喪われた日々⑤

 乾き切った空の下に怒号と砲声が鳴り響いていた。


「何やってんだ! さっさと逃げろッ!」


 空気が揺れる。大地が揺れる。

 死に物狂いの悲鳴を背負って、雇われの兵隊たちが防衛戦を築いていた。

 彼らの背には起動状態の霊脈炉が輝いている。そこから流れ出た光素が、戦車砲さえも受け付けない、不可視の鎧を作り出しているのである。

 彼らと今の日本を支える唯一の生命線だった。


『もう三割近くが動けないぞ!』

『ダメだ、数が多すぎるッ! このままじゃ全員……!』


 そこらで火の手が上がり、動けなくなった同僚たちが空っぽの目で空を見上げている。


「クソっ、なんて状況だ!」


 かつての超大国アメリカは多くの紛争を抑え込んでいた。このウクライナはその代表格である。

 もとより戦乱の渦中にある地域ではあったのだ。けれど米軍が引き上げて二度と戻る可能性もなくなったことで、危うかった均衡すら崩れ去った。

 平たく言えば、ロシアか本格的に攻め込んできたわけである。


「ミーナ! タトミさん! 俺たちも加勢するぞ!」

『了解です!』

『やってやるか!』


 霊脈炉の出力を上昇。十分な力場を展開すると、二人を率いて銃火の交差路に飛び込んでいく。


『お前ら、例の実験部隊か!? こっちは難民の誘導で手一杯なんだ! 少しでいい、敵を引き付けてくれ!!』

『もうやってますよ! タイチョー、あたしたちはどうすればいいですか!?』

「散開しろ! 固まったままじゃ全員を守りきれない!」


 俺の指示に応じて、ミーナとタトミさんは左右に散らばっていく。

 二人を見送ると、俺は押し並べられた簡易的な住宅と無数のテントの群れに紛れ込んだ。

 その多くはなぎ倒され、踏みにじられて、砂埃の中に沈んでいる。何人もの遺体がその下敷きとなっていた。


「――っ、この野郎……!!」


 身に纏った鎧の感触を確かめる。霊脈炉との同調率が高すぎたが、活動に支障はない。

 拳を握りしめて、分厚い弾幕の中に飛び出す。


『タイチョー、突出し過ぎです!』

「俺たちは、狙い撃ちされてるくらいでちょうどいい!」


 魔導鎧装はあらゆる兵装に耐性がある。

 俺たちが盾になって注意を引き付ければ、生き残れるヤツらが増えるのだ。


『相変わらずお人好しだな隊長さんよ』

「これが仕事だ! 喋ってる暇はねぇ!」

『そいつは分かってるが、俺たち……いや、チヒロの嬢ちゃんの気持ちも分かってやれよ』

「チヒロの気持ち……?」


 俺に死ぬなって言うんだろ? そんなつもりは毛頭ない。


「生きて帰るぞ、俺たち全員で」

『はぁ~、チヒロの嬢ちゃんも苦労しそうだな! だが、その言葉だけで今は十分だ! それより敵さんのお出ましだ!』


 レーダー上に次々と赤い光点が浮かび上がる。ここはとっくに包囲されていた。


『ど、どうしましょうタイチョー……?』

「これくらいで焦るな」


 “ミカゲ”は、考えられる限りどんな戦術兵器を浴びてもそうそう沈まない。

 ――けれどそれは、あくまでも俺たちが敵弾を受けた場合の話だった。


『隊長さんよ! 攻撃が来るぞ、衝撃に備えろ!』


 立て続けに砲声が轟き、耳元を無数の風切り音が駆け抜ける。

 まずい……!


