焼け付く大地に剣は舞い踊る④
日はとうに暮れて、薄暗い宵空に、赤く燃える雲が散っている。
俺たちはどの部隊よりも遅れて盾速の前線基地に帰投した。うちにはミーナが所属している。その力を使って、いつも最後に周辺の索敵を行うのである。
そのため帰ってきた俺たちを待ち受けているのは、人気のない格納庫と僅かに居残った中間管理職ばかりだった。
その日も報告を終えたら、さっさと退散するつもりだったのだが。
「なんだ、この集まりは」
『すごい数ですね』
ミーナの声にあいづちを返しながら、天幕と整備小屋の群れを見渡す。正確には、その合間から俺たちを見つめる他部隊の連中を。
「あんたが例の“ヴェルカン”をやったんだな!?」
駆け寄ってきた一人にそう声をかけられ、俺は曖昧に頷く。
確かに手を下したのは俺だが、別に一人の力で成し遂げたわけではない。あれはうちの部隊全員の戦果であるはずだが……彼らにとってはどうでもよかったらしい。
「やっぱりあんただったのか! 助かった! あんたがいなければ俺は帰ってこられなかった!」
それを皮切りにひそひそと声が上がる。
「なるほど。あれが噂のはぐれもの部隊か……」
「俺も見てたぞ。あいつが、あの馬鹿でかい刀で“ヴェルカン”を叩き切ったんだ」
「しかし変わった鎧だな。“キビツヒコ”のカスタム機か?」
「とんでもない出力だった。“ニギハヤヒ”以上かもしれん」
たぶん、普段は聞き慣れない称賛の雨にさらされたせいで気づくのが遅れたんだと思う。
「――ていうか、あいつの機体って“ミカゲ”なんじゃないのか?」
その一言が、ざわめきを一瞬で静まり返らせる。
「なんだそりゃ?」
「最初に配備された鎧の一つだよ。“キビツヒコ”と“ニギハヤヒ”と、それからあいつだ」
「聞いたことあるな。旭川の奪還作戦で敵の大玉を潰したっていう」
「でも、あれは部隊が全滅したはずだろ? 隊長一人を除いて。今使えるヤツと言ったら……」
こういう注目のされ方には慣れている、というほどでもないが。
このままここにいるとまずい。
そんな危機感が働く程度には見知った流れだった。
『ソウハさん。少し急ぎましょう』
ミーナが俺を急かす。彼女は能天気なようで驚くほど聡い。
だから俺が何か言うまでもなく事態の異常さを察したのだと思う。
けれどいずれにせよ、事態は既に動き出していた。
「当時は英雄だってもてはやされたらしいな」
「他の仲間を犠牲にしてだろ? 恐ろしいやつだよ」
「今日やられた奴らも、あいつの引き立て役ってわけか?」
周囲を見回すと、連中の視線に息苦しいほどの敵意と悪意がこもり始める。
彼らの目に映っているのは味方を救出した英雄などではなく、友軍さえ食い物にした悪鬼であった。
これが初めて、というわけではない。こんな視線に晒されるのは。
それでも気分のいいものではなかった。
だから俺は早々に退散しようとして。
「――待ってください!」
傍らにいた少女の声に足を止める。彼女は窮屈な鎧の中から、それでも自らの肉声を張り上げていた。
「今回の作戦で“ミカゲ”に助けられた方だっていたはずです! 彼がいなければ、もっと大勢が死んでいました! 噂なんかじゃなく、今ここにいる彼を見てあげてください!」
場が沈黙に包まれ、俺は焦りを募らせる。
「おい、ミーナ……! 余計なことを言うな、俺なら平気だから」
けれど、今更俺が止めたところでもう抑え込める状況でもなくなっていた。
「なんだよ、お前だってそいつの経歴は知ってるだろ? お前こそいつの食い物にされるぞ!?」
「つーか、あいつだろ。百瀬のとこの露助だ」
「なんであんなヤツが紛れ込んでるんだ!? とっとと追い出せ!」
案の定というか、みるみる延焼していく。
俺はともかく、ミーナにまで被害が及ぶのは不本意だった。
「ミーナ! さっさと引っ込むぞ!」
『でも! このままじゃソウハさんは……!』
「俺の評判なんかどうでもいいだろ!? それよりこんなとこにいたら何をされるかわかったもんじゃない」
熱狂した集団はときに狂おしく残酷な所業に打って出る。誰も止めるものがいないから、何をしでかすか分からない。
いずれにせよ、こんなところにミーナを置いてはおけない。
「早くフケるぞ! これ以上の面倒はゴメンだ」
俺はミーナを引きずって群衆の絶え間を縫っていった。
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