英雄の証明①

 前回、輸送ヘリが落とされたせいで、俺たちには新たにVTOL機が手配された。

 ひたすらに速い。

 それが事前の評判である。正直に言えば、最悪の乗り心地を想像しながら格納庫に押し込まれたのだが。


「意外と悪くないな」


 思いがけず揺れが少なかった。少なくともヘリよりは快適である。。

 ただ一つ不満点を除けば。


「なんで、俺は毎回あんたと一緒なんだ?」

『冷たいこと言うなや。愛しの社長サマやで!』


 我らが社長、百瀬環。

 たとえ世界がひっくり返っても、こいつを愛おしく思うことなんかないだろう。

 あくまでも仲間、背中を預けられるだけの相手である。


『心の中までツンデレやなぁ』

「勝手に人の心を……というかツンデレじゃねぇし!」

『さてさて、無駄話はここまでや。全員、通信はクリアーか?』


 会話の流れをぶった切って、話を進めてきやがる。そんな性格だから、この部隊の隊長が務まるわけだが。


『私は問題ありません!』

『こちらも問題なし』

『よし、そんなら手早く状況だけ説明するわ。現在、ロシアの攻撃部隊が沿岸部に上陸しとる』

「上陸って……ヤツら、船で責めてきてるのか?」

『その通りや。海上で迎撃を試みたけど、例のバリアに阻まれてな。完全な撃退には至っとらん』


 例のバリア、というのはこの間の“ヴェルカン”が装備していたあれのことだろうか。

 “ティラン”の力場と比べればちょっと硬いだけの障壁だが、それでも味方の砲撃は通らなくなる。高出力な近接装備がなければ破れない。


『質問です。おととい、私たちを襲ったあの輸送機は今回も目撃されてるんですか?』

『ミーナはそれ、気になるでな』


 ミーナの言う輸送機とは、先日俺とミーナを襲った化け物鳥のことである。


『今のところ、見つかってはおらん。けどな……』

「いないとは言い切れないってか?」

「せや。あの輸送機、あれは霊脈炉と通常のエンジンを組み合わせたステルス機や。おかげでレーダーでも探知できるとは限らん』


 なるほどな。通常、ステルス機と言えば、空力学的に無理のある機体をコンピュータ制御で無理矢飛ばすとこになる。

 けれど霊脈炉搭載機なら、そのへんのアビオニクスをまとめて無視できるわけだ。


『分かりました。ありがとうございます、ソウハさん』

『いいや。全員、他に質問はあるか?』

『私は何もありません』


 俺も、ある一点を除いては。


『教えてタマキ。どうしてわたしたちへの連絡がここまで遅れたの?』


 発言したのはハルカだったが、俺も同じことを考えていた。

 こうなる前に状況を知らせれば、もう少しマシな展開になっていただろうに。

 我らが社長は、何とも言い辛そうに溜め息を吐き出す。


『別に責めてるわけじゃないんやけどな。ソウハ、あんたのせいや』

「俺のせいだと?」


 言い返しながらも、その原因にはすぐに思い当たった。以前の戦い以後、俺の悪評は広く知れ渡っている。


『言っとくけどな、ソウハ。あんたの評判なんか関係あらへん……いいや、ある意味あんたの評判が原因か』

「分かるように説明しろ」


 なんだか一人で考え込んでいるようだが、こののままじゃ埒が開かない。


『あぁ。みんな、もう分かっとるかもしれんがな。この会社は、盾速にとって厄介な人間の掃きだめや』


 ひどい言いようだったけれど、頷かざるを得ない。

 ハルカは人体実験の生きた証。ミーナは霊脈炉の開発に深く関わっていて、もしかしたら俺の知らない事実だってまだ隠されているのかもしれない。

 だが、それと比べると――


『俺って、そんなに問題児だったのか?』


 いや、確かにかつての俺は、悪評に耐えきれずに戦いから逃げた。けれど、こんな機密事項の塊みたいな部隊に紛れ込む謂われはない。

 そこで、ぶつりと通信が途切れた。

 突然の沈黙が辺りを包み込む。

 何が起きた?

