“ミカゲ・改”

 立て続けに砲弾が周囲を穿ち、味方は散り散りに散解する。

襲撃だった。やや不正確だが、間違いなくこちらを狙っている。


「まずいな、こいつは」


 急な下り坂に身を押し付けて、息を整える。それを見計らったようにタマキが通信を入れてきた。


『ソウハ、まだ生きとるか?』

「なんだ社長?」

『ハルカとは合流できたんやけどな、他は全員バラバラや。このままじゃ各個撃破される。そこで悪いやけど……』

「囮になれってんだろ? 分かってるよ」

『あっ、こら――』


 途中でセリフを引き継いで、物陰から飛び出す。

 そこは開けた平原だった。元は公園だったらしく、風化した遊具の残骸が転がっている。とは言え、そんなものでは遮蔽物にもなりはしない。いくら味方が腕利きでも逃げ切れるわけがなかった。

そして逃げ切れないのなら、迎え撃つしかない。

俺は両腰に下げた大太刀の柄を握りしめ、抜き放つ。

対光素化兵装 “フツノミタマ・真打”。刀身に直接エネルギーを送り込むことであらゆる装甲と障壁を切り裂く必殺の剣である。

 新たな鎧には、それが二振り搭載されていた。

左の一振りを正眼に、右の一振りを頭上に構えてセンサーと直感を研ぎ澄ませる。

 夜の闇の、その先を視る。

――来た。

対装甲車用のミサイルが六発。先程までとは打って変わって、正確に俺を照準している。かえって都合がいい。


「さて、やるか」


 つぶやきながら踏み込むと、左の大太刀で初弾を打ち払う。その反動で持ち上がった刀を正面に突き出し、二発目。そこから右足で地べたを蹴って加速する勢いのまま右の大太刀を振るい、三発めと四発めを薙ぎ払う。

その体勢から重心を落とし、姿勢を低くかがめると――


『――ソウハさん! エレナさんの援護に迎えませんか……!?』


 ミーナの悲鳴じみた訴えが鼓膜を叩く。直後に迫りきた五発めを右の大太刀で叩き切り、六発めに左の大太刀を突き立てた。


「危ねぇな!? なんてタイミングで声かけやがる!」


なんて文句を言っている間に、制御を失ったミサイルが足元に転がり込んできた。そいつらが爆発するよりも早くブースターを展開すると、溢れ出した爆炎を振り切って急加速する。


『すす、すみません! けれどエレナさんが……ッ!!』

「ヤバいのは分かったから状況を教えてくれ!」

『は、はいっ! そちらのHUDに表示します!』


 そうミーナが告げるやいなや、頭部を覆う全視界型のディスプレイにサブウィンドウが追加される。そこには逃げ惑う“ヰサセリヒコ”の姿が映し出された。

 エレナだ。まだ直撃弾は受けていないようだが、追いすがるミサイルに動きが鈍りつつある。

 あいつ、気持ちが折れそうになってるな。


「おい! へこたれるなエレナ! 最後に大事なのは根性だ!!」

『そんなので、どうにかなるわけないじゃないですか……っ!』


 震えるエレナの声。

確かに根性だけじゃどうにもならない。けれど最後の可能性を掴み取れるのは、諦めなかったヤツだけだ。


「俺がどうにかするから持ちこたえろ! ミーナ、敵の位置は分かるか?」

『すでに捉えています! そちらにも反映しますね!』


 HMDに映し出された夜の荒野。そこに障害物すら見透かして、計六機もの鋼鉄の巨人が浮かび上がる。ロシア軍の主力兵装たる霊脈炉搭載機“ヴェルカン”である。


「なんでこんなところに……」


 いや、そんなことを考えてる場合じゃない。


「おい、聞こえてるかハルカ!?」

『なに?』

「俺が駆けつけるまでいい! エレナの援護を頼む!」

『貸し一つだから』


 そこは無償で請け負えよ!

