうするつもりだ、いったい?」

「えぇと、特に目的があるわけではないのですが……」


 ミーナは隣の霊脈炉にそっと小さな手のひらを重ねる。


「知っていますか、ソウハさん? 霊脈炉の中に何がいるのか」

「中身なら知ってるが、“いる”って表現は初めて聞いたな」


 霊脈炉の内部には大量の人工光素が封じ込められている。より正確には、その集合体が。

 人工光素は米国の研究所が作り出した人工の粒子であり、周囲のエネルギーを無尽蔵に吸収する特性を持つ。

 その特性に従って周囲のエネルギーを取り込み、物質化した光素は“核霊”と呼ばれていた。それこそが霊脈炉の中核なのである。


「霊脈炉……いえ、“核霊”にはみんな少しずつ個性があるんです。かすれて消えそうなほど薄っすらとしたものですが」


 個性、ねぇ。

 少なくとも俺に感じ取れるものではない。

 しかし並外れて高い感応率を誇るミーナにならば、あるいはそんなことも可能なのだろうか。


「もう。信じてないって顔ですね」

「そりゃ、俺には何も感じ取れないし」

「だとしても長らく、この子たちと戦い続けたソウハさんになら感じ取れる瞬間があったはずです。この子たちの中に脈づく意思を」

「お前、たまに難しいこと言うよな」


 言われたところで思い返してみても、意思と呼べるほどはっきりとしたものを感じ取れたことはない。

 ただ……そうだな。意思というよりは、欲望って呼んだほうがしっくり来るだろうか。あいつから強烈な衝動を感じることはある。

 あれがミーナの言う、意思ってヤツなんだろうか。


「この子たちは自分を見失いかけています。だからわたしたちの想いを真似るんです。そうすることで自分の“カタチ”を思い出そうとしている」

「ま、お前らしい考え方だと思うよ」


 別にバカにしているわけではない。

 このどこか浮世離れした少女は、いつも彼女にしかない感覚で真実を探り当てる。

 周りの誰かが唱える常識よりも自身の直感を信じているのだ。


「む。やっぱりソウハさん、信じていませんね?」

「別に疑ってるわけじゃないよ。お前は嘘をつけるような性格じゃない」


 そう告げるとミーナはむず痒そうに頬を緩める。

 嬉しそうで、けれどそれを認められない。

 単純なようだが意外と面倒くさい性分の少女なのだった。

 ……ま、それはそれとして。


「で、そいつが目当てでお前は闇市を巡ってるってわけか」

「ち、違いますよっ? 私は違法な霊脈炉を回収しようと……」

「お前がそんな苦しい言い訳するとはな」


 ぴしゃりと言い捨てるとミーナは口をもごもごさせる。

 言いたいことはあるのだろうが、彼女はそれをうまく言葉にできないようだった。


「ダメとは言わないが、俺にまで迷惑をかけるな」

「……うぅ、ごめんなさい。今度からはもう少し控えます」

「そうだな。せめて、出かけるときは用心棒の一人くらい連れて行け」


 俺が言うと怪訝そうにミーナは眉をひそめる。


「用心棒、ですか……? そんなの誰が」

「探せ。どうしてもいなかったら……そうだな。俺を連れ出せばいい」


 そういうとミーナは一瞬を目を見開いて、それからくすくすと笑い出した。


「なんだよ?」

「いえ、なんだか気が抜けてしまって」


 こいつの考えてることだけは分からん。

 俺は話を打ち切ろうと、グラスの中身で喉を灼いた。

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