喪われた日々④

「タイチョー! やりましたよ!  あたしたちの部隊、正式な配備が決まったんです!」


 狭っ苦しい会議室に飛び込むなり、小柄な少女が声を雄叫びを上げた。


「ねぇねぇねぇねぇ! 聞いてます!? とうとう正式に認められたんですよ、あたしたち!」

「……聞こえてるっての」


 こいつの無尽蔵な気力と体力はどこから湧き上がるんだろう?

 とは言え、その報せは誰もが待ち望んだものだった。


「とうとうやったな嬢ちゃん!」


 なんて言いながら席を立ったのは我が隊の最年長、田富茂さん。そろそろ白髪が目立ち始めた熟練の兵士であり、我が隊ではもっぱらタトミさんと呼ばれている。


「そうですよタトミさん! これで予算も使いたい放題です!」

「あぁ! ようや狭い会議室と貧乏生活を抜け出せるってわけだな!」


 二人が明け透けな話ばかりするものだから、思わず失笑してしまう。


「隊長ももっと喜んでくださいよ! これであたしたちの悲願にまた一歩近づいたわけですよ!?」

「いや、俺も喜んじゃいるが……」


 俺たちの実力が認められた。これはきっと、諸手を上げて喜ぶべきことだ。

 だけど、それはつまり、これまで以上の難解で命懸けなミッションが待ち受けているということだ。

 俺はそんなものよりも、どんな名誉や金よりも、この場所がただあり続けてくれること、彼女たち一緒にいられること、それだけをただ望んでいた。

 だというのに――


「そんなに気負いなさんなって」


 後ろから肩を叩かれて、俺は思わず飛び上がりそうになる。

 どうやら思っていた以上に考え込んでいたらしい。


「若いから仕方がないのかもしれんが……抱え込んでもいいことはないぞ」

「わかっているつもりだ」


 無用な不安はいざってときのパフォーマンスを低下させる。緩急の使い分けは、生き残る上での必須技能だ。

 それでも、感情の部分をそう易易と割り切れるはずもなく。


「これから、どんな仕事を任されるんだろうな」

「もっと喜びましょーよタイチョー! わたしたちの“ミカゲ”がやっと陽の光を浴びるんですよ!」

「確かにここまで長かったよ」


 今、この国は魔導鎧装と呼ばれる三種の大型のボディアーマーを開発している。

 最初に開発された機種を“キビツヒコ”といい、これは低出力の霊脈炉を一基搭載したタイプだ。

 低出力な分だけ扱いやすく、汎用性も高いため主力となることが見込まれている。

 次に開発されたのが“ニギハヤヒ”だった。

 こいつはメインの霊脈炉に加えて、サブの霊脈炉をもう一基搭載した高出力の鎧で、大規模な火器を扱える。

 ただし制御が難しく、おまけに鈍重となってしまったため遠距離からの砲撃が主任務となった。

 そして最後に開発されたのが、俺たちの擁する“ミカゲ”である。

 こいつは高出力の霊脈炉を一基だけ搭載した鎧で、力強さと身軽さを併せ持つ。こいつに量産するだけの価値があるかどうかを検証するのが俺たちの部隊の仕事だった。


「寄せ集めの部隊で、よくここまでやってこれたもんだ」


 “ミカゲ”に搭載された霊脈炉は、常人離れした感応率がなければ扱えない。

 汎用性の低い兵器は、それだけで存在価値も薄くなってしまう。それだけに“ミカゲ”を扱える人間は限られ、それがあの鎧の足かせとなっていた。

 事実、“ミカゲ”の纏い手だけを集めたこの部隊は少規模で、出自も経歴もバラバラの人間で構成されている。どうにか統制は取れているが、規律正しい部隊だとは呼び難い。


「そこはほら、タイチョーの人徳ですよ! タイチョーがタイチョーだったから、わたしたちはついてこれたんです」

「我ながら相当とっつきにくい性分だと思うが」

「謙遜しなさんなって。お前がただのエリートなら、俺だって従っちゃいない」


 やたらと人懐っこいチヒロはともかく、タトミさんはもともと他企業の雇われだったという。随分と過酷な戦場も駆け抜けてきたらしい彼の言葉には相応の重みがあった。


「ちっとは自信持てよ。ここまでやってこれたのは、あんたのおかげだ」

「そうですそうです! きっとタイチョーが隊長じゃなきゃ、こんなにうまくいきませんでした!」


 連中の称賛はこそばゆいけど心地よい。

 こいつらはくせ者揃いのくせに、まるで悪意が感じられないから。

 それでも気恥ずかしいことは否めなかった。


「ええい! この話はお終いだ! てかお前ら、戦いのこと以外に話題はないのかよ?」

「そうだな。それなら隊長……気になってたんだ。あんたの女の好みってどうなんだ?」


 不意打ちすぎて一瞬思考が停止した。というか、いきなりなんでそんな話になるんだ?

 助けを求めるように、チヒロのほうへと目を向ける。

 するとすぐ目の前に、彼女の顔があって――


「――タイチョー、ゲットだぜぇええええ!」


 視界が黒い影に覆いかぶさられる。


「おまっ、ちょっ、離れろ……!」

「イヤです! なんとなく、今はタイチョーを確保しなきゃらならない気がするんです!」

「お前の“なんとなぐ”に俺を巻き込むな!」


 引き剥がそうともがくが、チヒロは器用に取り付いてくる。

 全く、なんでこういうときだけ、こいつは粘り強いんだ?

 もみくちゃにされながら、それでも俺は、彼女を引き剥がせなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る