喪われた日々②
「ダメだタトミさん! やめろ!」
ブースターを全開にして、一騎の“ミカゲ”が駆け抜けていく。彼の行く末には六本腕の化け物が立ちはだかっていた。
機動要塞“ティラン”。
九基の霊脈炉とそれらが発生させる無敵の力場を備えた、俺たちの破壊目標である。
「一人で“ティラン”がやれるわけないだろ! 死ににいくつもりか!?」
『だからってこのままじゃ埒が開かん! 俺が隙を作る!』
タトミさんの“ミカゲ”が接近すると“ティラン”は四本脚で地べたを掻き毟り、彼に向き直った。
その顔に貼り付けられた三つのカメラアイが俺の仲間を捉える。
――六本の腕が一斉に蠢いた。それぞれに携えた重火器が一斉にタトミさんを照準する。
「こんの……!!」
有り余る怒りと焦りを張り巡らせて、全身のブースターを点火した。そこから噴き出した炎が俺を押し出す。
間に合ってくれ……!
景色が目まぐるしく過ぎ去り、“ティラン”の頭上に飛び出した。そこで身を翻すと眼下の“ティラン”を睨み付け、腰部にマウントされた大太刀の柄を握り締める。
対光素化兵装“フツノミタマ”。
刀身を循環する光素によって、あらゆる装甲と力場を断ち切る“ミカゲ”の主兵装である。
その光り輝く刃を抜き放ち、それと同時にブースターを再点火した。その加速度と共に、刃を“ティラン”に叩き付け――
「――ぐっ……!?」
切っ先が、装甲に触れる寸前で押し返される。見えない壁に弾き飛ばされる。それどころか、体そのものが跳ね除けられた。
無防備にも体が中に浮かび上がる。その隙に、視界の隅を“ティラン”の腕が駆け巡った滑空砲が百五十ミリの砲口を突き付けてくる。
――逃げられない。
今更そう気づいても、もう遅い。
衝撃に身構えた瞬間、肩を掴まれた。鎧に覆われたその手が、俺を背後に引きずり下ろす。
『隊長さんよ! ボケッとしてるな!』
聞き慣れた仲間の声。
地べたに叩き付けられた俺の前に、タトミさんの“ミカゲ”が立ち塞がる。
『ここは俺に任せろ!』
“ティラン”はすぐさま狙いを変えて、タトミさんに照準を定める。
「何やってんだ逃げろ!?」
『そうしたいのは山々だがな!』
タトミさんは苦笑しながら吐き捨てる。つまり彼はこう言いたいのだった。
今さら逃げ切れるような間合いではない、と。
俺か、タトミさんか、どちらかが標的になることでしか生き残れない。
『ここらが潮時らしいな』
「待ってくれ! 俺を残して逃げれば――』
『そいつはできない相談だ。けどな、俺だって、タダで死ぬつもりはねぇ!!』
タトミさんは自らの大太刀を抜き放っていた。その柄を両手で握り、水平に構えると“ティラン”の脚を睨む。
狙い定めるは関節部。
深く踏み込むと彼の足が大地を踏み砕き、雄叫びとともに渾身の力を叩き込む。
『ぐォおおおおおきおお……ッ!!』
当然ながら、その刃は力場を貫通できない、はずだったのに。
『――ここが意地の見せ所だぁッ!!』
その雄叫びに応じて、タトミさんの背で霊脈炉が輝きを増した。全身の霊脈を伝って刀身に光素を送り込む。
溢れ出さんばかりの光を纏って、刃は力場を貫いた。その奥の装甲も寸断して、“ティラン”の脚に食い込む。
そしてそこまでが限界だった。
“ティラン”の腕の一本が、“ミカゲ”の首を掴み上げる。タトミさんはもがいたけれど、そのまま頭上にすくい上げられた。
ダメだ、助けないと――
俺がどうにか体を持ち上げた瞬間、“ティラン”が砲を撃ち放つ。立て続けにタトミさんの“ミカゲ”は爆炎に呑まれ、そのたびに体がねじ曲げられた。
「ダメ……だ、こんなの……っ」
『タイチョー! しっかりして下さい!』
通信が届く同時に、腕を引かれる。千尋がいつの間にか、俺のそばまで近寄っていた。
彼女の声で正気を取り戻し、引きずられるまま後退していく。
「すまん、チヒロ。俺はタトミさんまで……!」
『だからって、タイチョーが死んでいい理由にはなりません!』
俺の手を引く“ミカゲ”、それを纏った少女は、チヒロは苦々しげに呟く。
