夜戦

 両手の大太刀を握りしめ、そちらに動力を回す。流れ込んだ光素は刃を輝かせ、夜闇を切り裂いた。

 これでは敵に位置が丸わかりだが、今さら隠れたところでもう遅い。


「――来たか」


 光素の充填が完了しようというところで敵方のミサイルランチャーが火を噴いた。

 それを見届けもせずにブースターを再点火。その爆発的な推力に押し出され、横ざまに吹っ飛んだ。

 着地した先を両足で踏みしめ、衝撃を受け止める。それを殺しきらずに跳び出し、急加速すると右足で地を踏み切って一気に駆け出した。

 一機ずつ片付けるしかない。ひとまずランチャー持ちから。

 狙いを定めると、ヤツは慌てたようにミサイルをばらまく。そこに向けて踏み込むと同時に右を振り下ろし、反対の足で地を蹴ると今度は左を突き入れた。それぞれの切っ先でミサイルが爆ぜる。

 ちょっと熱いが、動きを止めるほどじゃない。

爆炎の中を突っ切って“ヴェルカン”に肉薄すると、その眼前に左足で踏み込んだ。そこを軸に左腕を振り回し、突撃の勢いを大太刀へ乗せる。低く姿勢から放たれたそいつは枯れ草を薙ぎ払い、半月状の弧を描いて“ヴェルカン”の操縦室を断ち切った。

 操縦者は即死したはずだ。その証拠に“ヴェルカン”は大きな両肩を震わせると、力尽きてうなだれる。

その報復ってわけでもないのだろうが、棍棒持ちの“ヴェルカン”が左手から飛びかかってきた。ヤツの両手は棍棒の柄をしっかり握りしめ、頭上高くに振りかぶっている。

巨人の全重量を乗せた一撃は、きっとこの鎧ごと俺を打ち砕くことだろう。

それだけの大質量の塊が振り下ろされた。

躱せない――タイミングでもないが。


『明後日の晩も奢りだから』


 衝撃波が、超音速の弾丸と共に棍棒を穿った。その表面を一斉にヒビが走って、致命的な破砕音と同時に弾き飛ばされる。

待ってたぜハルカ。

俺は返事をする代わりに右足を引き、その踵で地べたを削りながら身を翻した。目標を正面に捉えるより一瞬早く踏み切ると、回転の勢いを解き放つように右の大太刀を振り抜く。

