英雄の証明③

 海岸近くに広がる寒々しい草原は、数知れぬ鋼鉄の足に踏みにじられていた。味方と敵の残骸が入り交じり、煙を立ち上らせている。

 その燻った空気の中で、十メートル近い巨体が蠢いていた。


「……あいつか!」


 黒鉄の装甲を着込んだ上半身は肩口から二本づつ腕が伸び、それぞれに対戦車ミサイルや一二五ミリ滑空砲といった重火器を携えている。

 そして背部からはさらに腕が二本伸び、その先端は固定式の機関砲と高射砲になっていた。

 それらを載せた基部は四本の足に支えられ、さながら獣の如き鉤爪で大地をえぐる。

 多脚機動要塞“ティラン”。

 絶対的な防御能力を誇る力場と圧倒的な火力を備えた、俺の仲間の仇。


『おい小隊長がやられたぞ! 誰が指揮を引き継ぐんだ!?』

『知るかッ、いいから撃ち続けろ!! てめぇまでやられたいのか!?』


 友軍の抵抗も未だに収まってはいないようだった。

 そこかしこから砲弾が降り注ぎ、化け物の脚や胴を付け狙う。けれど、そのいずれもが着弾する直前に力を失って静止した。

 “ティラン”はそれらを片腕で払いのけると、三面に備えたカメラアイで味方の姿を捉えていく。同時に六本の腕が蠢き、次々と滑空砲やミサイルを撃ち込んだ。

 瞬く間に友軍が炎に包まれていく。


『いけません。友軍の反応がどんどん途絶えて……』

『全員、狼狽えるんちゃうで! あたしらの仕事を果たすんや!』

『わかってる』

「言われるまでもねぇ!」


 もう何人もの仲間をあいつとその同型機に奪われてるんだ。これ以上、あいつのせいで友軍の命を散らせるわけにはいかない。

 気がつけば、力んだその足で、俺は誰よりも前に踏み出していた。


『待ってくださいソウハさん! 現状の戦力で“ティラン”の撃破は困難です!』

「そんな悠長なことを言ってられる場合か!?」


 枯れ草を踏みしめながらブースターを点火、身を投げ出すように加速する。

 目がけるは“ティラン”一機のみ。

 荒れ果てた草原を駆けていくと、あの化け物はすぐさま俺を捕捉した。その腕を振り回して、無数の重火器で照準してくる。


『退避してください! 狙われてますッ!!』

「いいや、これでいいんだ」


 これで、他の奴らが狙われることはない。

 そうして一人で納得してた俺は、呆れたような溜め息を聞いた。


『――あぁ、なんて手のかかる』


 そんな愚痴っぽい呟きと共に、榴弾とミサイルが頭上を駆け抜けていく。

 それらは寸分の互いもなく“ティラン”に降り注ぎ、その周囲を焼き払った。

 “ニギハヤヒ”の砲撃――ハルカだ。


「おいハルカ! 撃ったらお前まで狙われるぞ!」

『お前は黙ってて!』


 俺の遥か後方、それでも“ティラン”の射程圏内で、“ニギハヤヒ”は長大な砲身やミサイルの発射機を展開していた。

 その鎧の中からハルカは叫ぶ。


『お前だけに背負わせたりなんてしない。お前は自分のことに集中して!』


 そして、多角度から絶え間なく各種ミサイルと榴弾砲を撃ち込んでいく。

 致命打にはなりえないが、不規則な攻撃は僅かに“ティラン”の動きを鈍らせていた。

 付け入る隙としては十分だ。


「あぁ、クソ! 分かったよ、頼りにしてる。接近するから援護してくれ!」

『待ち待ちソウハ! あたしが陽動をしかける! あんたの出番はそのあとや!』


 食い気味な通信の直後、左手の丘陵からフルカスタムされた“キビツヒコ”が姿を表す。彼女は“ティラン”に接近しつつも、絶えず身を翻らせて、その砲火をかいくぐっていた。

