焼け付く大地に剣は舞い踊る⑤
魔導鎧装は、地肌の上から纏うインナーアーマーとその上から全身を鎧うハードアーマーの二つで構成される。
そのうちハードアーマーは、格納庫で取り外して所定の位置へ収めることになっていた。
格納庫は外から見るとトタン板を組み合わせたボロ工場にしか見えなかったが、中には整備に必要な物資、設備がこれでもかと詰め込まれた機密の塊となっている。
その一つで、手近なコンテナに腰掛けた俺は立ったままのミーナと向き合っていた。
「あのっ!」
「外の連中は消えたのか?」
何か言いかけたミーナを先んじて制する。
あんな流れだから仕方がないのかもしれないが、どうやら俺たちを追いかけてきた暇人がいるらしい。他人を責め立てたところで、報酬が増えるわけでもないだろうに。
俺たちはそんな連中の目を嫌って、格納庫の中からじっと外の喧騒に耳を傾けていた。
「そろそろ小一時間は経つが、社長たちのほうは何か言ってるか?」
「はい。まだここの周りには他部隊の方が散らばっているそうです」
「暇なヤツらだな、ほんと」
ハルカとタマキはありがたいことに見張りを務めてくれている。おかげで外の馬鹿どもが飛び込んでくる心配はなかったが、気が休まるわけもなく。
「……ソウハさん」
「なんだ?」
どうしたものかと頭を悩ませていた俺に、そうすることで目を背け続けていた俺に、ミーナが声をかけてくる。
不器用なほどに真っ直ぐな眼差しで。
「なんであんなに言われっぱなしなんですか? 少しくらい、反論したらいいじゃないですか」
「…………」
言われるだろうとは思っていたが、直接口に出されてみると少々面食らう。
だって、これは全部俺のつまらない意地で、こだわりだから。
「お前、俺の昔のことは聞いてるだろう?」
「えぇ。タマキさんから、おおよそのことは」
つまりは旭川奪還作戦で、”ミカゲ”隊が行き着いた先も聞き及んでいるはずだ。
なのに、なんだって?
ミーナは言葉を区切ると、どこか躊躇いながらも切り出す。
「けれど納得行きません。大勢の人が亡くなったのは事実でしょう。それは確かに悲しい出来事だったかもしれません。けれどソウハさんがそれを引き起こしたわけじゃありません。あなたはむしろ、仲間を守ろうとしていたはずです」
確かに、あのとき俺の率いる部隊が相手取った“ティラン”は他のあらゆる部隊を寄せ付けなかった。味方がみるみる食われていって、“ミカゲ”隊は半ば捨て駒のようにその相手を任された。
「ソウハさんもまた被害者だったはずです。それなのに、あんなふうに責められるなんて……」
彼女の、ミーナの言っていることはある意味においては事実であり、けれど俺の主観からすればどうしても受け入れがたいものだった。
だって、俺はただ味方を犠牲にしただけではなかったのだから。
「ミーナ。俺たち“魔導鎧装”の纏い手にしかないアドバンテージって何かわかるか?」
「……何でしょうか?」
「俺たちはな、他のどんなヤツらよりも霊脈炉との感応率が高いんだ。おかげで誰よりも炉の力を引き出せる」
“魔導鎧装”の纏い手には、一種の肉体改造が施される。名前も知らない薬を打ち込まれ、時間をかけてそれを体に馴染ませることで初めて“魔導鎧装”が扱えるようになるのだ。
そしてそれこそが導入以来、あらゆる外敵から日本を守り抜いてきた無敵の“鎧”の強みだった。
「だから俺たちは、敵の霊脈炉にだって干渉できる。奪い取れるんだ、敵の霊脈炉の制御を。俺の部下も単騎で“ティラン”の霊脈炉を乗っ取りに行った」
対“霊脈炉搭載兵器”戦の切り札である“ミカゲ”ですら“ティラン”を打ち破るには届かなかった。
それほどまでに“ティラン”の防御は鉄壁を誇り、その攻勢は近づくもの全てを討ち滅ぼした。
そしてそれを打ち破るたった一つの手段が霊脈炉への干渉だったのだ。
「あいつは自分の鎧さえも囮にして“ティラン”の懐に飛び込んだ。そして、生身で敵機の霊脈炉に働きかけたんだ」
実際、彼女の目論見は成功した。
“ティラン”は防壁を失い、それどころか姿勢の制御すらままならなくなった。
俺はそこへトドメをさしにかかり、そして。
