彼女が抱えるもの②

 HUDに近辺の地形図を拡大表示させる。

 昨日もまるで同じものを見ていたおかげで、何の印がなくとも目的の場所は見つかった。

 最寄りの使われなくなった国道沿いに北上していけば、たどり着けるはずだ。


『なんだか、今みたいに張り切ったソウハさん、初めて見た気がします!』

「なんでお前が喜んでるんだか」


 俺自身も楽しくて張り切ってるわけじゃないってのに。


『えへへ、ごめんなさい。わたしももっと気を引き締めないと!』


 やっぱりミーナは張り切っていた。

 曲者揃いのうちの隊だったが、実のところこいつの考えが一番読み取りづらいように思う。

 俺や他の奴らは、同じように救いのない世界を生きてきたせいで考え方が似通っているのだ。

 けれどミーナだけは。


『はい? どうかしましたか?』


 こちらの視線に気づいたらしい。俺は鎧越しにかぶりを振る。


「なんでもない。ンなことより周囲に反応はないのか? 索敵はお前頼りなんだぞ」

『えぇ。ですから、それはどこにも――あれ?』


 突然、ミーナの纏う『キビツヒコ』が何かを探るように周囲を見回し始める。


「どうした?」

『これは、まるで……見つけました! こちらです!』


 言うなりミーナは駆け出してしまう。その向かう先には山に切り開かれた道路が伸びていた。

 何の説明もないが、何が起きたのかは薄々察せてしまう。


「いたんだな、敵が」

『はい! 何だかぼんやりしてますが、間違いないと思います!』


 そんなセリフとともに敵機の位置が、こちらのHUDにも表示された。それをこちらでも確認してみたが。


「本当にぼんやりだな!」


 基本的にミーナが感知した敵の位置は赤い点で表示される。

 それがどういったわけか、今回は遠方の広範囲を薄い赤色で覆っていた。


『ものすごく大出力の霊脈炉なんだと思います。けれど、なんだか位置が特定しきれなくて……どういうことなんでしょう?』

「俺が知るわけないだろう!」


 ともかくそこに行かなきゃならないのは間違いなかった。ミーナの勘が正しければ、敵は既に侵入を果たしていることになる。


「急ぐぞ。どうにも嫌な予感がする」


 反応があったのは、ここから二つ山を超えた先にある森林地帯だった。確かに身を隠すにはちょうどよい。


『はい! タマキさんたちにもそのようにお伝えしておきます』

「助かる」


 敵の規模が大きければ俺一人ではミーナを守り切れない。追跡をやめるわけにはいかなかったが、万が一にも、ミーナが襲われるようなことがあってはならない。


「先に言っておくが、お前が一番優先すべきは自分の安全だ。ヤバくなったらすぐに引き返せよ」

『本当に心配性ですね。分かってますよ、わたしたちの目的は索敵であって迎撃じゃありません』

「それならいいが」


 そんな俺の不安をよそに、ミーナは山中へと伸びた脇道に分け入っていく。足を止めることなく、まっすぐに。

 こいつ、こんなにアグレッシブなヤツだっただろうか?

 確かにこちらのほうが近道なのは間違いないし、ミーナが先行しないと俺には敵の居場所なんてわからんわけだが。


「なぁミーナ。なんかお前、妙に焦ってないか?」

『焦ってるわけじゃありません。でも、ここでわたしたちが活躍すれば評価が変わるかもしれない。理不尽に罵られることもなくなるかもしれないんです!』


 そう言われて、思わず俺は口をつぐむ。

 もしかしてこいつ、俺の立場を変えようとしているのか?

