喪われた日々③
時間も資材も足りない中、テントが作戦室代わりとなっていた。ブリーフィングを終え、そこを出ようとしたところで呼び止められる。
「タイチョー」
柄にもなく不安げな声だった。そのせいで相手が誰なのか、一瞬気づくのが遅れる。
聞き間違えるはずがない。いつもなら、有り余る元気を振りまく少女の声を。
「どうしたチヒロ。調子でも悪いのか?」
振り返れば、胸に手を当てて思い詰めた表情の彼女と目が合ってしまう。
「今回の作戦って、難しいものなんですか?」
「楽な戦いなんかなかっただろ」
この国は今、ロシアからの侵攻を受けて半ば近くまで北海道を蹂躙されていた。あの国はどういったわけか、独自の霊脈炉とその搭載兵器を実用化していたのだ。
おかげで、未だ試験段階にあった魔導鎧装が実戦に駆り出されようとしている。
「分かっていますよ。厳しい状況だっていうのも、私たちが頑張るしかないっていうのも」
「なら、今さらどうしたって言うんだ? 俺たちの任務が厳しいのはいつものことだろ」
「いつもと違うのはタイチョーのほうです。その顔、気づいてないんですか?」
「顔……?」
思わず自分の頬に触れてしまう。今朝は急いでいたせいか、髭の剃り残しがあった。
けれどこいつが言いたいのはそんなことじゃないのだろう。
「確かにちょっとやつれてはいるが」
心配するほどじゃない、そう言おうとして。
「なんで分からないんですか!? タイチョー、今までにないくらい険しい顔してるのに! だからあたしは、心配で……」
「そいつは……申し訳なかった」
自分の表情も取り繕えず、部下を心配させてたんじゃ上官失格だ。俺にはこいつらを、生きて返す義務があるのに。
「か、勘違いしないで下さい! あたしが心配なのはタイチョーのことです」
「俺のことだと?」
実のところ俺は、自分が死ぬ可能性について、あまり深く考えたことはなかった。だって全力で戦えば負けるはずがないと、当時の俺は本気で思っていたから。
「心配しなくても、俺はそう易々と死ぬつもりなんてないぞ?」
「そうじゃありません!」
言い放ち、それから一歩傍に踏み出してくる。
「タイチョー、きっとまた、わたしたちち全員の命を背負おうとしてる」
「……それが俺の仕事だ」
俺はこいつら全員を生き残らせるために戦っている。仕事とは言ったが、そのためになら金も自分の命だっていりはしない。
それが、今の俺が生きる理由なんだ。
けれどこいつは、きっぱりとした表情で言い切ってくる。
「違います。タイチョーも分かってるはずです。あなたの仕事は、戦って勝つこと」
その真っ直ぐな眼差しんんと物言いに、思わず俺は尻込みしてしまう。
「いや、だけど……」
「覚悟ならできてます! あたしたちは、必ずあなたの傍で戦い抜いてみせる!」
その覚悟自体はありがたい。それが結果的に彼女たちの命を救うことだってあるだろう。
けれど――
「今回の任務は、マジで死人が出るかもしれないんだ! 気持ちだけじゃ、どうにもならねぇんだよ!」
今回俺たちが破壊を命じられたのは“ティラン”という化け物だった。
およそ全ての攻撃を跳ね返す力場に、無数の光素化兵装。そして、それらを支える九基もの霊脈炉。
“キビツヒコ”にも“ニギハヤヒ”にも太刀打ちできない。この戦いの行く末は、俺たちの“ミカゲ”にかかっている。
なんて話を、彼女もブリーフィングで聞かされたはずなのに。
「タイチョー。あたしたちは、この部隊は何のために戦ってるんですか?」
「へ?」
彼女の問いはあまりにも唐突だった。
俺たちがなんのために戦っているかだと?
そんなのは分かり切っているはずなのに、それでも彼女は構うことなく続けてくる。
「どうして、あたしたちは命を賭けなきゃならないんですか?」
「それは……」
俺たちの目的は、未だ実証段階にあった“ミカゲ”。そいつを完成させて、その価値を証明すること。
そして、ひいては作り上げた俺たちの鎧でこの国を守り抜くこと。
「えぇ、タイチョーなら分かってるはずです。そして、あたしたちがやってきたこと、積み上げてきたものが明日ようやく役に立つんですよ?」
俺たちの積み上げてきたもの、か。
“ミカゲ”は、現代戦にはあるまじき、白兵戦に特化した魔導鎧装だ。その異端さゆえに多くの罵声を浴びせられ、それでも俺たちは歩みを止めなかった。時には死地を駆け抜けながら“ミカゲ”を完成させてきたのだ。
そして仕上がった俺たちの鎧は、今作戦における切り札として投入されようとしている。
「あたしは……ここでの、この部隊での時間が大好きです。その時間を、積み上げてきたものを、他の誰にも否定されたくありません! ちゃんと価値があったんだって、証明したいんです!」
胸に当てた手をぎゅっと握り締めて、声を絞り出すようにチヒロは訴える。
「そのためなら、あたしは命だって賭けられる! ねぇ、タイチョー。あたしの命はあたしだけのものなんですよ。この覚悟だって誰にも渡せない、あたしだけのものなんです!」
「分かってるよ、そんなの」
「いいえ、分かってません! あたしにはあたしの、みんなにはみんなの覚悟がある! だからタイチョーに自分たちの命まで背負って欲しいなんて思ってません!」
言い切ってから、はっとしてチヒロは息を整える。それから少しばつが悪そうにこう続けた。
「すみません、それでもお願いしたいんです」
「何をだ?」
今度だけは、どんな願いでも聞き届けてやりたい。そんな気分だった。
「はい。……タイチョー、あなたは必ず“ティラン”を討って下さい。あたしたちのやってきたことを、みんなに見せつけてください」
「無茶言いやがる」
“ティラン”の前に、“キビツヒコ”も“ニギハヤヒ”も斃れたという。ヤツは正真正銘の化け物なのに。
「だからこそ、あたしたちの出番なんですよ! 守りましょう、この国を。あたしたちの誇りを」
そのチヒロの言葉が、俺を後押しするためのものだったのか、本心からの訴えだったのかは今になっても分からない。
それでも、俺はあいつの意志を背負っているんだ。そう思えたからこそ、俺は――
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