それぞれの譲れないものA③

 ハルカの話が聞きたいというのは本当だった。

 こいつは、俺と自分が似たもの同士だと、そう思っていたと語った。

 正直、俺自身はハルカとの共通点なんて何一つ見出せない。だから何が彼女にそう思わせたのか、気にならないと言えば嘘になる。


「つーことで、だ。そもそもお前は昔、どんな生活を送ってたんだ?」

「長い話になるけど、いい?」

「イヤなら、こんなとこまで来てねぇよ」


 そう言ってやったら、ハルカは驚いたようにこちらの顔を見上げた。それから肩の力を抜くと、こくりと頷く。


「うん。あのね、わたしは昔はいろんな人が集まった実験部隊にいたの。そこで、仲間を後方から援護する任についていた」


 それはちょうど、俺たちの部隊における彼女と同じ役割だった。その頃から、ハルカの狙撃手としての能力には目を見張るものがあったのだろう。


「最初はね、後ろで隠れていればいいって言われたの。あの部隊の中だと、わたしは最年少だったから」


 ハルカのいた実験部隊とやらがどんな場所だったのかは分からない。それでも、過去を振り返るハルカの表情はどこか楽しげで、柔らかかった。

 それを時折苦しそうに歪めてしまうような出来事がハルカたちを襲ったのだろう。


「それから?」

「うん。だけどね、わたしを守ってくれるって言った人たちはみんな、ひとりずつ、わたしの目の前で倒れていった。それに、わたしは耐えられなかった」

「だから銃を取ったのか」

「うん。わたしが敵を撃つたびに、死んでいく仲間は減ったから」


 当然と言えば当然の流れではあった。

 ハルカの、狙撃手として才能は人並み外れている。おまけに聞いた限りだと、彼女の部隊は素人の集まりだ。

 慣れない戦場を駆ける者たちにとって、ハルカは救世主に見えたことだろう。


「それで、味方の守り神になったお前は、それからどうしたんだ?」

「何日も、何ヶ月も敵を撃ち続けた。何人殺したか分からないけど、そうするしか、あの人たちを守る方法はなかった」

「それはまぁ……そうなんだろうな」


 幼い少女が生きるには歪な世界だが、それでも彼女の言葉に偽りはない。迷えば迷っただけ仲間にも自分にも、死の危険はひたひたと迫る。


「お前はそれがイヤだったのか?」


 少し考え込んだハルカは、ゆるゆると首を横に振った。


「わたしがイヤだったのはそのことじゃない。それだけなら、わたしは仲間を守ったんだって胸を張れた」

「何があったか……聞いてもいいのか?」


 今さら、断られはしないだろう。けれど隣に腰掛けた少女はいつも以上に小さく見えて、そっと触れなければ脆く崩れ落ちてしまいそうだった。

 ハルカは少しだけ間を置いてから、微かに頷く。


「うん。あのね、わたしがいたのは実験部隊だったの。みんな、自分の体に機密を抱えていた。だから、誰ひとりとして、生きたまま敵に捕まるわけにはいかなかった」

「あぁ……」


 その一言だけで、彼女に命じられた任務を察してしまう。


「お前、味方を?」

「……うん。特に、頭だけは絶対に破壊しろって。そこに、わたしたちの守るべきものが詰まってるからって」


 守るべきもの、か。

 それは、非道な実験を行っていた司令部にとっての話で、ハルカが守りたいものは別にあったはずだ。

 けれど世界は、そんな個人の願望や意志などを優先してくれはしない。


「最初は、わたしだって拒絶した。けれど捕まった味方は拷問されるんだって言われて。本当に、なぶり殺しにされるところも見てしまって……!」


 押し殺しきれなかった感情が、彼女の肩を震わせていた。

 こいつはきっと、そうやって悲しむ資格さえ自分にはないとでも思ってるのだろう。


「わたしはこれが正しいことなんだって……仲間を殺すのが、正しいことなんだって、思い込むことにして……仲間を、撃った」


 ハルカはぎゅっとスカートを握り締め、顔を伏せてしまう。その長髪に覆い隠されて、彼女の表情を窺い知ることはできなかった。

 だけど彼女の膝元に、ぽつぽつと黒い染みが広がる。


「分かってる。こんなのは本末転倒でしかない。たしは、わたしが守りたかったものを自分の手でこわした。仲間のためだって言い聞かせながら、仲間を殺していたの」

「いや、それは……」


 否定したいけれど、できなかった。彼女の言葉は何一つ偽りのない、事実だったから。


「だから、だから私は……知りたい」


 そこでハルカは顔をあげる。涙に濡れた瞳が俺を見上げた。


「わたしは今、本当に仲間を……お前たちを守れてる? 今度こそ、大事なものを見失ってない?」


 縋るように、ねだるように問い掛けられる。口下手な彼女なりに、懸命に言葉を紡ぎ出そうとしていた。だから虚飾や誇張がない。

 俺も嘘はつけなかった。


「お前がどうかなんて知らねぇよ」

「……え?」


 仲間のために戦えてるかだと? そんなの、一々に言葉にして確かめるようなことじゃない。

 それでも、伝えてやれることはあった。


「いいか? 俺は、お前になら背中を預けられる。というか、これまでにだって何度も預けてきたつもりだ」

「……何が言いたいの?」


 察しろよ。なんでこんなに不器用なんだか。


「お前なら、俺のことを守ってくると信じてるんだよ。だからこそ俺も、他のヤツらも、お前を頼りにしてるんだ」

「だけど、わたしは仲間を――」

「何度もこんなこと言わせるな! お前が仲間思いなのなんて俺にも分かってる! お前が嫌ってる俺にもだ!」


 そうだ、こいつの銃弾は、嫌いなはずの俺に襲いかかる敵ですら迷うことなく撃ち抜いてきた。


「お前自身がどう思ってようが関係ない! お前の仲間が、お前のことを信じてるんだ。信じられないってんなら全員に聞いてきやがれ!」


 本当に、どうしてこんな小っ恥ずかしいことを叫ばなきゃならないんだ。言った傍から頬が熱くなってくる。

 おまけに、今にも泣き出しそうな瞳がこちらを見つめてくるのだから溜まらない。

 まさか、こんなに情緒豊かなヤツだったとは。


「お前は、間違いなく大切な仲間なんだ」

「ご……っ、ごめんなさい。わたし、そんなふうに言われると思ってなくて……」

「嫌なら忘れろ」

「ううん、嫌じゃない。嫌じゃないけど……」


 それからハルカは顔を伏せて目元を隠してしまう。その肩が、引き攣るように震え出した。

 こういうときは、どう慰めてやればいいんだ?


「……よくやったよ、お前は」


 隣に聞こえぬよう、こっそりと呟く。それから後ろ手をつくと、小さなしゃくり声が聞こえた。


「気にしなくていいぞ」

「うるさいっ。泣いてない、泣いてないから……」


 そうやって毒づく声も、嗚咽に呑まれて溺れていく。

 何だか声をかける気も、離れる気にもなれなくて、泣き声が止むまで隣に腰掛けていた。

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