英雄の証明②

 急峻な山地は新緑に覆われていた。その彩りを爆炎が掻き乱す。


『ダメだ、クソ! 撤退しろ! 援軍を待つぞ!』

『援軍だと? 本当に来るのか!?』

『来なきゃ全滅だ! それまで持ち堪えろッ!!』


 味方の通信が悲鳴に溢れていた。誰かの声が爆音とホワイトノイズにすり潰されていく。


『どれだけ味方がやられたの?』

『二割……いや、三割や。もう、どの防衛網も崩壊しとる。ここは撤退しといたほうが――』

「――俺が突っ込む! 味方の救出は任せたぞ!」


 叫びながら霊脈炉の回転率を上げる。そこから巻き上げた力を噴き出し、推力に変えて戦線に突入した。


『ソウハさん! ご無理はなさらずに!』

「できない相談だな!」


 こんなときのために、俺は刃と腕を磨き続けてきたのだ。ここで踏ん張れなきゃ、ここまで戦い続けてきた意味が無い。


『頑固なんですね……知ってましたけど。分かりました。だったら、私があなたを死なせません!!』


 その叫びに応じて、俺の視界にさざなみが広がり、敵の姿が次々に浮かび上がる。その位置どころか装備さえもつまびらかにしてみせた。

 どうやら力を振り絞って、レーダーの出力を引き上げたらしい。


「どの口が無茶をするなって!?」

『これくらい無茶じゃありません!』


 そんなわけないだろうが。少しは自分を大切にしろ――なんて。

 言えるわけないよなぁ。

 だって余裕がない上に、誰よりも俺自身が無茶をしているわけで。

 言えることと言えば、せいぜい。


「死ぬなよ」

『お互い様ですっ!』


 全くだ。

 胸中で同意しながら、生い茂った樹木を掻き分けていく。その途切れ目から飛び出すと同時に空高く跳び上がった。

 そこから見下ろすのは、果てしない山林。そして、そのそこかしこに蠢く無数の“ヴェルカン”たち。

 よく注目すれば、装甲が歪み、黒ずみになり果てた友軍が転がっている。


『アホウ! ソウハ、そのままじゃ格好の的や!』

「そのぶん味方への攻撃が減る! “ミカゲ”にはうってつけの役回りだ!!」


 背部のブースターを全開にして“ヴェルカン”たちの頭上を飛び抜ける。

 “ミカゲ”は素早く耐久性が高い。ちょっとやそっとじゃやられないし、そもそも被弾すること自体がまれだ。


『ソウハさん、ロックされています! 退避してください!』


 俺を発見した“ヴェルカン”たちが一斉に手持ちの火器を構え始めていた。

 一二.七ミリ機関銃に榴弾砲、それから対空ミサイル。当たるはずのない迫撃砲まで、火を噴き出す。

 それらを睨みつけながら、“フツノミタマ”の柄に手をかけた。

 さすがに、あの全部に当たったらタダじゃ済まない。何割かは叩き落とす必要がある。


『さて、やってやら――』

『――うるさいから黙ってて!』


 迫り来る砲弾が次々と中空で撃ち抜かれ、爆散する。 

 背後を振り返れば、“ニギハヤヒ”が背部の長大な砲身やミサイルの発射台を展開していた。


『お前を援護すればいいんでしょ? わたしに任せて』


 “ニギハヤヒ”の、というよりハルカの火力は支援はどこまでも圧倒的で正確である。

 降り注ぐ弾雨が、抜け目のなかった弾幕をまたたく間に食い破っていく。


「相変わらずとんでもない威力だな」

『いいから早く、急いで!』

「あいよ!」


 俺は弾幕の間隙を縫って、敵陣に飛び込んだ。

 立て続けに巻き起こる爆風を抜けたところでレーダーが更新される。未確認だった敵の位置が続々と浮かび上がった。


『敵戦力を識別中です! 無理はしないでくださいね!』

「助かるよミーナ! おかげで突っ込める!」


 さぁ、反撃の始まりだ。

 大太刀の柄を握りしめながら眼下に目を向ける。一二五ミリ砲を構える木偶の坊がたった三機。

 

