それぞれの譲れないものA①

 襲撃の翌日、俺は昼過ぎまでベッドの中で大人しくしていた。霊脈炉と同調しすぎたせいで、溢れ出す力に呑まれかけたせいだ。

 幸いにも回復するまでは早かったが、その間に意外な相手が付きっきりで看病してくれたらしい。

 今晩はその珍しい相手に誘われて、夜の街に繰り出していた。


「まったく、どういう心境の変化なんだか」


 繁華街の外れ、カフェ・バーの一席で紅茶をすすりながら思う。

 いや、確かにヤツは仲間思いだった。俺に対してを除けばな。

 独りごちていた俺の前に、ようやく彼女が姿を現した。


「お待たせ」

「……そんな服も持ってたんだな」


 ワインレッドとでもいうのか? ともかく、そんな色のドレスみたいなワンピースに黒いパンプス。この街には見合わぬ、どこぞの令嬢のような格好。


「他に感想はないわけ?」


 ともすると病的に色白な、黒髪の少女が不満げに俺を睨み付ける。


「すまん。普段と全然イメージが違ってて……それなのによく似合っていたから」

「……そう」


 百瀬民間警備会社の狙撃手、朱子織ハルカ。俺を嫌っているはずの彼女が、その日のデート相手だった。

 いったい、どういった風の吹き回しで俺を呼び出したのだろう?

 ええと、ともかく。


「キレイだと思うよ。さっきのは驚いてただけだ」

「別にお前に褒められても嬉しくないけど……私はお前が嫌いだし」

「知ってるよ」


 こいつに限って、照れ隠しってことはないだろう。

 ただ、それならどうして。


「なんで俺なんかを遊びに誘ったんだよ」

「遊びに誘ったつもりはない。ただ、話したかっだけ」


 ますます訳が分からない。だいたい相談相手にしたって、俺よりも適任の人間なんていくらでもいただろうに。

 ただ、わざわざ嫌いな俺に話を持ち込むぐらいだから、それなりの理由があるんだろう。


「分かったよ」


 こんな無愛想な少女だけど、昨日は俺とミーナの危機を救ってくれた。そればかりか、つきっきりで俺の看病までしてくれたのだという。

 その恩くらいは返すべきだろう。


「今晩はどこにでも付き合ってやる」

「……お前がそんなに親切だと、なんだか不気味なんだけど」

「俺って、そんなに嫌われるようなことしてたっけ?」


 こいつが一方的に俺を嫌っているだけなのだ。少なくとも俺のほうは、ハルカをぞんざいに扱っているつもりはない。


「店はここでいいのか?」

「……や、連れていきたい場所がある」


 それならハルカに従うとしよう。

 勘定を済ませて外に出ると、いつもよりも静かな通りが俺たちを出迎えた。

 もともと急ごしらえの、廃墟のなり損ないみたい街だったが、今日はいつにも増してくたびれている。夜はこれからだというのに、明かりの灯っていない店が多いのだ。

 まさか、例の巨鳥の一件が漏れたか?

 いや、そんなはずはないだろうが、それでも不穏な空気を感じ取ったのかもしれない。

 こんな、いつ争いに巻き込まれてもおかしくない街に集まってる連中だ。危険の予兆には鼻が利くのである。


「それで、どこに行くんだ?」

「いいからついてきて」


 ぐいぐいと袖をひかれる。無愛想な態度の割に、その力は控えめだった。

 何となくそんな気はしていたが、きっとこいつは他人との距離感がなかなか掴めないんだろう。

 俺も似たようなものだから、よく分かる。


「心配すんなって。ちゃんとついてくから」

「……なんか、むかつく」


 セリフだけだと可愛げがあるが、こちらに突きつけられるのは本物の狙撃手の眼光である。いや、それにしては殺意とか敵意がダダ漏れだが。

 ハルカは俺の腕を引いて、街の北部を目指した。裏路地を経由するごとにただでさえ少ない人の数が減っていく。


「本当に、この先に店があるのか?」

「あとちょっとだから」


 辺りを見回す俺が歩き疲れたのだと勘違いしているらしい。返事をする代わりに、こちらから手を握り返してやると、振り払われた。


「きもちわるい」

「泣くぞ、この野郎」


 なんて抗議はすっかりスルーされ、目的地と思しき偉容(?)が現れる。

 ハルカが俺を連れ込もうとしていたのは、まさかの。


「ちょっと休憩したいのか?」

「別に……そういうわけじゃないけど」


 この反応からして、意味は通じてないんだろう。

 俺たちの目の前にそびえるのは、おそらく侵略以前から存在するハリボテのお城。外観を華やかに繕った、男女の隠れ家である。


「分かってるのかお前。ここ……ラブホだぞ?」

「こういう場所のほうが、余計な横槍が入らないの」


 それはそうだろう。男女の営みに割って入る度胸なんか俺にもない。


「利用法は分かってるのか?」

「わからないけど、お前なら知ってるでしょう?」

「その意味のわからない信頼はどこからやってきたんだ……」


 こちとら、ラブホに入る機会どころか相手さえいたことねぇよ。どこぞの騒がしかった部下も、男女の間柄ってわけではなかったし。

 とはいえ、俺にも男の意地がある。まさか、そういった経験が皆無だなんて白状できるわけがない。


「知らないの?」

「任せろ」


 俺は動揺や困惑を呑み込んで、未知のお城に攻め込んでいった。

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