 味方殺しという俺の悪名を。


『ソウハさんのためだけじゃありませんよ! わたしたちの会社は、皆さん何かしらの事情を抱えています。いつ針のむしろになるかわからないんです!』


 ミーナの言いたいことは分かる。

 俺は他の奴らの経歴をなんて知らない。それでもみんな人から褒められないような事情を抱えていることぐらいは察しがついた。


『だからわたしたちには必要なんですよ。英雄という名声が。わたしたちを必要としてくれる声が』


 その必死さが伝わってしまって、俺はもう何も言えなくなる。

 こいつは仲間とともに生きるため、こんな報われない戦いに挑んでいるのだ。

 そんな姿が、遠い昔の誰かと重なって。


『タマキさんたちと連絡が取れました! あとは侵入者を見つけるだけです!』

「ミーナ、分かったからもう少し落ち着け。接敵は合流してからのほうがいい。それに、離れられると守れなくなる」

『す、すみません! そうですよね、みんなで生きて帰らないと!』


 足取りをゆるめたミーナの“キビツヒコ”が、俺の隣に並ぶ。

 そこで、彼女は怪訝そうな声を漏らした。


『あれ……これは』

「どうした?」

『見てください。反応が近づいてます』


 彼女が得た情報はリアルタイムで俺のレーダーにも反映される。

 赤く広がっていた敵の反応が徐々に狭まり、一点に収束しながら俺たちに近づいてきていた。

 何より気になったのはその速度。


「おい速すぎるぞ! 本当にあれなのか!?」


 山中を移動しているとは思えない速度で一直線に肉薄しようとしている。

 俺の知る限り、あらゆる魔導鎧装も“ヴェルカン”や“ティラン”もこんな速度では移動できない。


『わかりました! なんで反応が曖昧だったのか! あの敵は……!』


 そのセリフを遮るように暴風が吹き荒れ、あわや俺たちは吹き飛ばされそうになる。

 それを鎧の重みと光素による質量の操作で耐え、頭上を振り仰いだ。

 巨大な影が空を遮る。


『ソウハさん! あれは……!?』


 そこに浮かんでいたのは、空を全て覆い尽くすような漆黒の両翼であった。

 そいつが俺たちを押し潰すように急降下して、猛禽に鉤爪を伸ばしてくる。その行く末にあるのは――


「ミーナ!」


 焦りと怒りと恐怖が霊脈炉を叩き起こし、霊脈に莫大な光素を流し込んだ。

 全身のブースターが一挙に点火して、姿勢の制御もままならぬまま飛び出す。

 鉄器の爪をかいくぐり、ミーナを掻き抱くと向かいの林に突っ込んだ。

 振り返り、背中で何本もの木々をへし折りながら制動をかける。

 どうにか止まると、腕の中のミーナを見下ろした。


「おい無事か!?」

『平気です! それより、今は目の前の敵に対処を!』


 言われるまでもなかった。この距離なら俺だって敵を見失いはしない。

 感じ取れる霊脈炉の反応はおよそ五基。

 それらの反応が上空を急角度で旋回している。


「迎え撃つぞ! ミーナは後ろに!」

『はい!』


 彼女を背後に庇いつつ巨鳥と対峙する。そいつは黒塗りの全翼機で、ミーナを狙った足はどうやらランディング・ギアも兼ねているようだ。

 折りたたんでいた両足を再び展開して、ヤツはこちらに突っ込んでくる。

 腰を低く落とし、“フツノミタマ”の柄に手をかけた。


「させるか!」


 両足で地べたの感触を確かめると、光り輝く白刃を抜き放った。その切っ先を向かって鉤爪の根本に叩きつけ――


「――っはぁあああああ!」


 体ごと前のめりに重心を移しながら刃を押し付け、鋼鉄の塊をたたき斬る。

 そのまま振り抜いて、もう片側の足を断ち切ろうとした。しかし巨鳥は、慣性を無視した急角度で上昇し、一気に上空まで遠のいてしまう。


「クソっ! なんて機動性だ!」


 おそらく機体の制御に光素を用いているのだろう。励起状態の光素を展開すれば、空力を無視した機動性も実現できる。


「ミーナ! 社長たちとの通信はどうなってる!?」

『繋がってません! ジャミングを受けているようです!』

「そんな気がしてたよ!」


 まるでこのタイミング、ミーナの感知能力を利用しておびき出したかのようだ。

 これでは、こいつらの狙いはまるで……。


『前を向いてくださいソウハさん! 次が来ます!』

「分かってる!」


 背後のミーナから視線を外し、“フツノミタマ”を構え直す。

 あの化け物鳥は、巨体の割に動きはいいものの“ミカゲ”についてこれるほどじゃない。

 迎え撃つのは難しくないはずだ。


『不明機は3時方向で反転、再び接近してきます!』

「了解だ」


 欲張りすぎるな、ここは味方の支配域だ。時間さえ稼げば、社長たちが――


『――ソウハさん! 不明機から霊脈炉が2基が離脱しました! この反応は……“ヴェルカン”のものです!』

「なんだと!?」


 俺のレーダーにも状況が反映される。

 高速で遠のいていく、一際大きな反応。これが例の巨鳥だ。

 そしてその後方に現れた、二つの霊脈炉搭載機。そいつらの反応が一気に強まる。


『ソウハさん! 砲撃が来ます!』

「――仕方ねぇ!」


 俺は意を決すると大太刀を構え、ミーナの前に躍り出た。恐怖する暇もない。立て続けに衝撃が押し寄せる。無数の弾頭が炸裂し、その威力に意識が吹き飛ばされかけた。


『無茶です、逃げてください!』

「黙ってろ!」


 ミーナの“キビツヒコ”は索敵を主任務としており、展開する力場も装甲もそれほど頑丈ではない。

 けれど俺の“ミカゲは違う。少しばかりなら敵の砲撃にも耐えられる。


『わたしは平気です! お願いです、散開してください!』

「いいから黙ってろッ!」


 叫んだ途端、直撃弾が俺の脳天で弾ける。

 例え光素化兵装といえども、ただの一撃が致命打となることはない。それでも今の一発は、俺をよろめかせるには十分な威力であった。


『ソウハさん? ソウハさん!? ――ッ、絶対にあなたを犠牲になんてしません!』


 朦朧とした視界の中、俺の前に“キビツヒコ”が飛び出す。ミーナの鎧だった。このバカ、俺を庇うつもりだ!


「バカやろ……っ、早く逃げろ!」

『それはわたしのセリフです! ソウハさんこそ逃げ延びて……生きてください!』


 ミーナの“キビツヒコ”は無防備にも両手を広げて、敵弾を受け止めようとする。そんなことをしたら無事で済むはずがないのに。

 そして、それを待ち構えていたかのように巨鳥が反転して、急接近し始める。

 まずい、このままじゃミーナが――


「タイチョー!」


 そう呼びかける少女の姿が脳裏に蘇る。


「――まだだ!」

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