『分からないんですか? ここでタイチョーが死んだら、タトミさんの戦いまで無駄になるんです! 最後まで諦めないで下さい!』
その通りだった。
もう何人も仲間をあいつに奪われた。これ以上、誰も喪うわけにはいかない。
俺が逃げるわけにはいかないのだ。
仲間たちが散り果てた意味を証明するために。
「そうだな。こんなんじゃ、あいつらに顔向けできねぇ……!」
『はい。あたしたちはタイチョーの一太刀を届けるためにここまで戦ってきたんです!』
あとから思い返せば、それはあまりにも重く取り返しのつかない言葉だった。
『あたしが先陣を切ります! 援護して下さい!!』
チヒロ機が全身のブースターとスラスターから炎を吹き上げ、砂煙を巻き上げながら突貫する。
『あたしがバリアに隙を作ります。タイチョーはそこを狙ってください!』
「隙なんかどうやって!?」
『あたしが“ティラン”の霊脈炉に直接干渉します!!』
その方法には薄々気がつきながらも口には出せずにいた。
だって被弾覚悟で“ティラン”に張り付く必要があるのだ。
「危険過ぎる!! よせッ!」
『分かってるはずです!! 手段を選んでられる状況じゃありません!』
「それは……!」
事実だった。俺は無力だ。
慕ってくれた部下たちをまるで守り切ることができなかった。
『大丈夫です! 何があってもタイチョーはあたしが守りきります!』
違う、俺が守るはずだったんだ。
だから誰よりも前に出て、片っ端から敵を叩き切って――
『――信じて下さい! そして、戦い抜いて下さい!』
チヒロは目の前を赤く染める砲火にも怯まなかった。紛れもない死地の中へ迷いなく飛び込んでいく。
後の魔導鎧装の配備と運用に決定的な影響を与えた旭川奪還作戦。
試験的に投入された“キビツヒコ”と“ニギハヤヒ”は華々しい活躍を遂げ、盾速の主力部隊に制式採用された。
そこに、一機を残して小隊が全滅した“ミカゲ”の居場所はなかった。
*
「――……ッ」
目覚めた途端、過去の幻が記憶の底へと沈んでいく。
それと引き換えに意識は冴え渡り、朝の光が目に染み込んできた。
また昔の夢を見ていたのか。
わかっている。あれはもう終わったことだ。何度思い出したって何も変えられはしない。
けれど久々にかつての一幕を見せつけられたせいで、暗く重たい後悔が胸の中にわだかまっていた。
もう一眠りしたら忘れられるだろうか?
そう思って目を瞑ったけれど。
「ソウハさん! ソウハさん!!」
扉がしきりに叩かれて、女の子の……というかミーナの声が俺を名をしきりに叫ぶ。
彼女の焦り具合からして、ろくな事情ではなさそうだった。
「入っていいぞ」
俺がそう伝えると扉が突き破られそうな勢いで開け放たれる。
殺風景な男の一人部屋に、華やかな少女が文字通り転がり込んできた。
「大変なんです!」
顔を上げたミーナは俺と目が合うなりそんなことを叫んだ。
大変なこと自体は察しがついていたが、まるで事態が飲み込めない。
「だから大変なんですってば!」
「待て待て落ち着け。確かこの辺に……」
俺は壁に吊り下げていた巾着袋を掴み取るとその中身をまさぐった。
詰め込んであるプラスチックの小袋をつまみ上げるとミーナに放り投げる。
彼女は大げさな仕草でそれを受け止めた。
「わわ……って、これは?」
「ただのチョコだよ。それ食って頭冷やせ」
俺の部屋には安くて保存のきく駄菓子が買い置きしてある。
別に俺自身、甘味を好き好んでいるわけではないのだが……ただ、昔の知り合いに甘いものを好きな奴がいて。
そいつの口をふさぐのに好都合だったのだ。
「は、はい……ぅむ、甘いです」
「だろうな」
未だに慌ただしいものの、ようやく本題に入れそうだった。
「――ってこんなことしてる場合じゃないんですよ! やってきたんです!」
「何がだ?」
「敵……ロシア軍です!」
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