それぞれの譲れないものA②

「ふーん、こんななんだ……」


 そこはファンシーというか、全体的にやたらと可愛らしい一室だった。まず壁紙が花柄で、照明はオレンジがかった暖色で、そこかしこにキラキラとヒラヒラが溢れている。

 説明しているうちに、頭が馬鹿になりそうだった。


「なんつーか……特徴的な部屋だな」

「うん。思ってたほど、悪くない」


 素直じゃない評価とは裏腹に、ハルカの目はきらきらしている。このメルヘンな空間に、彼女は心躍らせているらしい。

 普段のイメージとはかけ離れているが……本来は、こういう性格なのかもしれない。

 そんな前で、この部屋をこき下ろすのはさすがに躊躇われた。


「確かにな。ま、悪くない部屋だ」

「…………」


 じとりとハルカに睨まれる。


「なんだよ?」

「お前、私に合わせたんでしょ?」


 つまり、彼女の言いたいことはこうだった。

 本当は嫌なのに、自分に合わせてついてきてくれたんじゃないのかって。


「考え過ぎだって」


 なんでそんなに鋭いんだか。

 ハルカは、人間不信のくせに繊細なところがあるから、下手な誤魔化しがきかない。


「また誤魔化してる。やっぱりお前は嫌い」

「そんなに何度も言わなくたって、分かってるっての」


 実際のところ、ハルカが俺にどんな感情を抱いているのかはよく分かっていない。素直じゃないのもあるのが、そもそも感情表現が下手くそ過ぎるのだ。

 嫌っているなら、俺のことなんて放っておけばいいのに。


「なに考えてるの?」


 黙り込んだ俺のことを怪訝に思ったのだろう、ハルカが不満そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「いいや、何でもない」


 ま、せっかく二人で集まったんだ。詳しいところはこの場で聞けばいい。

 なんにせよ、座ったまんまでは話しづらい。


「じゃ、俺はベッドでも借りようかな。そっちのソファはお前が使ってくれ」


 そう言って二人がけのソファを指さす。するとハルカが眉根をひそめて首を傾げた。


「なんで、そんなに離れて座るの? 近いほうが好都合」

「そうか? それなら……」


 気をつかったつもりだが、余計なお世話だったらしい。


「うん。私もお前の隣でいい」


 言うなりハルカは俺の背中をぐいぐいと押してくる。されるがまま俺は、ピンク色が目に痛いダブルベッドに腰を下ろした。

 そして、その隣にハルカが収まる。


「いや、なんでだよ!」

「……?」

「どうせ二人で座るならソファでいいだろ!?」

「ううん。こっちのほうが落ち着いて話せる」

「だからってお前、意味分かってんのか?」

「何の話?」


 ダメだ、全く会話が噛み合っていない。今までは腰を落ち着けて話す機会なんて、ほとんどなかったせいだ。

 なるほど。ハルカに一般常識みたいなものは通じないらしい。


「ねぇ、黙ってないで教えて。じゃなきゃ殺す」

「あとで! あとで教えるからそんな目で俺を見るな!」


 なんでこいつはこんな状況でも、ギラギラに殺意を漲らせられるんだ。


「わかった。……約束だから」

「そいつは良かったよ」


 本当に、読みにくいヤツだ。きっと俺とは、それからミーナや社長とも質の異なる世界を生きてきたんだろう。

 そのせいで、互いの想いが噛み合わない。


「分かってるから、そんな目で見ないで」

「うん?」


 俺と似たようなセリフが、今度はハルカのほうから投げかけられる。

 それは、弱くて力ない少女が何かに縋るような声音だった。


「わたしは、お前とは違う。お前とも、ミーナやタマキとも違う。お前たちの当たり前が、わたしにはない」


 濡れ羽色の前髪に目元を隠しながらハルカがつぶやく。

 なんだか、放っておく潰れてしまいそうだった。そのままになんかしておけなくて、思わず軽口が飛び出す。


「言っとくが、ミーナはともかく、俺や社長はまとも人間じゃねぇぞ?」

「うん、知ってる。だけどお前は、わたしが知らなかったものを持っているから」


 言いながら、ハルカは俺の袖をくいくいと引っ張ってくる。その指に引かれるがまま彼女と向き合った。


「ねぇ教えて」


 ハルカは今にも泣き出しそうな目に、あらん限りの決意を湛えて問い掛けてくる。


「仲間ってどんなもの? どうしたら仲間になれるの? わたしは……お前たちの仲間になれている?」

「そいつは……」


 正直に言えば、そんなのは俺にだって分からなかった。だって仲間かどうかなんて、意識して決めるものじゃない。

 心が許せたら、背中を預けられたら、いつの間にかそう呼んでるものなのだ。そうだろう?

 その意味でこいつは……。


「聞いてもいいか?」

「なにを?」

「なんで、仲間になんてこだわるんだ?」


 実のところ、俺自身は仲間という言葉にそれほど良い印象を抱いていない。だってそいつはかつて俺が踏み台にして、犠牲にしたものだから。

 あいつらが俺を恨んでいないのは分かってる。今の結果が、あいつらの望んだものだっていうのも。

 それでもあと少し、あいつらと一緒にいたかった。共に生き残る未来が見たかった。

 俺だけが、独りで生き残ったこの状況を受け容れられずにいた。


「仲間なんて面倒なもんだぞ。一度抱えちまったら、死ぬまで捨てられない」

「重たいものなのは分かってる。私には背負いきれなかったから」


 背負いきれなかった。

 仲間を。その期待を。


「やめとけよ」


 俺はハルカの過去を知らない。それでも、こいつが戦場にいたことぐらいは想像できる。

 そして戦場で仲間の期待を背負いきれなかった。それが何を意味しているのかも、何となくだが察しがついてしまう。


「やめとけ。仲間が何を考えてたかなんて本人にしか分からん。あんまり考え過ぎるな」

「無茶言わないで!」


 息を呑んだハルカが、珍しく声を張り上げる。


「わたしが、大切なものを見失わなければ、“あの人たち”は死なずに済んだの! もしかしたら、今でもわたしの隣に、いたかもしれないのに」


何かに当たり散らすように、そうしないとボロボロに崩れていってしまいそうな声音で。


「……ごめん。わたし、わけが分からないこと言ってる」

「いいよ、もう少しお前の話が聞きたい」


 あの不器用な少女が、ここまで素直に心をさらけ出してくれたんだ。もう少し、その信頼に応えてやりたかった。


「……お礼は、言わないから」

「言われるようなことはしてねぇよ」

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