『ひっ、うわっ、助け――』


 背後で、ぐしゃっ、と濡れた音がする。

 血肉と空気が押し潰され、友軍が超音速の弾頭に弾き飛ばされていく。


「やられた……ッ!」


 悲鳴はなかった。ただ砂煙がもうもうと立ち上る。


『そんな……ッ』

『聞いてねぇぞ! この服を着てれば無敵じゃなかったのかよ!?』


 味方の通信が悲鳴で溢れかえる。

 霊脈炉の力場は絶対であった。どんな銃弾だって跳ね除けてみせた。

 その常識が、近頃になって崩れ去ろうとしていた。力場を破る兵器群が出回り、民兵の手にまで渡って傭兵たちの命を奪い始めていたのだ。


『どうする隊長さんよ?』

「仕事をするぞ。俺たちはこういうときのためにいる」


 “ミカゲ”を始めとする魔導鎧装は、さらなる防御能力の獲得を目的として開発された。

 つまりは、こんな状況でも味方を守り抜くために造られたのだから。


「これ以上、やらせるわけにはいかねぇ! 二人とも、あいつらの援護を頼めるか!?」

『了解しました!』

『任せろ!』

「俺は敵を叩く! “ミカゲ”隊の力を見せつけるぞ!!」

『はい!!』

『おう!!』


 二人の鎧の反応が急速に高まり、その全身から光素が噴き出す。それを棚引かせながら、二人は味方のほうに向かっていった。その背中を見送ることはしない。


「……さぁ、俺も自分の仕事を片付けるか」


 目線でコンソールを操り、出力制限を解放。感応率の上限を緩和。

 意識が深く霊脈炉に結びつけられ、全身を万能感が包み込む。

 周囲の地形が意識の中に浮かび上がった。


「――来た」


 前方から飛翔体が三つ。速度からして羽つきの徹甲弾だった。

 俺は炉から大量の光素を引き出すと右腕に纏わせる。その手を左腰にマウントにされた大太刀の柄に添え、腰を落とした。


「――はぁああああッ!!」


 倒れ込むように踏み込み、腰を捻りながら刃を抜き放つ。その先端で一つを切り上げ、返す刀で続く一つを叩き落とす。

 最後に片手を添えると真正面に突き出し、超音速の弾頭を貫いた。

 立て続けに三つ、爆発が起こり、爆炎が視界を包む。


『見たか今の!?』

『あいつ砲弾を切りやがった!!』

『すげぇ! あれが例の実験部隊か!』


 味方の通信が急にやかましくなる。


『タイチョー、すごい人気ですね!』

『さすがは俺たちのヒーローだ』

「うるせぇ! それよりら二人とも、今の弾道から敵の位置を割り出せるか?」

『あたしの位置からじゃ見えません!』


 威勢だけはいいチヒロと違って、タトミさんは仕事のできる男だった。


『俺は何とか――いや、その前にデカブツのお出ましだ』

「デカブツだ?」


 聞き返そうとした途端、すぐ脇の民家が内側から弾け飛んだ。

 まず長大な砲身が視界に飛び込み、続いて装甲化された車体とクローラーを視認する。

 現れたのは露製のMBT主力戦車


「嘘だろ……!?」

『まさか戦車のお出ましとはな。いつの間に持ち込んでたんだか』

「なんでそんなに落ち着いてるんだよ!?」

『そりゃあ、だって隊長さんが始末してくれるんだろ?』

「無茶言うな!」


 確かに霊脈炉の力場は戦車の主砲ですら防ぎきって見せる。けれどそれは、相手がただの徹甲弾を使用してきた場合の話だ。光素をまとった百二十五ミリの砲弾を撃ち込まれれば、この鎧でも防ぎ切れる保証はない。

 なればこそ――


「――やられる前にやるしかねぇ!」

 

 車載の機銃が一斉にこちらに向けて火を噴く。構う必要はなかった。その全てに無言で耐えながら柄を握り直し、体の脇に構える。


『タイチョー、そのままじゃ……!』

「任せろ!!」


 荒れ果てた地べたを踏み締め、背部のブースターを全開にする。圧倒的な加速度に全身を締め付けられながら、前へ、敵の懐へと吹き飛んだ。

 この加速中なら踏み込みは要らない。

 すれ違い様に砲身の根元へと刃を叩き込む。鋼鉄の車体は、雄叫びのような悲鳴を上げながら裂けて、車体の後部から刃は通り抜けた。

 振り抜くと同時に切れ目がずれる。

 直後、火花が飛び散って砲塔が吹き飛んだ。

 

『戦車が火を噴きやがった!!』

『やったぞ! 例の実験部隊だ!』


 大太刀を柄に収めるとチヒロに呼びかける。


「味方の避難はどうなってる?」

『みんなタイチョーの戦いに釘付けですよ!』

「何やってんだ、さっさと逃せ!」


 そんな俺の怒声に急かされて、なぜかチヒロ以外の味方も慌てて動き出す。


『すごい……そうか、あれが俺たちの新しい力か!』

『あれがあれば生き残れるぞ! 希望が見えてきたぞ!』


 味方の歓声は収まらなかった。敵弾の下をくぐりぬけていく、その間にも。

 結局、俺というか“ミカゲ”実験小隊は撤退が完了する寸前まで、その地で戦い続けたのだった。

 過酷でも、悪くはない日々だった。

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