彼女の抱えるもの③

 俺は深く息をつくと背中の霊脈炉に意識を繋げる。その鼓動と自身の心臓の音を重ね合わせる。

 “ミカゲ”は“キビツヒコ”、“ニギハヤヒ”に続いて三番目に開発された魔導鎧装だ。

 その設計思想は、双発だったがために安定性に欠けた“ニギハヤヒ”に代わるハイポテンシャル。そのために安全性を度外視して出力の高い霊脈炉が搭載されている。

 纏い手すら飲み込みかねないその力は、本来ならば厳重に出力が制限されているのだが。


「出力制限を解除! 感応率の上限を解放!!」


 その瞬間、意識が広く彼方まで引き伸ばされた。

 力の源と深く繋がり合い、遥か遠方の景色までもが脳裏に浮かび上がる。


「ミーナ、下がれ」

『ソウハさん!? そんな力、どうやって……!?』


 振り返ったミーナが唖然とする。その脇をすり抜けて、俺は“フツノミタマ”を水平に構えた。


「安心しろ。絶対に守り抜く」


 誰も喪いたくない。誰も死なせたくない。俺の剣はそのためにある。


「――来た!」


 視覚には頼らない。目で見るまでもなく、砲弾の接近が感じられる。

 撃ち込まれたのは霊脈炉を内蔵した携行ミサイル三発と、光素をまとった大口径の徹甲弾。それに遅れて巨鳥が飛来しつつある。

 まともにやったんじゃ手数が追いつかないが、俺も、それからこの“鎧”も、まともではない。


「うぉおおおおおおおッ!!」


 霊脈炉を経由して、おびただしい量の光素が“フツノミタマ”に流れ込む。輝きを増したその刀身は元の形に収まりきらずに溢れ出した。その奔流が“ミカゲ”の背丈をはるかに上回る巨大な刃を形作る。


「喰らぇええええええッ!!」


 最上段から“フツノミタマ”を振り下ろす。極太の閃光がミサイルを焼き払い、徹甲弾の第一波が瞬時に蒸発させた。

 さらに振り切った姿勢から、手首を傾けると大太刀を水平に薙ぎ払う。刀身から光の粒子が噴き出し、遠くまで光り輝いた刃が徹甲弾ごと巨鳥の片翼をねじ切った。

 遅れて四方八方で爆発が巻き起こり、攻撃に伴う衝撃波が木々を撒き散らす。


『すごい……だ、だけどソウハさん! こんな無茶をしたら!』

「まだ倒れないから安心しろ!」


 今ので巨鳥は撃墜できたはずだ。けれどまだ“ヴェルカン”たちを仕留めきれていない。


『わたしが言いたいのは……いえ、あとにしましょう。不明機の出力が低下しました。霊脈炉を一基失ったようです。ジャミング装置の破壊も確認、通信が回復します』

「そいつは良かった」


 これでようやく救援が呼べる。そっちのほうは、ミーナが済ませてくれるはずだ。

 だから俺は地べたを踏みにじり、再度全身に光素を漲らせる。


「ミーナ、社長たちへの連絡は任せた。ちょっと離れるが、やばくなったら逃げろよ」

『了解しました。けどソウハさんのほうこそ、深追いはやめてくださいね?』

「承知!」


 片足を引いた姿勢から一気に飛び出すと、体中の光素をスラスターに集めて噴き出した。規格外の推進力で大気を突き破りながら空を駆ける。

 親鳥が撃墜されたことでほんの一瞬、けれど確実に“ヴェルカン”たちは動きを止めていた。その動揺に漬け込んで大太刀を振るう。


「寝てろッ!!」


 出力を高めた刃を構え、すれ違いざまに一閃。通り抜けると同時に胴体を両断して、二体目へ。


「遅いッ!!」


 勢いは殺さず、一息で距離を詰めると、膨れ上がった光輝を叩きつける。装甲を溶かして、その奥に収められたコクピットを蒸発させ、その脇を通り抜けた。

 大太刀を振り抜くと、地面に踵を突き立てて振り返る。それと同時に、火を吹きながら“ヴェルカン”たちが爆ぜた。


『“ヴェルカン”の反応が消失! やりましたねソウハさん!』

「どうにかな」


 だが少し無理をし過ぎた。さっきから頭の痛みが酷くなってるし、何より霊脈炉の出力を上げすぎている。

 これ以上の戦闘に耐えられる保証はなかった。


『お疲れ様ですソウハさん。早く帰りましょう。きっと、すぐに援軍が――きゃあ!?』


 通信越しに、爆発音が俺の耳にも届く。


「どうした? 何が起きた!?」

『“ヴェルカン”です! あの不明機にまだ残っていたようで、こちらに攻撃を……ぅあっ!?」


 振り返ってみれば、ミーナの周りで立て続けに弾頭が炸裂する。その衝撃がミーナに襲いかかっているらしい。

 そこから少し遠のいた、凶鳥の墜落地点で“ヴェルカン”が立ち上がろうとしていた。

 ヤツの構えた一二五ミリ砲が立て続けに火を噴く。


「待ってろ! すぐそっちに行く!」


 油断しすぎていた。いや、焦りすぎたのか? ミーナと離れれば、あいつに危険が及ぶのは分かりきっていたのに。

 クソっ、考え込んでる場合じゃねぇ!

