彼女が抱えるもの①

「おい、例の仲間殺しが来たぞ」


 即席のプレハブ小屋にしては出来のいい、密閉された会議室。そこに人種も性別も様々な傭兵たちがずらりと並んでいた。

 その、そこかしこからひそひそと話し声がする。


「本当にあいつなのか? 俺は昨日ヤツに……」

「あの実験機を使えるヤツが他にいるかよ」

「あいつが化け物をやったんだ。味方ごとな」


 全部、俺の噂話だった。


「ソウハさん。やはり、欠席するべきだったのでは……?」


 傍らのミーナが不安そうに問い掛けてくる。

 そこは再建された旭川駐屯地のブリーフィングルームだった。

 再建された、と言えば聞こえはいいが、元々司令部のあったこの地は念入りな爆撃を受けている。避難民への支援に戦死者の補償と、ただでさえ金のない政府には瓦礫の撤去が精一杯だった。

 元あった庁舎の代わりにいくつもの小屋が建てられたが、そんな中でもここは上等な部類だ。


「タマキさんも欠席したほうがいいとおっしゃってたじゃないですか」

「そんな、尻尾を巻いて逃げるような真似ができるかよ」

「なんでそんなに意地を張りたがるんですか?」

「男ってのはそういう生き物なんだよ」


 なんて無駄話をしながら、空いていたパイプ椅子までミーナを引き連れていく。その隣に座っていた女性が片手を上げた。


「よう。遅かったやんか」

「お前のせいでミーナがごねたんだよ」


 我らが社長、タマキ。

 その傍らにはハルカも腰掛けている。


「早く座って。もうすぐブリーフィングが始まる」


 彼女に急かされるがまま、俺とミーナも腰を落ち着けた。

 それから程なくして、隊員服を着込んだ四十台頃の偉丈夫が入室してくる。彼は正面の壇上に立つと座席を見回した。


「全員揃っているな。それでは始める」


 この日、俺たちは緊急の会議のためここに集められた。

 昨日、あんな襲撃があったんだから当然の流れではあるが。


「全員、要件は分かっているな。昨日の襲撃を受けての我々の対応だ」


 男の声は低いのによく通る。どこぞから出向してきたらしいが、名前はよく覚えていない。

 ともかく、その声を受けて室内が静まりかえった。


「昨日我々を襲撃してきたのは、ロシアの“ヴェルカン”計十機だ。その内の三機は、強力な力場発生装置を装備していた。それらは、一年前の防衛戦に出現した“ティラン”に準ずる防御能力を備えている」


 それは実際にヤツらと渡り合い、撃破した俺自身が誰よりも実感している事実だった。

 件の“ヴェルカン”は“キビツヒコ”どころか、“ニギハヤヒ”の攻撃さえ受け付けなかった。現状では、俺の“ミカゲ”でしか対処できない。


「そして、ここからが問題なのだが……司令部は彼らの侵入経路は捕捉できていない。未だ未確認の輸送手段を保有しているものと考えられる」


 そこで一斉にざわめきが沸き起こる。

 敵の侵入経路を捕捉できていない。それはつまり、いつどこから敵が攻めてきてもおかしくないということだった。


「よって、諸君らには国境周辺の警備を担当してもらいたい。ロシアが“ヴェルカン”を輸送している以上、諸君らの魔導鎧装の索敵能力が頼みの綱となる。負担は増えるが、我が国の防衛に

力を貸して欲しい」


 “ヴェルカン”のような霊脈炉の搭載機を探知するには、同じく霊脈炉を搭載した魔導鎧装のレーダーが最有力である。そしてヤツらに対抗できるのは同じく霊脈炉を搭載した魔導鎧装だけだ。

