喪われなかった日々

 なんでこの空は、面倒なときほど腹立たしいくらいに澄み渡っているのだろう。


「よっ! 分隊長サマ!」


 後ろから肩を叩かれる。

 振り返れば、腹立たしい狸社長が「ニシシ」とほくそ笑んでいた。


「立場はあんたのほうが上だろ、タマキ?」

「お? 初めて名前で呼んでくれたな」


 呼び捨てなのだが、そこはこの社長にとって重要ではないらしい。

 俺たちがいるのは、百瀬民間警備会社のオフィスだった。

 百瀬は先の戦いで大きな戦果を上げた。その報酬により、札幌の廃ビルにオフィスを構えることができたのだった。


「いやー、苦労したで。あんた、全力で隊長職を嫌がるんやもの」

「当たり前だろ! こんな面倒な立場、もう二度とゴメンだったってのに!」

「往生際が悪い」


 今度は平坦な少女の声が俺をたしなめる。


「言っとくがなハルカ。俺は今でも、この立場を誰かに押し付けてやりたいんだ」

「本当に譲れるの? “ミカゲ”分隊の隊長を」


 通称“ミカゲ”分隊。

 百瀬に新しく創設された分隊である。“ミカゲ”と、そのコンセプトを引き継いだ新式の魔導鎧装二機で構成されている。


「お前と仲間たちが築き上げた“ミカゲ”を誰になら譲れるの?」

「それは……」


 他の誰かが、“ミカゲ”の同型を率いている姿を想像する。

 違う、そこにいるべきはお前じゃない。俺たちが築き上げてきた場所なんだ!


「ほら、お前だってそんなの許せないでしょ」

「……どうだかな」

「うはは! ハルカの勝ちみたいやな!」


 社長の高笑いが鼓膜を痛めつける。


「いや、それでもおかしいだろ!? 盾速をクビになった俺が、どうして新設の部隊なんか任されるんだ!?」

「活躍しすぎたんやって、あんたが」

「どこがだよ!」


 大したことじゃない。

 俺はただ、例の力場に守られた“ヴェルカン”を掃討し、“ティラン”を討ち破っただけだ。

 俺がやらなければ、他の誰かがやったに違いない。


「それを不思議に思わんから、あんたはイレギュラーやねん」

「そうですよソウハさん! せっかくの機会なんですから、思い切り活躍しないと!」


 最後に飛びきりやかましい少女が割り込んでくる。

 プラチナブロンドの長髪に青空色の瞳。その色白の頬をすぐに赤くするお節介焼きな女の子。


「他人事だからって好き勝手言うなよミーナ!」

「本気でそれがいいと思ってるんです! 私も協力しますので、ソウハさんの悲願を果たしましょう!」

「別に、俺の悲願ってわけじゃ……」


 そんなことを言いながらも、全てを否定はしきれない。

 前回の戦いで“ミカゲ”の活躍は……自分で言うのもなんだが、目まぐるしいものだった。

 あの鎧と“フツノミタマ”がなければ、倒せない敵がたくさんいた。

 その結果を受けて、“ミカゲ”型魔導鎧装の配備が正式に決定されたわけである。


「今後の戦いはソウハさんが頼りですよ! 一緒に頑張りましょう!」


 なんてことを無邪気な笑顔で言われると、もう何も返せなくなる。

 だいたい、ミーナの言ってることは紛れもなく図星なのである。

 “ミカゲ”が活躍し、認められ、その力を振るう。

 それは、かつての“ミカゲ”隊の本意に他ならない。


「むふふっ、ようやくソウハも覚悟が決まったみたいやな!」

「そんなに上等なモンじゃねぇ! 最低限の責任を果たそうってだけだ!」

「あんたからその言葉を引き出せただけでも十分や! さて、新入りは下の階におるで」


 そうだ。もう俺には、新たな部下がついてくる。あの忌まわしくも懐かしい呼び名が戻ってくるわけである。


「隊長か」


 俺はこれから百瀬中隊の分隊長として、“ミカゲ”の纏い手を引き連れることになる。

 これでちょっとはあいつらにも報いられるだろうか。


「何してるのソウハ。これ以上、みんなを待たせないで」

「せやでソウハ! あんた、いつまで悶々としてるつもりや!?」

「大丈夫ですよソウハさん。不安なら私たちがついていってあげますから」


 そんなお守りみたいな真似は絶対に御免こうむる。


「やるっての。だから手伝うのはもう少しあとにしろ」


 そうだ、仲間を頼るのはもう少しあとでいい。どうせ本当に俺が困ったときには、嫌でもこいつらが世話を焼いてくるのだ。


「……頼りにしてるよ」

「はい? いま何と?」

「何でもねぇよ!」


 じゃれついてくるミーナを振り払う。

 その小さな頭に手のひらを載せつつ、新たな仲間のもとへ踏み出していった。

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