焼け付く大地に剣は舞い踊る②

 炎と衝撃が過ぎ去り、開けた空に飛び出す。火花と黒煙を散らしながら、痛みも衝撃も俺には届いていなかった。

 魔導鎧装を打ち破れるのは光素化兵装だけだ。

 霊脈を通じて全身を循環する光素が、その他のあらゆる武装を遮断してしまうのである。

 それでも念の為、追撃に注意しながらも眼下の大地に目を向けた。

 荒れ果てた街が森林に呑まれようとしている。かつて戦場と化したこの一帯にはよくある景色だった。

 そこに展開しているのは“キビツヒコ”を中心に構成された魔導鎧装の小隊である。

 “キビツヒコ”が七機、後方に“ニギハヤヒ”が二機。

 ――何かおかしい。

 

「数が少なすぎる」


 魔導鎧装の部隊は同型の纏い手が三人で分隊を組み、それがさらにいくつか合わさって小隊を成す。

 少なくとも“キビツヒコ”はあと二機、“ニギハヤヒ”ももう一機が前線に出ているはずだった。

 まさかもうやられたのか?

 戸惑いながら視線を彷徨わせていると森の中が不自然にざわめく。それが収まると同時に砲声が轟き、木々が一直線になぎ倒された。その終着点にいた“キビツヒコ”が弾かれ、吹っ飛んで廃屋の中に叩き込まれる。

 そこへ立て続けに弾が撃ち込まれ、埃と煙を散らしながら瓦礫の山に沈んでいった。

 残りの友軍が逃げ惑う中、木々の陰から銃火の主が姿を現す。


「あれは――」


 森林迷彩が施された鋼鉄の巨人。

 魔導鎧装と同様に霊脈炉を動力としており、一機につき一人の装着者、というよりは操縦者が乗り込んでいる。

 鎧というよりはロボットに近しいそいつは、ロシア軍の陸戦における主力兵器“ヴェルカン”だった。

 あれは今までに何度も葬ってきた相手だが。


「……なんだ、ありゃ?」


 そいつは未だかつて見たことのないフォルムをしていた。

 まず背面に、追加の霊脈炉を内蔵したジェネレーターを背負っている。完全な外付けらしく“ニギハヤヒ”の増設ジェネレーターと比べれば随分と不格好だが、だからこそ見間違いはないと思う。

 そして左肩部に取り付けられた、平べったいドーム状の装置。その外観から、ほとんどの人はすぐには機能を推定できないだろう。

 けれど俺は、俺だけは違った。


「なんであいつがあんなモンを持ってる?」


 ほんの一年半前に起きた最大級の地上戦、そこで俺が率いていた部隊にはある敵兵器の破壊が命じられていた。

 当時から今に至るまで最も巨大な霊脈炉搭載機、機動要塞“ティラン”。

 その最大の特徴は機体全体を覆う絶対の防御能力である。

 霊脈炉搭載機は人工光素の力場を周囲に展開する。そこへ干渉できる光素化兵装だけだ。

 しかし“ティラン”が展開する力場はそれすらも防いでしまう。単純に出力が高すぎて、大半の光素化兵装が意味をなさないのだ。

 事実、一年半前の防衛戦では一発の銃弾もヤツに届きはしなかった。その一方的な攻撃に仲間の多くが散っていった。

 そして現在、俺の前に現れた“ヴェルカン”が左肩に装備しているのがはその力場の発生装置と酷似していた。小型ではあるが機能面にそう違いはあるまい。


『――ダメだ、抑えきれない! 増援はまだか!?』

『また通信が途絶えたぞ! さっさと撤退させろ!』


 ようやく味方の声が聞こえてくるようになる。 

 恐らく攻撃が通じずに混乱したところを狙い打たれたのだろう。

 “ティラン”との戦闘を経験した兵士なんてほとんどが生き残ってはいない。狂乱状態に陥っても無理らしからぬことだった――などと呑気に構えてられる場合ではなかった。

 枝葉の陰から“ヴェルカン”が頭をもたげる。そこで蠢くカメラアイと無数のセンサーが、無防備に降下する俺の姿を捉えた。


『おい、そこの浮かんでるヤツ! お前そのままじゃ……!』


 友軍も、俺の存在に気づいたらしい。


「分かってるっての!」


 死の予感が冷たい波のように押し寄せる。

 体を鈍らせる恐怖と逡巡を振り切って、腰部にマウントされた長刀に手をかけた。

 頑強な装甲とゴワゴワしたインナーアーマー越しに、飾り気のない柄を握り締める。

 この大太刀は、どんなものだって切り裂いてみせた。――俺が大切にしていたものさえ。

 だから、今度だって!


『撃たれるぞ! 避けろ!』


 地に足もついていないのに、どうやって避けろって言うんだ?