 この世界で、霊脈炉の生産技術を保有しているのはたった二国、日本とロシアだけ。

 その二国が直接衝突を繰り返しているのが、この北の大地というわけである。


「さて、面倒なことになったな」


 無茶ぶりばかりのブリーフィングを思い出しながら、ぽつりと呟く。

 時刻は昼頃、うち捨てられた街は雑草と無数の蔦に呑み込まれつつあった。

 俺は晴れ空を見渡しながら、傍らの相棒にたずねる。


「何か反応はあったか?」

「何も……いえ、誰もいませんね」

「いたらいたで問題だけどな」


 味方からは疎まれがちなミーナだが、今回ばかりは彼女の力が頼みの綱だった。

 俺たちは他の部隊と交代しながらもう何時間も索敵を続けていた。今だって俺たちだけでなく、社長やハルカも別地区の捜索に当たっている。

 それでも、敵の進入路どころか痕跡さえも掴めてはいないのだ。

 もし手がかりを見つけられるとしたら、それは誰よりも鋭敏に霊脈炉の活動を感じ取れるミーナ以外にはいない。


「正直、お前が頼りではあるんだけどな。無理してるんじゃないのか?」

『期待されてるんです。ちょっとくらいは無理させてください』


 言うなり彼女の纏う“キビツヒコ”き周囲に、高密度の光素を展開される。そこから放たれた波動が周囲に染み渡っていった。

 ミーナはあぁして周囲の反応を探っているのだ。

 その護衛を任されている俺は、目視で周辺の状況を確認することにしていた。


「しかし本当になにもないな」


 当たり前の話だが、道というやつは人や車の行き来があるから整備される。土砂や草木が取り除かれ、ひび割れがあれば修繕されるのだ。

 けれと未だに戦地となっているこの一帯にまともな人通りはなかった。というより立ち入る人間自体がほとんどいない。

 すると漏れなく、道も施設も風と雨に晒されるがまま朽ち果てていくわけである。


『ここに人がいるとしたら、全員敵ということになるのでしょうか?』

「だろうな。俺たちの部隊以外に、この辺を捜索してる奴らはいないはずだし」


 けれど今のところ、ミーナは何の反応も感じ取れずにいるようだった。もし敵を見つけていれば、こんなふうには落ち着いていないはずだから。


『おかしいですね。本当に敵がいないだけ……なのでしょうか?』

「まだ相手のカラクリが分かってないんだ。焦っても仕方ない」


 それから少し考えて。


「あー、それでだな。ミーナ、昨日のことについてだが……」


 昨日の俺は、いくら痛ましい過去が関わっていたにしても、みっともなく取り乱し過ぎていた。その弁明というか、謝罪がしたくて、落ち着いて話せる機会を待っていたのだが……。


『あぁ……すみません。昨日はわたし、事情も知らないのに感情的になり過ぎていました。ごめんなさい、勝手なことばかり言って』

「いや、謝るのは俺のほうだ。勝手に自分の気持ちばかり押し付けて、お前の気持ちを考えようともしないで……」


 実際、ミーナや他の仲間が批難されていれば、俺だって同じように憤っただろう。彼女の怒りはきっと正しくて、ただ俺がそれを受け容れられなかっただけの話なのだ。


「ごめん。俺、自分のことで手一杯だったんだ」

『謝らないでください。傷ついたのはあなたなんです。わたしは、自分の気持ちに振り回されていただけです』

「それでもだ。お前の気持ちは、俺にはもったいなさ過ぎる。というか、どうしてそこまで俺のことを気にかけてくれるんだ?」


 タマキは言っていた。俺が百瀬民間警備会社の引き入れられたのはミーナのおかげなのだと。

 彼女にそこまで思われる理由が、俺には見当たらない。

 だから直接聞き出したかったのだが……ミーナは言い辛そうに唸った。


『あの……あなたはきっと、覚えていないでしょうけれど、わたしは昔ソウハさんに会ってるんです』

「なんだと?」

『百瀬に入る前、あなたはここではなく親会社のほうに勤めてましたよね?』

「その通りだが」


 百瀬の親会社、その名も盾速国際警備保障。日本で初めて認可された民間警備会社であり、世界で初めて霊脈炉を実戦投入した部隊の所属先でもある。

 それを知っていること事態は何ら不思議でもないのだが。


『詳しい話はまたいずれ。ともかく、そこで仲間に囲まれたあなたを見知って……その後のことを、タマキさんから聞かされて』

「――――」


 正直に言えば、俺は呼吸することさえ忘れていた。それくらい、かつての仲間ことは、触れられたくない過去で、大切にしまっておきたい思い出だった。


『あなたの気持ちが分かったわけじゃありません。それでも、少しでも何かを分かち合えればいいなと思って……あなたをここに招いたんです』


 ミーナの言うことは、やっぱりちょっと難しくて、けれど俺を思う気持ちだけは伝わってきた。

 正直に言えば、そんなものはお節介だ。なんてふうに思う自分もいるけれど。


「なんだか安心したよ。お前はお前なんだな」

『どういうことですか、それ?』

「いいや」


 ただミーナが俺の考えていたとおり、単に心優しい少女だった。そのことに安心したのだった。


「さて、この話はもう終わりだ。そろそろ仕事に戻ろう」

『そ、そうですね!』


 我ながら強引に話題を逸らしたものだとは思ったが、ミーナは疑うことなく従ってくれた。


『それで、これからどうしますか?』

「もう一度、例の襲撃地点を重点的に回ろう」


 通常の巡回ルートからは外れるが、今回はあまりにも手がかりが少なすぎる。

 雇い主のほうも、全力で事態の把握に努めると言ったきりだし。


『タマキさんたちに怒られませんかね』

「構いやしないと思うが……念の為、呼び出しといたほう得策だな」


 司令部のほうは敵の正体を掴むところまでは期待していないだろう。

 けれど我らが社長は違う。

 あの狸は金のためなら何でもやる奴なのだ。それ以上の収穫を見込んでいるに違いない。

 タマキとハルカは別の区画を索敵中だが、呼び出せばすぐに応じるはずだ。


『そうですね。ではわたしが連絡を――え? あれ、タマキさん?』


 どうやらちょうどあちらから通信が入ったようだった。


『え、え、そうなんですか!? はい! 実はちょうど、わたしたちもそこに向かうつもりで』


 なんとなく話が読めてきたぞ。


『……はい! わかりました! そこで落ち合いましょう!』


 いつになる明るい声で、ミーナは通信を切る。

 俺は堪りかねて彼女に質問をぶつけた。


「何がどうなったんだ?」

『はい。実はタマキさんたちも敵の正体を探るつもりだったようで、昨日の襲撃地点に向かってるみたいなんです』

「さすがは我らが社長だな」


 あの狸のことだ。司令部に飛び切りの恩を着せてやるつもりなのだろう。

 あいつの思い通りになるのは癪だが、今回は緊急事態だ。


「よし、行こう。社長のお墨付きなら間違いないだろう」

『なんだか今回は乗り気ですね、ソウハさん?』


 かもしれない。

 だって今度の戦いはこの地の行く末を左右する。

 俺の仲間が守り抜いた、このちっぽけな大地の未来を。


「気の抜ける状況でもないしな。いいから、さっさと行くぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る