けれど俺が文句を差し挟む暇もなく“ニギハヤヒ”は背部と両肩の重火器を展開していた。

 両足裏のスタビライザーが地を抉り、多銃身砲が回転を始めると全身から火花を散らして徹甲弾やミサイルが撃ち放つ。

その鋼と炎の暴雨は真正面から“ヴェルカン”を押し潰していった。鋼の巨人は砂煙に呑まれて、ひとときだけ攻撃の手を緩める。しかしハルカの標的が次に移ると間髪入れずに反撃を加えてきた。


『やっぱり仕留めるのは難しいみたい』

「だろうな」


 霊脈炉は起動すると同時に全身へ素粒子を供給する。“人工光素”と呼ばれるそいつは装甲の表面を覆うように力場を展開し、周囲からのあらゆる干渉を拒絶した。

 その内側には、たとえ戦車砲をもってしても致命打は与えられない。


『仕方ないから、お代は明日のお昼だけで勘弁してあげる』

「そいつはどうも!」


 こいつに構うのはあとだ。今はそれよりも――


「社長! 例のアレを使う。許可をくれ!」

『あんた、あたしが止めたって聞かへんやろ! えぇから好きにしぃ!!』


 よし、社長ことタマキからお許しをいただけた。

俺はHUDを睨みつけ、視線誘導操作でコンソールを立ち上げる。ここからは音声入力しか受け付けない。


「上位権限を開放。ユーザーネーム、火神ソウハ。アクセスコード888WKR39MN!」


 パスコードと声紋が認証されて画面が切り替わる。入力待受状態となった制御システムに“隠し玉”を打ち込んだ。


安全装置safety暫時解除temporarily broken!!」


 その瞬間、ディスプレイにさざなみのような波紋が広がった。右上に【30:00】とタイマーが表示され、システムが待機状態に入る。

 霊脈炉は起動した人間と一対一で同調し、その出力を引き上げる。そこに上限は存在せず、霊脈炉との感応率が高いほどより大きな力を引き出せた。けれど制御を失った場合に備えて、実際には霊脈炉にリミッターが設けられている。

そして、この鎧にはそれを一時的に解除する隠しコマンドが仕組まれているのだった。


『カウントを開始する。残り五分や、きっちりカタつけたりぃソウハッ!!』

「了解!」


 背部の霊脈炉、その内に封じられた力の根源へ意識を伸ばす。そこへ結びつくと同時に霊脈炉が力強く脈打ち、溢れ出した光と力が何もかもを押し流していった。膨大な光素は体中を駆け巡り、各部機能のステータスを限界まで引き上げる。

 みなぎる力を背部および脚部のブースターと全身各部のスラスターに回し、最大出力で放出した。圧倒的な加速度が世界を遅らせて、正面から俺を押し潰してくる。それをさらなる加速で打ち破り、夜の荒野を飛び出した。

 レーダー上では、三つの赤い光点がエレナを取り囲むように迫っている。いずれも敵機である“ヴェルカン”の位置を指し示していた。

 その中から、手前の一機に目をつける。


「こっちを見やがれぇぇぇッ!!」


 俺がそう叫んだ瞬間、かすかなノイズが通信機から漏れ出た。


『――い、そっ――』


 その直後、エレナを追い詰めようとしていた“ヴェルカン”がこちらを振り返る。その両手が、抱えていた機関砲の長大な砲身を突きつけてきた。

 ――撃たれる!

頭でそう判断するよりも早く地を蹴っていた。 枯れ果てた大地を踏みしだき、急制動をかけると横ざまに飛び退く。

 そこへおびただしい数の弾頭が押し寄せてきた。構わず、右へ、左へ、さらに左へ、さらなる旋回を重ねて敵弾を振り払う。速度は緩めない。逃げ出しもしない。ブースターは全開のまま、背中の推進力に任せて夜闇に稲妻状の軌跡を刻む。

 その果てに見えてきたのは、俺たちよりも二周りほど大きな人型。分厚い装甲の下は金属フレームと無数のアクチュエータで構成されている。


「見えた……!」


この機械仕掛けの巨人“ヴェルカン”は下腹に操縦席が設けられていた。ヤツにとっては最大の急所である。

そろそろ仕掛けるか。

そう決めると俺はひときわ素早く、そして大げさに敵弾をかいくぐる。

魔導鎧装はロボットじゃない。霊脈炉の力を借りて意識と身体能力を拡張し、その上から装甲を纏う鎧だ。その全身に取り付けられたセンサーは五感よりも身に馴染む感覚器として周囲の状況を知らせる。

