焼け付く大地に剣は舞い踊る①

 なんでミーナはあんなにも説明下手なのだろう?

 輸送機の振動に身を任せながら物思いにふけっていた。

 旧旭川市には、世界中を見回しても最大級のパワースポットが存在している。

 俺たちが背負う霊脈炉はそこで生まれ、同時に俺たちが戦う理由もそのせいで生まれた。

 すなわち、経済面でエネルギー資源に依存していたロシアが侵攻してきたわけである。

 日本は一時司令部を落とされ、半ば近くまで北海道を踏みにじられた。それをどうにか奪い返したものの、日本側に反撃の余力はなく、こんな硬直状態に陥っているわけである。

 今回は露軍の斥候が見つかったらしい。俺たちは、その迎撃部隊の援軍として戦地に赴いていた。

 話を聞いた限りだと、それほどの激戦は待っていなさそうだが――


「先に言っとくけど、勝手に死ぬことは許さんで」


 くぐもった声に意識を引き戻される。

 掴みどころのない、方言まじりな女の声。

 我らが社長、百瀬タマキは何やら俺に物申したいようだ。


「どういう意味だ?」

「とぼけるなや。あんた死にたがってるやろ」

「なんで俺が死ななきゃならないんだ」


 言いながら、むず痒くて身を揺する。

 魔導鎧装とその装着者は空輸で戦地まで運ばれる。

 俺と社長は魔導鎧装を身に纏った姿で輸送ヘリに積まれていた。

 この狭いキャビンで食えない社長と二人きりなのだから溜まらない。


「理由なんて知らんわ。ともかくあたしは、あんたを仲間に加えるか最後まで迷ってたんやで」


 その割には、結構しつこく勧誘されたのだが。


「死にたがってるやつは信用できないってか?」

「当たり前やろ。あんたが着てるそれやってタダじゃないねん」


 つまり、せっかく調達した兵器が台無しにされては敵わない、という理屈らしい。確かに“ミカゲ”はそうそう手に入れられる代物ではない。

 とは言え、もう少し人情味のある理由を持ち出して欲しかったもんだが。


「それならどうして俺を引き入れたんだ?」

「そうは言ってもあんたの腕が惜しかったのと……それから、ミーナがうるさくてな」


 ミーナだと?