 鎮まりかけていた霊脈炉を叩き起こす。意識を深く、その奥底へと伸ばして、そこに眠る力を呼び覚ます。

 そこから汲み上げた膨大な光が全身を駆け巡った。

 十分な力のみなぎりを感じて、踏み出そうとした途端――


「――ッ!?」


 目の前に亀裂が走る。意識がノイズに引き裂かれ、体中から力が抜けた。

 咄嗟に姿勢を持ち直せず、俺は両手をついて倒れ伏す。

 まずい。意識が、霊脈炉に侵されつつある。深く同調しすぎると時折こうなる。

 身に過ぎた力を振るう代償だった。霊脈炉を鎮めれば止まるはずだが、そんな暇はない。


「もう少しやれるだろ、俺……!」


 “ヴェルカン”は既に立ち上がって、ミーナに迫りつつある。両腕に備わった榴弾砲で退路を塞ぎつつ、彼女を追い詰めようとしている。

 この体がどうなろうが、知ったことではなかった。

 自ら苦痛を搾り出すように、力を込めて、立ち上がる。眼前の敵を正面に捉える。


「ミーナ……っ、あと少し、耐えろ! 俺が、絶対にお前を――」

『――無理をしないでください! わたしだって守られてばかりじゃないんです!』


 俺が反論する暇もなかった。ミーナの“キビツヒコ”は腰部から、ハンドガンタイプの五十ミリ機関砲を抜き取る。

 彼女は迷わなかった。

 それしきの貧弱な装備で、“ヴェルカン”に射撃を加えながら後退し始める。その狙いは傍からでも見れて取れた。

 ――あいつ、さっきからなんで俺を庇おうとするんだ!?


「ミーナ! 何やってる、早く逃げろ!!」

『手遅れですよ! もう無傷で逃げられる距離じゃありません!』


 彼女の言うとおりだった。“ヴェルカン”は完全にミーナを捕捉している。もはや見逃されるわけがない。

 けれど、だからって!


「お前だけで、そいつがどうにかできるわけないだろ!?」

『それなら、あなたがわたしを助けて下さい! 部隊ってそのためにあるんですよね!?』


 違う、部隊なんて作戦を効率よく遂行するためのまとまりでしかない。

 そう、言い切れない自分がどこかにいる。記憶に残る、俺を隊長と慕う声が判断を鈍らせる。

 分かってる、あいつらはもうどこにもいない。俺の前で散り果てた。

 けれどな、だからこそ、あんな思いはもう二度とご免なんだ。


「すぐに助けにいく! それまで撃ち続けろ! ヤツを追い払うつもりで!」

『はい! お任せください!』


 どうしてそこで、嬉しそうな声をするんだか。

 またしても部下だった少女の姿が脳裏にちらつき、思わず苦笑いしてしまう。


「クソっ、ンなこと考えてる場合か!」


  立ち上がった俺は“フツノミタマ”を振りかぶる。

 “ヴェルカン”の目にはもうミーナしか見えていない。ヤツを振り向かせるには、それ相応の派手な一撃を叩き付けてやるしかなかった。

 投擲はそれほど得意でもないが、弱音など吐いてはいられない。一歩踏み込むと柔らかな大地を踏み締めて、己を焚きつけるように雄叫びを上げる。


「届けぇええええええ!」


 迷いを振り払い、全身をしならせながら“フツノミタマ”を投げ放った。

 大太刀はブーメランのように空を裂きながら宙を駆ける。描き出された弧が“ヴェルカン”の手元をかすめ、一二五ミリ砲の砲身を切り払った。その先端が崩れ落ち、滑らかな切断部が現れる。


「ビンゴだ!」


 主武装を失い、“ヴェルカン”がこちらを振り返る。これで立場は同じ……と言いたいところだったが。


「げ」


 “ヴェルカン”は手持ちの武装を投げ捨てると、背負っていた武器庫から次なる戦車砲を取り出す。その砲口は狙い違わずこの俺に向けられていた。

 いや、むしろこれはチャンスだ。これでミーナが狙われずに済む。

 俺もまた両脇のジョイントに手を滑らせると、二振りの小太刀を両手で抜き放った。

 そうして逆手に構えたのは“フツノミタマ”を小型化した光素化兵装だ。サイズダウンに応じて出力も低下しており、“ヴェルカン”を相手取るには心許ない。

 しかし贅沢は言ってられなかった。


「そうだ、こっちを見ろ! お前の敵はこっちだ!」


 届くはずのない挑発を繰り返しながら、スラスターに点火しつつ距離を詰めていく。

 自ら接近してくるような敵は俺以外にはいなかったはずだが、“ヴェルカン”の狙いは正確だった。弾道が行く手に先回りしてくる。

 これが“キビツヒコ”ならひとたまりもなかったかもしれない。しかし“ミカゲ”は違う。

 俺はさらなる加速をかけると弾雨の下をくぐりぬけた。それでも行く手を遮る弾頭に小太刀を叩き付ける。


「邪魔だ!」


 一度、二度、切りつけるたびに重たい衝撃が腕を震わせた。そして三度敵弾をねじ伏せると同時に刃が砕け散る。

 残る一振りを握り締めた。


「まだまだァ!」


 スラスターを全力で噴かして駆け抜ける。

 それすらも見越した幾多もの弾頭が眼前を遮った。

 その隙間へと地を蹴り飛ばし、身を屈め、時にはよじりながら飛び込んでいく。急加速と減速を繰り返しながら砲火をくぐり抜ける。そして噴煙から飛び出た途端、虚ろな砲口と目が合う。


