焼け付く大地に剣は舞い踊る③

 なんで今まで見つからなかったんだ!?

 そんな味方に対する糾弾と、戸惑いを俺は懸命に飲み下す。

 ここで弱音を吐いていても状況は改善しない。

 ミーナから送られてきた情報を頼りに、状況の把握に努める。


「ミーナ。他に隠れてる敵機はいないのか?」

『いません。……いえ、見つけられていません』


 姿を現した一機が陽動の可能性もあり得る。

 できるなら不意をつきたいところだが、この状況ではそうも言ってられなさそうだ。


「ハルカの援護に向かう。パックアップは任せた」

『隊長はあたしなんやけどなー』

「あんたはそこで暴れてろ!」


 通信機越しに絶え間ない銃声と砲声が轟いている。どうやら少し離れた地点で大規模な戦闘を行っているようだった。

 ならば少しでも派手に暴れてくれたほうが、敵の気が逸れる。


「俺が食い止める。――もう誰もやらせはしない」


 その台詞を、食い破るほど深く胸に刻み込む。

 それに応じて昂ぶる想いが霊脈炉を呼び覚ました。大量の光素が流れ出し、鎧内部を満たして圧倒的な全能感が俺を包み込む。

 ヘッドマウントディスプレイ上のレーダーに表示された敵影と自身の距離を図りながら無我夢中で飛び出した。


『ソウハさん!』


 ミーナから通信が入った。


『“ヴェルカン”に動きがあります! 恐らく、もうソウハさんを捕捉しているようです!』


 つまり、いつ撃たれてもおかしくないわけだ。

 あれだけ暴れまわったのだから、当然のことだと言えた。

 ――それでも。


「俺がやるっきゃねぇだろ!」


 言ったそばから目の前で樹木が爆ぜる。木片が弾け飛び、土煙が巻き上げられた。

 その中を決死の覚悟で駆け抜ける。

 あの力場の発生機が“ティラン”と同等の性能を誇るなら、例の“ヴェルカン”にはあらゆる銃弾が通じない。

 あれを切り裂けるのは、この“フツノミタマ”だけだ。

 片手を柄に添えると、木々の合間を縫いながら、刀身に光素を送り込む。この大太刀の真価は、霊脈から供給した光素を直接叩きつけられることにある。

 かつては桁違いの出力で“ティラン”の力場さえ斬り裂いてみせたのだ。

 あのときと同じ、必殺の一瞬を掴み取るために俺は全身のブースターを全開にした。

 本来なら急激な機動に体が悲鳴を上げるはずだが、霊脈炉が機能していればその手の心配はいらない。鎧の中の“不可視の鎧”が物理法則を書き換える。


「うォおおおおおおッ!!」


 迫る敵弾にだけ注意を払い、爆炎を振り払いながらもう一歩先へ。柔らかな土壌を踏み締め、それを軸に機動をねじ曲げながら距離を詰める。

 勢いを増した砲撃が行く手を遮るが、立ち止まる理由にはならない。


「敵機を捉えた。終わらせてくる」


 レーダー上に示された自身と敵機の距離をはかる。目算に狂いはなかった。ヤツは既にこの鎧と俺の間合いに迷い込んでいる。


「喰らえ……ッ!」


 剣を振るおうとする度に、過去の光景がよぎる。守り切れなかった仲間達、ひとりだけ生き残った自分、それでも――

 過去は消えない。拭い去れない。

 だからこそ俺は迷ってなどいられなかった。

 木立を突き抜けると十メートル近い異貌が目の前に立ちはだかる。そいつが構える長大な砲身は、違えることなく俺を照準に捉えていた。

 そこから砲火が噴き出すより一瞬早く、さらなる一歩を踏み込む。それに応じて出力を増した鎧が超常的な速さで砲身の下を駆け抜け、そこに必殺の瞬間を見出した。

 俺は携えた刃に“ありったけ”を込めて、すれ違いざまに抜き放つ。


「――――ッ!!」


 半円状の軌跡が巨体の胴を薙ぎ払った。刃の残像は瞬く間にかき消え、けれど刻んだ傷跡までは戻らない。

 中にいる搭乗者ごとコクピットを切り裂かれ、“ヴェルカン”は崩れ落ちた。その機関部から炎が噴き上がり、完全に沈黙する。


『“ヴェルカン”の反応が消失しました。ソウハさん、お見事です!』


 安心したようにミーナがそう告げる。

 大太刀を収めると同時に、友軍の通信がにぎやかになった。


『百瀬の連中があのバケモノを仕留めたぞ!』

『これで反撃に出れる!』

『敵が後退し始めやがった! 一匹も逃すなよ!』


 今までどこに隠れていたのか、他の傭兵や正規の部隊が続々と姿を現して前進し始める。

 それと時を同じくして通信器から漏れ出す銃声はいっそう激しくなり、高らかな笑い声が響き渡った。


『よぅやったなソウハ! あとでちゅーしたるわ!』

「要らねぇからボーナス寄越せ」


 社長の軽口に付き合いながら大太刀をおさめる。

 そして振り向いた先には、煤で汚れ装甲の歪んだ“ニギハヤヒ”の姿。


「立ち上がれるか、ハルカ?」

『バカにしないで……!』


 相変わらずの憎まれ口を叩きながらもハルカの脚付きは頼りなかった。


『なんで助けたの?』

「仕事だからな」

『だからって! わたしはお前を嫌ってて、それなのに……!』


 悔しげにハルカは声を震わせる。

 確かにこいつは俺のこと、嫌ってたからな。助けられたら納得が行かないんだろうよ。

 それでも、俺には俺の事情がある。


「一応、これでも仲間なんだよ。俺はお前を見捨てたくない』

『別に頼んでない』


 ハルカは俺を拒絶するようにそっぽを向いてしまう。

 ま、こいつの性格や俺との関係を考えれば無理らしからぬ話だった。


「さて、次はどうすればいいんだ?」


 独り言のつもりだったが、我らが社長は聞き逃してなどいなかった。


『待っときや、たっぷり仕事を回したるで。ミーナ、戦況はどうなっとる?』

『敵戦力は撤退を開始しています。無理に追わずとも、今作戦は成功に終わるかと』


 それなら俺はさっさと引っ込みたいところだが。


『なんやて!? 稼ぎ時やん!! あたしらも暴れたるでッ!!』


 そうなるよなぁ。


『ソウハさん。無理はしなくていいですよ?』


 なんて気遣わしげなミーナの声。


『もうお前の助けなんかいらない』


 打って変わってハルカは敵意が剥き出しである。


『その代わりボーナスは無しやけどな!』


 そして社長は相変わらず欲にまみれていた。


「お前らなぁ……」


 三者三様の掛け声に失笑する。

 どいつもこいつも言いたいことばかり口にしやがる。それでも、だからこそ俺だって気ままに振る舞えるのだ。


「今日の主役は俺だ! 最後まで暴れまわってやる!」


 剣を振りかざすと、俺は戦火の中に飛び込んでいった。

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