「ミーナ! 他に隠れてる敵は!?」

『いません! その三機だけです!』


 つまり不意打ちはないということだ。

 各部のバーニアに動力を回し、姿勢を反転。頭から飛び込んでいく。


『ソウハさん! 敵に狙われています!』

「振り切る!!」


 自由落下になど身を任せない。ブースターを再点火して全身で空気の壁を打ち破り、限界まで加速した。

 地上は息を呑むより早く迫って、頭から衝突――する寸前で光素を放出する。

 その超常の力で慣性を捻じ曲げ、土埃の中から飛び出した。


「敵機を視認した」


 三体の“ヴェルカン”が慌ててこちらに砲口を振り上げる。そこから放たれる火線をかいくぐり、真っ直ぐに“ヴェルカン”の懐へ流れ落ちた。

 そこで硬い大地を踏み締め、間髪入れずに駆け出す。

 ――ここが決めどころだ。

 地を駆けながら“フツノミタマ”を抜き放ち、光素を流し込む。その輝きが切っ先まで満ちるのを待って、柔らかな地べたを踏み切った。


「うおおおおおおおッ!!」


 体中の推力をかき集めて、自らを弾丸よりも速く撃ち出す。三体の“ヴェルカン”の脇を一直線に駆け抜け、その拍子に大太刀を振り抜いた。

 その先で着地すると同時に背後の“ヴェルカン”が身を強張らせる。

 巨体の腹に刃の軌跡が走り、そこから上半身がずれ落ちた。立て続けに火を噴き上げて、“ヴェルカン”たちは爆散する。


『“ヴェルカン”の沈黙を確認! やりましたねソウハさん!』 

「まだまだ敵はウジャウジャいるんだ! 残りを叩くぞ!」


 軽口を叩きながらレーダーを確認する。敵を示す赤い光点が、俺たちを取り囲みつつあった。

 これじゃあ、まるで陽動だ。俺たちを追い詰めるかのごとく。

 どうする?

 このままじゃ、囲い込まれて敵に押し潰される。派手に暴れ回るしかないが、俺だけでは――



『――ったく、しゃーないな!』


 呆れたような雄叫びが通信機から飛び出す。


『可愛い社員のためや! あたしも一暴れしたるで!』


 その瞬間、俺の後方から高速で“キビツヒコ”が駆け抜けていく。

 ピーチ色に塗装された、我等が社長の専用機。余剰分の光素をを棚引かせながら敵の一団に突撃していく。


『タマキさん! さすがに無茶ですよ!』


 ミーナの言うことも尤もだった。

 “キビツヒコ”は三種の魔導鎧装のうち最も低出力で、展開する力場も脆い。

 いくらタマキが凄腕とはいえ、敵の集中砲火に耐えられるわけがない。


『せやで。やからな、ハルカとミーナ! 援護はバッチリ頼むで!!』

『ムチャクチャですよ!』

『……全く、仕事を増やさないで』


 つべこべ文句を垂れながらも、ハルカの“ニギハヤヒ”はタマキの行く手に銃口を向ける。


『ハルカさん。敵位置の情報を更新しました!』

『確認した。ありがとうミーナ。あとはわたしが殲滅してみせる……!』


 “ニギハヤヒ”は二基の霊脈炉を搭載した重装型の魔導鎧装だ。その背や脇に抱えたウェポンべイを次々に展開して、発射体勢を整える。


『――ファイア』


 ハルカの周囲で一斉に砲火が瞬き、ミサイルや榴弾を解き放たれる。鉄と鉛の雨は容赦なく敵機の頭上へ降り注ぎ、地表を赤く燃やし尽くした。その爆炎に、“ヴェルカン”たちは塗りつぶされていく。


『ターゲットの沈黙を確認。さすがです!』

『……ん』

『よし! 行けそうや、ソウハ! こっちは任せときぃ!』

「あいよ!」


 中・近距離戦が得意な“キビツヒコ”と違って、“ミカゲ”は近接戦にしか対応していない。だからその仕事は、誰よりも深く敵陣に食い込み、暴れ回ることである。

 しかし今回の戦場は確認できる限りでも、二十機近い“ヴェルカン”が進軍している。ほとんど旅団規模だ。


「ミーナ、俺はどこから手をつければいい?」

『はい、味方からの救援要請が出てます! そちらに応じては?』


 なるほど、そいつは最優先事項かもしれない。

 通信を繋ぐようミーナに頼むと、すぐさま息も絶え絶えの声が俺に呼びかけてきた。


『――つ、繋がった……あんた、もしかして、百瀬のとこの“ミカゲ”か!?』

「俺で悪かったな」


 仕方のない話ではあるが、傭兵仲間の中だと俺の評判は地に落ちている。

 だからこのときも、煙たがられるものだとばかり思っていたが。

 

『……いや、あんたで良かったよ』

「なんだと?」

『この状況を覆せるのはあんたしかいない。俺の仲間を救ってほしい』


 困ったときばかり頼ってくるらしい。なんともムシのいい話ではある。

 けれど、それが俺の仕事だった。


「そっちの状況はどうなってる? すぐに向かう!」


 レーダーを確認して、相手の位置を確認していたところ、震えた声が返ってくる。


『……化け物がいるんだ。“ヴェルカン”どころじゃねぇ、動く要塞みたいなヤツが!』


 動く要塞。

 “ヴェルカン”どころではない化け物。

 嫌な記憶を、最悪の敵を連想させる言葉だった。


「おいミーナ! そいつの近くには何がいるんだ!?」

『補足しました。ソウハさんから二時の方向に、巨大な霊脈炉搭載機の反応が――』


 正直に言えば、俺はそのとき耳を塞いでしまおうと思っていた。あの日の悪夢が蘇ろうとしている、そんな気がして。

 けれど現実は止まらない。


『――データを照合しました。ロシアの機動要塞“ティラン”です』

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