 俺は不満を言う代わりにじっと身を固めて、動くべき、その一瞬を待った。

 そして空気がうねり、大気が捩じ切れるより半瞬早く刃を抜き放つ。

 溜め込んでいた力のままに斬り上げ、振り下ろし、体ごと横ざまに振り抜いた。

 重たい手応えが一度、二度、三度と過ぎ去って、噴煙の中を突き抜ける。

 再び視界が開けても大振りの白刃は変わらず輝き続けていた。


『おい!? 無事なの――』

「――黙ってろ!」


 落下速を大太刀にのせて、一直線に流れ落ちる。

 その切っ先で相手の肩口を捉えると、刃を押し込み、切り開いて、“ヴェルカン”の脇を通り抜けた。

 そのまま着地して、砂煙を巻き上げつつ勢いを殺す。

 やがて足が止まると同時に、背後で爆炎が噴き上がった。


『おい見たか、今のあれ!』

『あの化け物が爆発しやがった!!』

「いちいち騒がしいやつらだな」


 こいつ一機をやっただけじゃ、まだ戦闘は終わらないだろうに。

 全身の緊張を吐息とともに吐き出すと、大太刀を腰部のジョイントに収めた。

 対光素化兵装“フツノミタマ”。

 刀身を循環する光素によって、あらゆる装甲と力場を断ち切る“ミカゲ”の主兵装である。


『こちらからも見えましたよソウハさん! 無事だったんですね!』


 待ち構えていたようにミーナからも通信が入る。


「あれくらいじゃ相手にならねぇよ」

『はい! 生きててよかったです!』

「…………」


 彼女の関心は俺の戦果よりも、ただ生きていたことだけに向けられているらしい。


『どうかしましたか?』

「いや。それより社長はまだ生きてるのか?」


 なにをやっても死ななそうな女ではあるが。 


『もちろん生きとるで。あんたの活躍、ばっちり見とったわ! カッコよかったなぁ!』

「素直に喜べねぇな」


 何か裏がありそうで。


『いひひっ、そう警戒するなや。それよりあんたに急務や』


 うちの社長からの急務など、面倒ごとに決まっている。

 平時なら即刻断っているところだが。


「何をすればいい?」


 迷ってる暇はなかった。


『あぁ。あんたが倒したタイプの“ヴェルカン”やけどな。あたしらには手出しができへんねん。やから、あんたに処理を任せたい』

「……まだ他にもいるのか」


 あの力場の発生機は決して安くない装備だろうに。


『あと一機だけな。それからハルカ』

『……なに?』


 少女の気怠げな声が返る。


『あんたはソウハの援護に回り。敵を撹乱するだけでもえぇ』

『なんでそいつ、まだ生きてるの……』


 例によってハルカの言葉は辛辣だった。こんな態度だが、命令にだけは忠実なので背中を撃たれたことは一度もない。

 さて、出陣の時間だった。


「おいミーナ。次の獲物はどこにいる?」

『見つけました! 表示します』


 目の前に広がる山林には、折れた木々や装甲の破片など生々しい戦闘の痕跡が残されていた。

 そこに情報が上書きされ、あらゆる地形をすり抜けて目標の姿が表示される。そいつを捕捉すると、距離や機種といった関連情報が付与された。

 ちなみに相手からはこちらの姿が見えていない。規格外の感応率を誇るミーナがいるからこそできる芸当である。


「助かる。これでなんとかなりそうだ」

『いえ。ソウハさん、ご武運を』

『準備ができたなら早くして。手間取ったらお前を撃つから』

「勘弁してくれ」


 ハルカの声に急き立てられて、地を蹴った。生い茂る木々の隙間に飛び込んでいく。

 “ミカゲ”は本来、機動力と装甲を最大限に利用して敵の懐に入り込む機種だ。

 こんな自由に動き回ることもままならない地形では本来の性能を発揮できない。

 けれど、そんな不利も覆せるほどにこの傭兵部隊の力はずば抜けていた。


『私が動きを止める。お前は最速で敵に接近して』


 言うなり山を一つ超えた先で砲が一斉にうなりを上げる。

 立て続けに連なる砲声を、無数の爆発音が塗りつぶし、レーダー上の“ヴェルカン”が足を止めた。

 そのいずれもが致命傷とはなり得ない。しかしその足元から巻き上げられた土煙と爆風が、やつの視界を封じてくれる。


「こっちも働くか」


 陽動はあれで十分だ。あとは敵の注意が引きつけられている間に目標を破壊できるかどうか、そこに全てがかかっている。

 怯える必要も迷う必要もない。ただ目の前の目標を叩き切るだけ。

 レーダー上の表示を頼りに、相手との間合いをはかりつつ斜面を駆け上る。

 木々の間隙を抜けて頂上で折り返し、今度は下り坂へ。

 ハルカによる砲撃の着弾音が急激に間近へと迫り、それが止むと同時に目の前が開けた。

 そして眼前に現れる巨大な人型、ロシア製の霊脈炉搭載機“ヴェルカン”。

 そいつが両手に構えた機関銃を振り回そうとした。

 その砲身をくぐり抜けて、ただ敵の懐へ、必殺の間合いへ。

 ブースターを全開にすると“フツノミタマ”を抜き放ち、“ヴェルカン”の胴に叩きつける。

 擦れ合う切っ先から金属の悲鳴が轟き、火花が舞い散った。腕にずしりと重みがのしかかるが、それすらも刃は切り開く。

 一瞬の交錯を経て、“ヴェルカン”の背後に着地した。振り抜いた刃は真っ直ぐに視界の正面を捉える。

 やがて巨体が動きを止め、低く駆動音を唸らせながら崩れ落ちた。


『“ヴェルカン”の反応消失を確認。やりましたね、ソウハさん!』

「なんとかな」


 俺は溜め込んだ空気を吐き出しながら、太刀を腰に収める。

 するとすかさずハルカからの通信が飛び込んできた。


『やったの……?』

「あぁ。あとは雑魚を片付けるだけ――」

『――待って。近くに敵がいる。こいつは……!』

「あ? おい、今どこにいる!?」

『この……っ、くっ! 銃撃がきかない!』


 通信が銃声にかき消される。


『ソウハさん! 新たな反応が……同型の“ヴェルカン”です!』

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