「――ぐオオオオッ!」


 もはや直感だけで、小太刀を斜め頭上に切り上げた。その切っ先は、捉えた鉄の砲弾を断ち切り、二度の爆発を呼び込む。

 その爆炎を突っ切りながら、小太刀を真っ直ぐに突き入れた。小振りな刃は内側から砲身を引き裂き、その奥から放たれた弾頭を貫き穿つ。

 たちまち爆風が巻き起こり、砲身が張り裂けた。咄嗟に身を引いても小太刀は引き抜けない。溢れ出した爆発に薙ぎ払われる。


「がはっ――!?」


 たぶん、砲弾が光素化兵装だったのだろう。“ミカゲ”の力場でさえ堪えきれず、吹き飛ばされる。

 遠のく視界の中で、しかし“ヴェルカン”の行動は迅速だった。

 左腕を失いながらも、残る右腕を振りかざし、その上腕に内蔵されたグレネードを撃ち放つ。俺――ではなく、ミーナに向けて。


「この……ッ!」


 まずい、間に合わない。ここから姿勢を持ち直して、追撃を加える前に榴弾がミーナを焼き払っちまう。

 せめて俺を狙ってくれれば……こんな未来のない俺を。

 そんな干渉にふける間もなく爆音が目の鼻の先で轟いた。

 ミーナがやられた……? いや、それにしては音が近すぎる。


『うわぁああああああッ!』


 推力を全開にした“ニギハヤヒ”が飛び込んでくる。

 それはかつて耳にしたことがないほど鬼気迫る声で、それでも確かに俺の仲間の声だった。


『わたしはもう一人も――ッ!!』


 その“ニギハヤヒ”は、ハルカは、腰だめに構えた狙撃銃を立て続けに発砲する。その弾丸が、“ヴェルカン”の右腕だけでなく全身を撃ち貫いて動きを止めた。

 大きな隙を見せた“ヴェルカン”に、“ニギハヤヒ”が全速で襲いかかる。

 “ニギハヤヒ”は二基の霊脈炉を搭載した、大出力を誇る魔導鎧装だ。その最高速は“ミカゲ”をも上回る。――ただし、纏い手の安全とは引き換えに。


「ハルカ! 無茶するな!」

『お前にだけは言われたくない! わたしだって、お前みたいに……ッ!』


 がむしゃらな速度で“ニギハヤヒ”は“ヴェルカン”に突っ込み、衝突した。振りまかれる衝撃波の中心で、両者はもつれ合いながら互いに武器を構える。 

 “ヴェルカン”は全身の各部に搭載した機銃を。そして――


『遅い!』


 ――コクピットに突き付けられた、ショートバレルの榴弾砲が火を噴き上げる。

 ハルカは立て続けに引き金を引き、“ヴェルカン”のコクピットと、コンピュータと、動力を撃ち抜いた。

 死に際に巨人は全身を震わせて、身もだえしながら沈黙する。

 役目を果たせなかった機銃が静かにこうべを垂れた。


『……目標の破壊を確認』


 いつものように静まりかえった声色で、ハルカが呟く。


『二人とも、まだ無事?』

「舐めんな。これくらい何ともねぇよ」


 なんで男って生き物は意味もなく強がっちまうんだろうな。


『別に、お前のほうはそこまで心配してない。それよりミーナは……」

『無事です! おかげさまで、助かりました……』


 気が抜けたのが、ミーナの声がしぼんでいく。無理らしからぬ話だ。今の敵は、明らかにミーナを狙っていた。


『そう……』


 気が抜けたのか、ハルカの“ニギハヤヒ”が危うく倒れたかける。そこに素早く桃色に塗装された魔導鎧装が滑り込んだ。


『待たせたなぁ、ご両人! ヒーローは遅れて登場するんやで!』


 我らが隊長というか社長のタマキは、いつ見ても奇抜な“キビツヒコ”でハルカを支える。余裕ぶっているが、全速で駆け出したハルカに慌てて追いついてきたのだろう。


「本当に、遅すぎるっての」


 そんな憎まれ口を叩きながらも、心からも体からも力が抜けていく。

 とりあえず、こいつらが駆けつけてくれたなら、あとは心配いらない。

 耳元で、リミッターの再設定を告げるシステム音声が流れる。それからミーナの掛け声を聞き流しつつ、俺は意識を手放した。

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