 あんなこと続けていれば、いつか被弾するのは目に見えているのに。


「無茶すんな社長!」

『あんたが言うな! ミーナ、今のうちに早く!』

『仕方がありません! ソウハさん、こちらを!』


 そうミーナが呼びかけると同時に、ディスプレイに映し出された“ティラン”の周りに新たなパラメータが追加される。

 メインの動力源三基と、それらに付随したサブの霊脈炉が六基。計九基もの霊脈炉のステータスだった。


『私がリアルタイムで観測している“ティラン”の稼働状態です。お役立てください』

「おいおい、こんなのもらったら引けなくなるぞ?」

『信じていますから』


 背中を押されるがまま、俺もまた駆け出す。社長はうまく攻撃をかわしていたが、あんな綱渡りをいつまでもさせるわけにはいかない。


「よく知ってるじゃねぇか。俺はそこそこ強いんだ!」

『信じているのは強さじゃなくて、あなたの優しさです! 生きて、帰ってきてください!!』


 全く回りくどいやつだ。ミーナはこう言いたいのだ。

 俺が死んだら悲しむヤツがいる。苦しむのを見過ごせないヤツがいる。

 だから――


『――死んだら許しませんからね!?』


 こいつ、最近遠慮がないな!?


「もともと気軽に捨てられる命じゃねぇっての!」


 願われて、この地を守るために刃を振るい続けてきたのだ。

 その覚悟も、俺の使命もまだ終わっちゃいない。


「社長、そろそろ交代だ! あとは引き受ける!」

『ええタイミングや! そろそろケツに火がつきそうやったねん!』


 タマキの“キビツヒコ”は抱えていたミサイルランチャーを撃ち尽くすと、発射機を投げ出して後退する。

 撃ち放たれた誘導弾は寸分違うことなく“ティラン”に殺到した。それらは設計通りに炸裂して、目標を爆炎の中に包み込む。

 渦巻く炎の中で、多腕の巨体が蠢いた。


「ヤバイ、タマキ! 攻撃が来るぞッ!!」

『分かっとるわ、そんなん!!』


 煙と炎を振り払って“ティラン”が姿を表す。社長は逃げながら機関砲をばらまいたが“ティラン”は狼狽えない。その巨体の腰部に設置された自動迎撃装置と右腕の発射筒が、一斉に炎と煙を吐き散らす。