 なんであいつの名前が出てくる。


「別に、大した事情なんかなんもないで。ただあの子がしつこかったねん。あんたには居場所がないはずやって」

「……大きなお世話だ」


 本当に、大きなお世話だった。

 旭川防衛戦で、俺は率いていた仲間の全てを喪った。その自責と、周囲からの批判に耐えきれず何もかもを投げ捨てて逃げ出したのである。

 そこで腐っていた俺を拾い上げたのタマキであり、彼女が社長を勤める百瀬民間軍事会社だった。


「ま、そういうなや。百瀬に入社するんは、ウチにもあんたにもそれなりにメリットがあったはずや。違うか?」

「ほんと、口だけは達者な女だな」


 世話になった自覚はある。あのまま放り出されていたら俺はきっと腐り果てていただろう。

 それでも、理解されている、などとは思いたくなかったのだ。

 あの頃の苦しみも、罪の意識も、俺がひとりで背負い続けるべきものだから。


「あんた、ほんまに面倒くさいな。そこは素直に浮かれとけばええのに」

「ガラじゃない」


 語気を強めて会話を打ち切る。

 別に俺だって他人の厚意を喜べないほどねじ曲がってはいない。けれどそれを人に見せるのかは別問題だった。


「つーか、少し休ませてくれ。なんで、あんたのおもちゃにならなきゃならん?」


 白旗を揚げながら嘆息する。全く、傍に居るとまるで気が休まらな――


「――ぐッ!?」


 頭のすぐ近くで目も眩むような衝撃が弾けた。体ごと視界が上下に揺さぶられる。


「何が起きた!?」


 状況説明を求めたものの、操縦席からの返答はない。


「やられた! コクピットから返事があらへん!」


 何が何だかよく分からないまま機体が左右に激しく揺れる。操縦不能に陥っているのは間違いないようだ。


「こうなったらしゃーないわ。飛び降りるで!」

「正気かよ!?」


 一応、この乗機には緊急時の備えも用意されている。魔導鎧装の装着者側から鎧の拘束を解除して、脱出することも不可能ではない、のだが。


「障壁がまだ閉じてるぞ!」

「泣き言を言うなや! あたしが消し飛ばしたる!」


 我等が社長は相も変わらず頭のネジが一つ残らず弾け飛んでいる。けれど一度やると言った以上、こいつは何が何でも実行する女なのだ。


「耳は塞いどきぃや!」

「無茶言うな!」


 俺の悲鳴など素知らぬ様子で機動したタマキの“キビツヒコ”が上体をもたげる。その手に握られているのは魔導鎧装に向けにグリップを改造した五十口径の機関銃である。生身の人間には到底扱える代物ではないが、魔導鎧装にとっては標準的な口径だった。

 霊脈炉の搭載機に通常兵装は通じない。励起状態の人工光素を纏わせる必要がある。その機構を組み込むために自然と弾薬も大型化したわけである。


『派手にぶちかますでェッ!』

「待て! ちょっと自嘲し――」


 ろ、とまでは言い切れなかった。

 俺が口を差し挟む暇もなく砲口が火を噴く。

 障壁が弾け飛び、荒れ狂う乱気流が機内に流れ込んできた。それに巻かれて、というよりは自ら、タマキは機外に飛び出していってしまう。

 さすがは我らが社長だ、どうかしている。

 ぼやく俺をしり目に、機体が大きく傾いた。


「ぐぉッ、と!? こりゃ、いよいよ限界っぽいな!」


 どうやら俺も他人事ではいられないらしい。このままだと輸送ヘリごと地べたに真っ逆さまである。

 そこで思いつく解決策と言えば……悲しきかな、俺も社長と同類のようだった。


「ったく、締まらねぇな!」


 叫びながら待機状態だった霊脈炉を賦活する。各部のアクチュエータとそれらを統括するコンピュータに動力が周り、“兜”の内側に再構成された周囲の光景が浮かび上がった。

 視界の隅に表示されたバロメータから鎧に異常がないことを確かめる。

 よし、これならすぐにでも出れる。

 俺は鎧の腕を持ち上げて手元のレバーを探り当てた。安全装置を引き千切り、そいつを押し込む。

 各部の拘束具が外れて、ガクリと体が沈み込んだ。


「さぁて、行きますか」


 俺は“ミカゲ”の手足を突っ張って巨体をよろよろ持ち上げた。生身の肉体にも異常らしい異常は見受けられない。

 ならば迷っている暇はなかった。

 光素の流れを意識して、全身の推進器に集中させる。そこから一挙に噴き出した炎に押し出されて、硬質な足元を蹴り飛ばした。

 重たいはずの体が一瞬で推力にさらわれて機外へと飛び出す。


「うおおおおおッ! たけェえええええええ!!」


 目の前に広がるのは蒼い空、そして遙か眼下に広がる荒廃した大地。生身ならば確実に死を覚悟する場面だが。


「ギリギリ何とかできる……よな?」


 直後、背後で特大の爆発が巻き起こり、大気を軋ませた。炎に包まれたヘリが、制御を失って墜落していく。

 俺のほうも“ミカゲ”ごと爆風に吹き飛ばされ、上下左右に何度も振り回された。平衡感覚が揉みくちゃにかき混ぜられる。

 目まぐるしい混乱の中で、俺が意識したのは自身の背部にある霊脈炉だった。そこから溢れ出す光素に自身の意志を通わせて、重力に干渉する。この世の理を踏みにじる。


「――よし、これで行ける!」


 飛行と呼べるほど華麗ではなかった。けれど落下する体を制御して、その速度と方向を思うがままに操る。

 “核霊”がもたらしたのは文字通り魔法のような力だった。絶体絶命の状況すら、物理法則ごと書き換えてみせる。

 そうして落下速度が落ちた途端、圧し潰された空気の悲鳴が鼓膜を引き裂いた。上空から放たれた空対空ミサイルが目と鼻の先に迫る。

 身構える暇すらなかった。ミサイルは眼前で炸裂して、その威力と爆風が解き放たれる。

 世界は一瞬で紅蓮に染め上がり、爆炎が青空を焼き払った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る