「――俺は“ティラン”のコクピットを貫いた。敵の動きは鈍っていたし、難しい仕事じゃなかった。俺は確かに敵は討ち果たしたんだ。だけど……」
「生き残ったのはあなた一人だけだった」
「そうだ。乗り手を失った“ティラン”の霊脈炉が暴走して、ヤツは内側から弾け飛んだ。あいつはそれに巻き込まれたんだ」
自らの鎧を失っていたあいつに身を守るすべはなかった。
俺の目の前で、あいつは爆炎に呑み込まれていった。
「……仲間を自分の手で殺したと、そう考えているのですか?」
「結果論なのはわかってる。でも否定しようのない事実だ」
ただの自虐などではない。
あの日のことを何度も頭の中で繰り返した。その度に、自分の小さな失敗が目につく。
俺が最善の選択を取れていれば、あいつは……いや、あいつだけじゃない。
俺の率いる仲間たちは皆、死なずに済んだんじゃないかと。
それをよりにもよって、最期は俺自身の手で。
「言い訳できるような立場じゃないんだよ。貶されてるくらいでちょうどいい」
「あなたを責める資格なんて誰にもないはずです」
「だとしても、俺自身が俺を許せないんだ」
俺にとっては何よりも大切な、帰るべき場所だったのに。
それを損ねてしまった自分が憎くて憎くてたまらない。
「悪いな。これは俺が自分で抱えなきゃならない問題なんだ。他の誰かにぶつけるわけにはいかない」
というより、他の誰にも触れられたくない。
だから俺は逃げるように席を立った。
ミーナが追ってくることはなかった。
だけど整備区画を抜けたところで声をかけられる。
「――お前はなんで最後まで戦い抜けたの?」
詰め所とでも呼ぶべき一室。 そこに並べられた長椅子にも腰掛けず、そいつは壁に背中をよりかけていた。
俺を待ちけていた長い黒髪の少女――ハルカは、片目だけを開いて俺を見つめる。
「いきなり何の話だよ?」
「ミーナとの会話、聞こえてた。お前が奪還作戦で戦ったこと、それから仲間を喪ったこと」
だろうとは思ったが、今一番聞きたくない話題だった。我ながら、バカだと思いながらも苛立ってしまう。
「関係ないだろ! あいつらのことも、俺が仲間を喪ったことも、それでも……俺はやるしかなかったんだ!」
「だからその理由を聞いている」
「お前な……」
わかってはいたが、まるで物怖じしないヤツだ。
ハルカは俺の苛立ちなど物ともせず、自身の言いたいことを言い続ける。
ヤツがそうすべきだと思ったことを。
「お前は仲間を斬ったと言った。けれどそれまでにだって多くの仲間が倒れていたはず」
彼女の言っていることは事実だった。
俺が率いていた計七人の中隊で、“ティラン”の攻勢に晒されて既に五人が倒れていた。
それでも、俺は足を止めるわけにはいかなかったのだ。
「だって――あいつらが言ったんだ。やつを、“ティラン”を倒せって。俺に最後まで戦い抜けって」
それが散っていったものたちが俺に遺した言葉だった。
「生き延びろ」「戦い抜け」「あいつを倒してください」
全員の願いと言葉が、最後の瞬間まで俺を突き動かした。
立ち止まることなど許されなかった。
「やっぱり、そういうことなんだ」
ハルカは心底うんざりとした様子で鼻を鳴らす。
何が気に入らなかったんだ、こいつは?
「どうしてお前は、そこまで俺を嫌うんだ?」
俺がそう問いかけると、ハルカはこちらを睨みつけながら、それでもこう答えた。
「お前は私と似ていると、そう思っていたから」
それがどうして俺を嫌うことに繋がるんだろう?
というか、今こいつは“思っていた”って。
「過去形ってことは今はもう違うのか?」
すると今度こそハルカは俺を睨み殺さんばかりの勢いで、なのにどこか泣き出しそうな顔でつぶやく。
「えぇ。お前は私とは違う」
「ってことは俺を嫌う必要は――」
「嫌い。お前なんてやっぱり大嫌い。早く死んじゃえばいいのに」
彼女は早口で言い切ると素早く踵を返して部屋を飛び出してしまった。
「ったく、年頃の女の考えることはわからん」
頭を悩ませながら、俺は自室を目指すのだった。
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