そのセンサーたちが、敵の視線を感じ取っていた。カメラアイ越しにこちらを追ってくる。

いいぞ、もっと追ってこい。そのまま撹乱してやる。

隙を見計らいながら、両手はそれぞれ大太刀の柄を握りしめる。手のひらに巡らされた霊脈を通して、刃に光素を流し込んでいく。

充填完了、準備は整った。

そして、敵の目が鈍った瞬間、地を踏みにじり方向転換をかける。敵に向けて一直線に跳び出し、力場を操作。重力と空気抵抗をやわらげ、地を滑るように空を駆ける。その滑空が最高速に至ると同時に大太刀を振りかぶった。


「喰らえぇぇぇぇ!!」


敵弾の下をすり抜け、すれ違いざまに双剣を叩きつける。その輝く刃が両腕ごと“ヴェルカン”の腹を通り抜けた。その背後で大太刀を振り抜くと、一筋の軌跡が鋼鉄を断ち切る。

支えを失った“ヴェルカン”は、ただの鉄くずと成り果てて大地に崩れ落ちた。

これで一安心、と言いたいところだが、まだまだ敵は生きている。

俺が減速しつつ近寄ると、エレナの“ヰサセリヒコ”は神経質に周囲を見回していた。


「元気そうだなエレナ?」

『な、なんで隊長はそんなに余裕そうなんですかっ?』

「そりゃ、余裕だからだが」


 今の攻撃のおかげで分かった。敵は優秀だが、手こずるほどの歴戦ではない。


「とりあえず、残るは二機か」

『それで全部なのですか?』

「いや、まだ隠れてるはずだが、ここで相手をするのは分が悪すぎる」


 なにせ、こっちは敵の狙いさえ掴めていないわけだし。

なんてことを話している間にタイマーが【00:00】を示していた。赤く点滅したのち、静かに閉じる。

ここからは自力で勝負するしかないってこった。


「じゃ、お前は先に社長たちと合流しろ」

『隊長はどうするのですか?』

「決まってんだろ。ここで敵を引きつける」

『そんな……!』

「いや、別にこれくらいじゃ死なないから」


 なんの変哲もない“ヴェルカン”なら、今までにも何機だって相手をしてきた。

それに、今の俺にはこの鎧がある。


「マキナは大したヤツだよ。前よりもこいつは具合がいい」


 俺の魔導鎧装“ミカゲ・改”はかつて纏っていた“ミカゲ”の改修機だった。

 一年前の戦いでボロボロになったそいつを“ヰサセリヒコ”用に新造されたパーツと武装で再生した鎧である。


『確かに隊長の交戦記録は私も閲覧しました。けれどまさか、本当に……』

「ま、見てろって……いや、今のは訂正だ。お前は全力で逃げろ」

『全く、いつもそんな調子なのですから。信用、しましたからねっ?』


 されてやるよ。

 そんな俺の心中を読み取ったのかは定かでないが、エレナはもう立ち止まらない。彼女の“ヰサセリヒコ”は背を向け、一目散に後退し始める。

それを追撃しようと二機の“ヴェルカン”が姿を現した。

後衛の一機は多連装のミサイルランチャーでこちらに狙いを定め、もう一機は手持ちの機関砲を投げ捨てる。それから背中に提げていた長大な得物を掴み、勢いよく抜き放った。そのまま振り下ろすと自らの機関砲を破壊する。

 機密保持ってことだろうか? いや、今はそれよりもヤツの新兵装だ。

 遠目で見た感じだと “フツノミタマ・真打”より二回り以上長く太い。柄から先はふくらんで、図太い六角柱を形成していた。刀じゃないな。棍棒ってところか?

 切り裂くというより質量で押し潰す兵器と考えたほうが良さそうだ。まともに喰らえば、強化された“ミカゲ”でもどうなるか分からない。

でもまぁ、当たらなければいいってだけの話だ。


「さて、仕事の続きだ!」

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