 同時に撃ち放たれたミサイルがタマキを押し潰しにかかる。


「やらせるかッ!!」


 全身が沸騰するように想いが昂り、それを受け取った霊脈炉が莫大な光素を吐き出す。

 その力に突き動かされて、地べたを踏み砕くと宙に跳び上がった。

 そこからの落下速をのせて、ブースターを点火し急加速。緩やかに弧を描きながら降下して、タマキの眼前に“フツノミタマ”を振り下ろす。

 その刃先は弾頭の束を叩き切り、制御を失ったミサイルが地面に突き刺さって爆ぜた。


『……た、助かったわ』


 着地した俺は社長を振り返る。

 珍しく上擦った声だった。こいつのそんな一面を、初めて目にしたかもしれない。


「生き残れよ。あんたが死んだら俺のボーナスがなくなるだろ」


 なんて話している間にも続々とミサイルが撃ち込まれる。

 数は九つ。こちらから迎撃したほうが早い。

 腰を落とすと切っ先を正面に突きつけ、ブースターを再点火すると同時に踏み切った。

 景色が一瞬で後方へと流れ去り、ミサイルが視界を覆い尽くす。その群れのただ中に刃を突き立て、身を捩りながら突き抜けた。背後でミサイルの塊が一斉に破裂する。

 その先の大地に、苔と雑草を削りながら着地した。すぐさま駆け出すと、大きく旋回しながら“ティラン”の周りを駆ける。


『いつもより動きええやんか。そんなにあたしが大切か?』

「違うよ」


 ミサイルが放たれた瞬間、思い出してしまったからだ。

 タトミさんの最期を。


「もう絶対に仲間は失わない」


 あの日からずっと、誓ってるんだ


『たとえ、自分の身が滅ぼしてもか?』

「大きなお世話だ」


 タマキが言っているのは、鳴り止まない警告音のことだろう。

 各種リミッターを取っ払っているせいだ。


『おっかない真似しよるな。さすがは死にたがりや――ん?』


 冗談めかしていたタマキの口ぶりが突然冷えて固まる。ごく短なやり取りののち、事務的にこう告げた。


『退くでソウハ。司令部が攻撃されとる』

『どういうこと!?』


 ハルカが会話に分け入ってくる。俺の方はと言えば、答えを聞くまでもなく理由には想像がついていた。


「例のステルス輸送機か?」

『せや。うちらの頭の上を通り過ぎてったらしい』

『……やられたな』


 例の化け物鳥は、ミーナでさえギリギリまで接近に気づけなかった。

 俺たちはこの“ティラン”を使った陽動に見事引っかかちまったらしい。


「だけど、撤退しろったって……」


 俺が走り去ったあとを“ティラン”の砲撃が跡形もなく焼き払っていく。

 立ち止まるところか、背中を見せただけで直撃するだろう。それは俺以外の友軍だって同じだ。


『そう安々とは逃げ出せへんってわけか……』


 苦々しいタマキの呟き声。それさえも、苦しげな味方の通信の呑み込まれていく。

 見捨てるわけにはいかない。


「社長、俺が残るよ」

『待ってくださいソウハさん! いくらあなたでも……!』


 ミーナが反対してくることは見え透いていた。それでも俺じゃなきゃ、この状況は切り抜けられない。

 さて、それをどうやってそれを説明したものか……。


『落ち着いて、ミーナ』


 静かで落ち着いた少女の声。我らが狙撃手、ハルカのものだった。


『だけどハルカさん! ソウハさんはきっと……!』

『今、ソウハ一番離脱が難しい。それに、“ティラン”に勝てるのはきっとあいつだけ』

『……っ、ソウハさん。信じていいんですか……?』


 不安げに疑問が投げかけられる。

 さすがの俺も、勝てるとまでは思ってないけどな。


「大筋としては、ハルカの言い分に賛成だ」


 “ティラン”相手じゃ、他の魔導鎧装の武装は頼りにならない。俺だけがヤツに致命打を負わせられる。

 つまり、あいつが警戒すべきなのはただ一人、この俺だけなのだ。


「任せろって。それでいいよな、社長?」

『いいも何も、他に選択肢なんてあらへんやろ』

『そんな……』


 ミーナは何かを訴えようと言葉を探す。けれど、それより早くハルカが口を開いた


『ミーナ、今のはあいつが決めたこと。社長の命令。わたしたちが口出しすることじゃない』


 ハルカのヤツは、いつの間にここまで協力的になったのだろう?


「助かったよハルカ」

『言っておくけど、わたしはお前の味方じゃないから』

「若干ショックなんだが」

『だとしても、やっぱりわたしはお前を信じられない。信じたくない。だから……』


 そこで生まれた僅かな隙に弾頭が押し寄せる。身を翻して叩き切り、爆炎に押し包まれながら、続きのセリフを聞いた。


『生き残って、ちゃんと証明して。お前の正しさとわたしの間違いを』


 そうだったな。ハルカは俺から人間らしさを学び取ろうとしているのだった。


「やってやるさ。こいつにだけは、好き勝手させるわけにはいかないんだ」


 爆煙の中を突っ切って、“ティラン”の前に立ちふさがる。その六本の腕に携えた火器は、俺だけを狙っていた。

 それでいい。

 昔の仲間の顔を一つずつ思い出す。あいつらが俺に託したものを心の中で数え上げる。


「そうだ、俺がヤツは倒す」

『ソウハさん、どうかご武運を』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る