 その疑問に答える代わりに、遠慮のない声が沈黙を切り裂いた。


「ソウハ! 聞こえとるか!?」


 そうくぐもった肉声で呼びかけてきたのはタマキだった。


「聞こえてるよ!」

「よし! あんまり大っぴらに話すことでもないから、直接伝えたる!」


 通信では聞かれたくない話を、直接俺に伝えようとしているらしい。

 その割りには声が大き過ぎる気もしたが。

 わざわざ、通信を切るぐらいなんだ。耳を傾けるべきなのかもしれない。


「聞かせてくれ。俺って、どんな風に思われてるんだ?」


 正直に言って、まるで想像がつかない。ろくでもない評価なのは、間違いなかったが。


「あんたな、本社からめっちゃ怖がられとるねん。ちょっと想像できんくらいに」

「俺は普通に働いて……というか、戦ってきただけのつもりだが」


 怖がられるようなことをした覚えはない。


「せやな。あんたは、真面目に戦ってただけや。一人で戦況を覆してまう、化けもんみたいな英雄としてな」


 化けもん? 英雄?


「社長、本当に俺の話をしてるのか?」

「覚えはないか? あんたが出てきた途端、味方が戦意を取り戻す。死にかけてた戦線が蘇る。そんな場面に」

「そんなの……」


 何か言い返そうとした。

 けれどそれより早く、かつての戦いが脳裏に蘇る。

 新入りの傭兵として、戦地を駆け抜けた。

 “ミカゲ”隊の隊長として、人々の盾となった。

 そして今、百瀬民間株式会社の一員としてこの地にとどまり続けている。

 多くを救い、それ以上に喪った。

 繰り返してきた死闘の中で、それでも心に刻まれているのは部下だった少女の言葉。

 ――タイチョーはあたしたちの英雄なんです!


「……ンなわけ、ないだろうが」

「そうか。そうかもな。けどな、あんたの周りはそうは思っとらん。少なくともあたしは、あんたが本物の英雄やと思っとる」


 たまらなかった。そんなふうに言われたって、俺は何も返せない。


「ええから、これだけは覚えとき。あんたはそこにいるだけでみんなの希望になる。勝てるような気がしてくんねん。正直、あたしやって期待してまう」


 まさか、この腹黒社長が、そんな弱音みたいなことをこぼすなんてな。


「どうしたんだ? あんたらしくもない」

「承知の上や。それだけあんたがイレギュラーやねん。そうでなくとも、あんたはミーナやハルカにとって特別に存在になっとる」

「回りくどいな。何が言いたいんだ?」


 その答えには薄々予想がついていた。それでも、俺は認めたくなかったのかもしれない。


「生き残れって言っとる。異見は認めへん」

「あんたはまだ、そんなことを言うんだな」

「生き残る確率を上げるためなら、あたしはなんだってするで。さ、通信を再開しよか!」


 タマキは俺の返事など待ってはいなかった。俺が声をかけるよりも早く、耳元で濁った雑音が鳴り――


『――ソウハさん!? タマキさん!? どうされたんですか!?』

『二人とも、平気なの!?』


 ミーナとハルカが揃って声を荒らげる。随分と心配そうな声色だった。


『すまんなぁ二人とも! ちょっと通信の状態が悪かったみたいでな!』


 よくもぬけぬけと出任せを。

 けれど、今回限りはそのほうが俺としても都合良かった。

 だって深く突っ込まれでもしたら、なんて返せばいいか分からない。


『ソウハ。お前のほうは、何ともないの?』

「……うん? あぁ、あぁ」


 呼びかけてきたのはハルカだった。名前を呼ばれたのなんて初めてかもしれない。


『どうしたの?』

「いや、何ともない。心配すんな。何も攻撃なんて受けちゃいない」


 しかし、まさかこいつが俺に声をかけてくるとは。


『ならよかった。あと、昨日のこと言ったら殺すから』

「昨日のこと? なんの話だか分かんねぇな」


 とぼけて見せたら不機嫌そうに唸る。


『死ね』

「もっと可愛げのある照れ隠しはできねぇのか」

『うははははっ! さて二人とも、アホな話はそこまでや。そろそろ着くで』


 社長の声が鉄のように冷える。それに引きずられて俺たちも気を引き締める。


「ところで社長。ちょっと、目的地には遠いんじゃないのか?」

『先遣隊が対空攻撃で壊滅したねん。空から近づきすぎたらやられる』


 通信越しに誰かが息を呑んだ。あらゆる装甲車よりも頑丈な魔導鎧装が壊滅するなど、通常はありえない。

 そして魔導鎧装よりも強力な陸上戦力も存在しない。


「俺たちが最後の頼みの綱ってことか」

『そうですよ! “私たち”でみんなを守るんです!』

「分かってるっての」


 そんなに“私たち”を強調しなくても、独りで先走るつもりなんてない。


「先陣は俺が切る。みんな、援護を頼むぞ!」

『了解です!』

『分かった』

『隊長はあたしやのに……』

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