剣閃は真一文字に棍棒持ちの腹を叩き切り、両断した。

力を失った巨体は味方の遺骸へ覆い被さり、それと時を同じくして全身から炎を噴き上がらせた。見れば、俺が最初に斬った個体も激しい炎に包まれている。

ただ爆発したと考えるのは不自然に過ぎる火勢だった。これも機密保持のために、自爆装置のようなものが仕組まれていたのだろう。

不気味ではあるが、真相の特定は俺たちの仕事じゃない。


「おい社長。こっちは片付いたぞ。撤退の準備はできてるのか?」

『もちろんや――と言いたいところなんやけどなぁ……!』


 砲声が轟く。火薬が弾けて、何度も地表を金属片が叩く。俺の傍ではない。通信越しに、社長たちの近くから聞こえてきていた。


「まだ囲まれてるのか!?」

『ミーナから応答がないねん! そのせいで敵の数が分からん!』

「なんだと!?」


 ミーナの“キビツヒコ”はおよそ半径二十キロ圏内の霊脈炉を漏れなく見つけ出す。その精度は、百瀬どころか盾速の中にも並ぶものなどいない。

 そんな彼女は、うちの部隊の目であり耳であった。

敵の存在に気づけなかったということは、ミーナの身に何か……いや、考えてたって仕方がない。


「社長! 俺は……!!」

『分かっとるわ! 探しに行きたいんやろ? 幸い、こっちは何とかなっとるから、そっちは任せたる!!』

「助かる!」


 とは言ったものの、何を手がかりにしたものか。

立ち尽くす俺を導いたのは、部下たる少女の声だった。


『隊長、ミーナさんを探しているのですよね』

「分かるのかエレナ!?」

『えぇ、偶然ミーナさんの反応を拾ったのですが……徐々にここを離れつつあります』

「離れてるだと?」


 どういうことだ、なんてエレナに訊いたって分かるはずもない。それよりも今は、ミーナの居場所が分かったという、その一点のみが重要だった。


「事情は分からんがともかく追いかける! こっちにも情報を送ってくれ!」

『了解しました』


 レーダーの情報が更新される。ミーナは、俺たちが戦う公園を離れて南西方面へと向かっていた。

“キビツヒコ”の足で移動したにしては遠すぎる。どうしちまったんだ、あいつ。

目を向けても、肉眼で捉えられる距離ではない。けれど彼女が消えた方角へとじっくり目を凝らせば、それに応じて機械が補正を始めた。


『何か見えましたか?』

「さすがに厳しいだろうが……」


自動的に光度が調整され、夜空に小さな異変を見出す。

 あれは……。

サブウィンドウの中で目標が拡大表示され、その全体像を捉える。そいつはブーメランのような形状をした航空機であった。

この近隣を民間機が飛ぶことはありえない。それに俺は、あれとよく似た敵に見覚えがあった。

まずいぞ、こいつは。


『ちょっと、待って下さい隊長!』

「このままじゃミーナが連れ去られる! あのときもそうだったんだ!」


 ちょうど北海道が二度目の襲撃を受ける前、俺とミーナは巨大なステルス機に襲われた。あのときも、敵の狙いはミーナだったのだ。


「なんでミーナが狙われるんだ……絶対にやらせるか!!」


 意識をもう一度深く霊脈炉へと、その内に封じられた力の根源へと結びつける。

なにせ、最悪の状況だ。多少の無茶は覚悟しなければならない。

それでも俺は――


『――ちょっと待ちぃソウハ! 上から命令が来とるッ!!』


 社長は珍しく権限を行使して、俺の通信に無理やり割り込んできた。


「今度は何だ!?」

『それが……すぐに撤退しろっちゅうねん』


 撤退だと?

 にわかにはタマキの言ってることが理解できなかった。


「そんなことしたらミーナはどうなる! あいつを見捨てろってのか!?」

『これは雇い主からの命令や。少し落ち着きぃ!』


 この場合の雇い主とは、盾速と百瀬に依頼を寄越した日本政府、および自衛隊統合幕僚監部のことを表す。その財力も、それから影響力も、当然ながら民間組織の比ではない。


「でも、だからって諦められるわけねぇだろ!?」

『これを無視したら、あたしだってあんたを庇い切れんくなる!』

「それで構わん!!」


 見間違える気も、見失う気もない。

 俺が欲しいのは、いつだって一つだった。

明日には潰えるかもしれない、ささやかな平和。仲間と紡いでいく有限の時間。

そのためだけに、この心と命を燃やし尽くしてきたのだから。


「ごめんな社長、今回ばかりは従えない」

『はぁ!? あんた、なにアホなこと抜かして……!?』


 これ以上の抗議に耳を貸すつもりはなかった。通信を切って独りで追跡を始める。

こうすれば全ての責任は俺に帰ってくる。他の連中が責められることもない。


『隊長を一人でなんて行かせません!! 私もお供します!!』


 “ヰサセリヒコ”が追いすがってくる。エレナの鎧だった。


「馬鹿やろ……っ、お前の出番じゃねぇ!! 引っ込んでろ!!」

『ここでついて行かなかったら、なんのためにわたしはここにいるんですか!? どうかお傍で戦わせて下さいッ!』


 その言葉が、ぶつけられる気持ちが、その何もかもが、ここにはいない少女の顔を思い起こさせる。

あいつもそうだった。何度も無茶をしでかして、最後には俺の前で散った。

 こういう手合いは一番苦手なんだけどなぁ!


「どうせ言ったって止まらないんだろう?」

『それは……』

「分かってるよ。分かってるつもりだ。止めないから生き残れ! 俺に後悔させるな!」

『は、はいっ!!』


 その威勢のいい返事も、やっぱり懐かしい声を連想させる。苦々しい記憶と共に。

でも、それを言い訳にするつもりはない。危機が迫ったら俺が守ればいい。そのための力をこの身に纏っているんだ。


「“ミカゲ”分隊の初仕事だ!! 化け物鳥を撃ち落とすぞ!」

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